終末論ダービーレース(1)

「あらぁ、おかえりなさいゼフテロスさん」

 威圧的な雰囲気を見る者に想起させる、橙色の焔と光で構築された十二枚の翼を背負うウリエルを、彼女は手を振って出迎えた。
アサシン・ペンプトス。シースルーの入ったドレスを身に纏う、能天気そうな黒髪の女性である。
彼女もまた、ウリエル同様翼――いや、翅を背負っていた。昆虫類、より言えば、蠅を思わせるような、透明な翅であった。

「……下らぬ時を過ごした」

 地面に降り立つなり、不機嫌そうにウリエルはぼやいた。その言葉の通りである。
不愉快そうに美麗な顔を歪めさせたその様子は、今の彼の心境を代弁して余りある。
きっとそれは、ウリエルが纏う鎧に着いた、焦げ跡のような物が原因なのであろう。「まー、相当派手に戦って来たんですねー」、とペンプトスが言った。
ウリエルの強さは、この場にいる誰もが承知している事柄である。その彼に、此処までの手傷を負わせるとは。敵もさる者、と言った所らしい。

「ほう、珍しい事もあるものよな。貴様が仕留め損なうとはな、ゼフテロス」

 草むらの上で胡坐を組む、ライダー・プロトス。もとい、その真名をラーヴァナと呼ぶ、強大な力を持つ羅刹が言った。
金糸と銀糸で編まれたガウンを羽織る、身の丈三mにも達する程の巨躯を持つ、小山の如き巨漢だ。その側頭部に生えたねじくれた角こそが、彼を羅刹と証明する何よりの証。
そしてウリエルは、このプロトスの姿を認めた瞬間、眉間に刻まれた険の強さがより一層強まった。

「俺の不手際については今更弁疏のしようもない。だが、貴様はどうなのだ、プロトス。元を正せば、お前が藤丸立香に入らぬちょっかいを掛けたせいで、掛かって来た火の粉だ。当然、手土産の一つや二つあるのだろうな」

「すまぬが、儂も如何やら耄碌を認めねばならぬ歳らしくてな。一人の首とて、討ち取れなんだわ」

 その言葉を聞いた瞬間、ウリエルから発散される不機嫌そうなオーラが反転した。殺意、と呼ばれるより危険な物に、昇華されたと言う言い方がこの場合正しいのか。

「貴様……ふざけているのか?」

「フハハハハ、それを言われれば儂も痛いが……その言葉は儂とて同じよ。『神の炎』などと大層な名を授かっておきながら、人の胎より生まれた英霊の一人討ち取れぬのであると言うのだから、失望と惻隠の念を隠せぬわ、ゼフテロス」

 その言葉を聞いた瞬間、懐に差していた鞘から、電光の如き速度で長剣を引き抜くウリエル。
外気に触れた瞬間、剣身が激しく橙色に燃え盛り始めるその様は、常温が発火点であるのか、と見る者に誤認させてしまう。
そして、ゼフテロスの行った神速の居合を行うのと同時に、ラーヴァナは恐るべき速度で片膝立ちの状態になり、何処からともなく、蒼白い光で構成された湾曲した剣身が特徴的な曲刀を取り出して構えていた。

「鬼の頭如きが自惚れるな。藤丸立香に差し出す予定の首、今この場にて、俺の手で燃え盛る炎にくべてやっても良いのだぞ」

 燃える剣の剣身をラーヴァナの首筋に定めるように突き付けて、ウリエルが言った。この恐るべき威圧感を伴った言葉に対して、ラーヴァナは、カカカと笑って返す。

「出来ぬ事を出来ると口にする事の意味を知らぬまま、今に至ってしまうとは哀しい奴よ。終末のⅡとしての役目はちと貴様には重いと見える。自分の無力を噛みしめさせながら、儂の男根(リンガ)を慰める役からやり直した方が良いのではないか?」

「あわわわわ……」

 と、混乱で目を回すのはアサシン・ペンプトスだ。
常人ならば照射されただけで窒息し、気絶せんばかりの密度と濃さの殺気をぶつけ合う、ゼフテロスとプロトスを見て、何をするべきなのか解っていないようである。
ウリエルの背負う翼の焔の熱が指数関数的に上昇を始め、外気温を明らかに数度も上昇させ始めた頃、二人の間に、少女がトコトコ歩いて割って入って来る。
粗末なカーキ色の布いきれを身に纏い、その手足に引きちぎられた鎖のついた枷を嵌めた、透明感のある白い肌に輝かしい銀の長髪を持ったその少女は、
この場にいる者達の中で一番背丈が小さく、威厳がなかった。こと背丈に至っては、ラーヴァナの半分以下しかないと言う程、小さかった。

「けんかは……だめ……」

 ウリエルとラーヴァナを交互を見つめながら、少女――バーサーカー・エクトスは窘めた
無垢そうな少女の瞳を受け、静かな怒りを横溢させていたウリエルが。喜悦の中に怖い物を漲らせていたラーヴァナが。
毒気を抜かれた様な真顔の表情を浮かべ始め、やがて、つまらなそうに互いの得物をしまいだした。

「……ふん。先達にこう言われてはな。儂も従わざるを得まい」

 腕を組み、再びどっかと胡坐を組み始め、ラーヴァナは虚空に目線を投げ掛けた。争う気はない、と言う事は事実であるようだった。

「どのみち、明日には勇者に葬られる命。塵にも劣る命ではあるが、それが藤丸立香と言う勇者の勲(いさお)になるのなら、奴の為にその命はとっておいてやらねばな」

「口の減らぬ小僧よ」

 それきり、二人に会話はなかった。最早互いに、言葉を交わす価値もないと認識したせいか。

「……あ、終わったのか?」

 と、それまで目を瞑り、寝息を立てていた女性が、欠伸交じりにそう言った。
キャスターのような物が付いた台の上に、背を預けられた状態で、両手を後ろ手、両脚も太腿から下を拘束された女性だ。
そして、その拘束しているものと言うのが、見るからに細くて頼りのない、鋏一本で断ち切れそうな細い紐であった。
これに拘束されている女性もまた特徴的で、頭頂部から獣毛の生えた耳を生やし、両目にアイマスクを被せられているのだ。
加えて、胸と局部に布を巻き付けた状態と言う露出度の高い装いで、思わず目が吸い込まれそうになる程、胸が大きく、手足も肉感的だ。
この身体の造形ではきっと、アイマスクを外せば美人なのだろうと言う事が、窺える程であった。

「もう、トゥリトスさん……あと少しで戦争に巻き込まれて私死ぬところでしたよぅ……早く起きて下さいなぁ……」

「馬鹿言うんじゃねぇよ、オレに仲裁でも期待したのか? やなこった、こんなクソ不味い奴らの喧嘩止める何てお断りだ」

 吐き捨てるように、トゥリトスと呼ばれたサーヴァントは口にする。
「まったく、この場でまともなの私だけじゃないですかぁ……」、とペンプトスが愚痴を零すが……そのタイミングで新しい気配がこの場に現れた。
それは、確かに強大で、軍や城、国は勿論、大陸を超えて星すら蹂躙する程力強い『何か』を感じさせる一方で。
何処となく胡乱で、胡散臭く、そして、酷く曖昧な印象を感じさせる気配でもあった。味がクッキリしているのか、ぼやけているのか、
よく解らないブイヤベースのような。そんな気配を、ウリエルとラーヴァナ、そして、トゥリトスは感じていた。

「集まったか」

 一同の目線の先に、それは現れた。
髑髏の意匠を模したフードと、背中に刺繍されたリアリスティックな蜘蛛の刺繍が特徴的な、擦り切れた黒色のローブを身に纏う何者かだった。
声音からして、恐らく十代後半~二十代前半の女性のものだろう。フードを目深に被っているので、顔自体は窺えない。
窺えないが、唯一外部に肌を露出させている、ローブの袖から覗く褐色の両手をみれば、肌の色位は類推がつくと言うものだった。

エウゾモス()と、テタルトス()以外はな」

 ウリエルが、女性に対して言葉を返した。

「テタルトスさんはしょうがないですよ~。迂闊に近付かれちゃうと私達が危ないんですし」

「……そうか。一応、この夢の島には、エウゾモス以外の全員は揃っていると言う事だな」

 と、ローブの女性は辺りを見渡しそう言った。
視界に映るのは、ラーヴァナ、ウリエル、拘束衣のランサー・トゥリトスに、能天気そうなアサシン・ペンプトス。幼いバーサーカー・エクトス。
そして、今現在彼らがいるであろう所からやや離れた所に、アーチャー・テタルトスは存在するのだろう。ローブの女はそう考えた。

「良い。今から、これからの手筈と、お前達がどう動けば良いのか。私の方からその内容と任を下しておく」

「エウゾモスには如何伝えるのだ」

「構わん、プロトス。奴の出番は、終数(ドゥームズ・ナンバー)から言って最後だ。その時が来たら、私の方から見つけておく」

 「適当な事よの」、とラーヴァナは其処で一切の興味を失った。

「貴様らも認識してるだろうが、藤丸立香は既にこの、滅び行く運命にある地……アンティクトン(殺戮終局破滅惑星)に足を踏み入れている」

「中々良かったぞ、奴は」

 と、ラーヴァナは感慨深そうに口にするが……。
彼が所有するあの黄金宮殿で、何があったのかよく知っているウリエルは、嫌悪も露の目線でラーヴァナの事を睨んでいた。

「となれば、この星に滅びを齎す任。その決行は解っているだろうな?」

「明日ですねぇ」

「その通り。明日になり次第、終数の順にお前達に与えられた力と軍勢を以って、この地からこの星を。火の一点が紙全体に燃え移るが如くに、滅ぼして見せるのだ」

 其処で、フードの女性は目線を、この場にいる面子達に投げかけて行く。

「鬼を以って殺す者――終末のⅠ、『ライダー・プロトス』」

「おう」

 やる気なく、ラーヴァナが言った。目線を、ウリエルに変える女性。

「神への畏れで滅ぼす者――終末のⅡ、『セイバー・ゼフテロス』」

 ウリエルは無言だった。不愉快そうにフードの女性から目線を外していた。

「天地の狭間で砕く者――終末のⅢ、『ランサー・トゥリトス』」

「うっせーな、解ってるよ」

 拘束された状態でなお、トゥリトスは強気だった。

「癒えぬ毒で犯す者――終末のⅣ、『アーチャー・テタルトス』」

 その者からの返事と反応はない。

「無限の軍勢で貫く者――終末のⅤ、『グランドアサシン・ペンプトス』」

「はいはいはーい」

 両手を振って、朗らかにペンプトスは反応した

「巨躯を以って潰す者――終末のⅥ、『バーサーカー・エクトス』」

「……うん」

 たどたどしい語調で、エクトスと言う名の少女は答えた。

「……この地に足を踏み入れたのであるのなら、覚悟するが良い。藤丸立香……星の癌を殺す者……」

 何処とも知れぬ青空を見上げ、この地に命知らずにも姿を見せた、惚けた顔の英雄の事を思いながら、女性はフードを取って見せた。

「この殺戮終局破滅惑星……アンティクトンに姿を見せた以上、恐怖の大王の洗礼は避けられぬと知れ。己の無力を噛みしめる時と知れ……ッ!!」

 きっと、その女性の素顔を見た者は、「あっ」と口にするに相違ないだろう。
その顔の、整った美しさもそうである。……だがそれ以上に、だ。










     ――その女性の顔つきは、カルデアに召喚された、戦神の如き強さを誇るセイバー・『アルテラ』に瓜二つであったからだ。










――――

「……あ、終わった? 全く、大した事口にしてないのによくもまぁここまで引っ張れるもんだ。薄口の水割りを更に薄めて如何するんだって話だよ」

 其処は、空に浮かぶ、プロトス……もとい、ラーヴァナの拠点だった。
もっと言えば、先程までウリエルとクー・フーリン、頼光らが激しい戦いを繰り広げていた、玄関口と隣接した大ロビーであった。
其処に佇む一人の男。長身痩躯で、褐色の肌と黒色の髪が特徴的な、まだら模様の入った朱色のスーツを来た男性だった。
彼は、それまで醸してした不機嫌そうなオーラを、一気に吹き飛ばし、身体から明るく、溌剌とした空気と雰囲気を発散させ直してから、弾んだ声で言葉を紡いだ。

「さぁさぁ、御初にお目に掛かれます、殺戮終局破滅惑星・アンティクトンをご覧の皆々様。退屈なパートを、欠伸を噛み殺しながら目を通して頂いた事、私、一登場キャラクターとして感謝の念に堪えません」

 恭しく、『我々』の方に一礼をしながら、男は言った。そして、礼をそのままに、更に男は言葉を続ける。

「ですが、今暫く、血肉湧き踊り、破滅と死が振り撒かれまする、熱狂のカーニバルにつきましては御寛恕願いたい。退屈なお時間は、次で最後と確約致しますれば……」

 其処で、朱色のスーツの男の姿が掻き消えた。
と見るや、男はいつの間にか、下手なビルより高いであろう宮殿の天井に、重力を無視して逆さに直立しているではないか!!

「これより始まりたるは、さしたる能力もないのに、新しい事には手を出す力にだけは小癪にも長けたある書き手のあるストーリィ!!」

 流れるようなスムーズさで男はそう叫ぶや、スラックスのポケット部分からメモ用紙を取り出し、その内容に目を走らせる。

「代表作は、『魔界都市新宿 ――聖杯血譚――』と、『Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木』……後者の方は最近更新が滞ってますな。虚無に落ちましたかね?」

 クシャクシャとメモ用紙を丸め、放り捨てるスーツの男。放物線を描いて、紙片は、床にでなく、天井に向かって上向きに落ちて行った。
それが天井に落ちるや、再び男の姿は掻き消え、先程直立していた地点と同じ所に、片膝立ちの状態で彼は現れた。

「水にコーラにサイダーに、ビールに焼酎、ストロングゼロ!! つまみは各人の思うがまま!! ドリンク片手に、正気で読まれず、ついでに読むべし!! 酒に呑まれても、文には呑まれるな!! この男が紡ぐのは、そんな御話!!」

 勢いよく立ち上がり、両手を広げる男。
左腕の袖から、次々に、ペットボトルに入ったミネラルウォーター、缶に入ったコーラやサイダー、ビールなどが零れ落ち、
一方右手の掌からは、真空パックにされた酒の肴の類が次々積み重なって行く。さきいか、酢だこ、ホタテのヒモに貝柱、ビーフジャーキーにいかそうめん。

「他のトリックスター仲間には負けてはいられぬ。そう思うのは、さても哀しく醜い老害のサマ。そう思いましたからこそ、私、この世界に足を踏み入れた次第で御座います」

 右手に積み重なったおつまみの全てを地面に放り捨て、男は、口元だけで満面の笑みを浮かべ、言葉を続けた。

「さてさて、私は誰か? その疑問は御尤もに御座いまする。では、私の名を教えねばなりますまいな」

 ――。

「私こそは、あの小娘がⅦと呼ぶ者。あの小娘風に言わせるのなら、■んだ■を■ざす者――終末のⅦ、『キャスター・エウゾモス』」

 男の顔には――蜘蛛のお面があった。

「真なる名を、アナ(物語)――――――――」

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最終更新:2018年02月20日 02:57