終末論ダービーレース(3)

 いつまでも山にいる訳には行かない。
サーヴァント達は兎も角として、まさか立香をいつまでも外にいさせる訳にも行かないし、野宿は論外だ。
折角東京と言う町が、サーヴァントの脅威に晒されている状態とは言え、十全の状態で残されているのだ。
建物を利用しない手はないだろう、と言う訳で、立香及びカルデアのサーヴァント達は、当面の仮宿を探す為町に降りた。

 >>うわぁ、凄い沈んだ空気……

 府中市。即ち、都心を離れた郊外である。諸外国及び、東京以外の県や府の住民から、『首都東京』と認知されてる所は、23区の中でも更に中心部だ。
其処を離れた所となると、活気の方が目に見えて寂しくなる事は、ある種仕方のない事だとも言える。
――だが、そんな事を抜きにしても、これは活気がなさ過ぎる。ハッキリ言って、町自体が死んでいると言っても過言ではない。
町全体が、まるで喪に服しているような雰囲気であった。行き交う人々の表情に、笑顔がない。老いも若いも、腹の中に石でも詰め込まれたような深刻そうな顔。
心なしか、往来を行き交う車の数自体も少ない気がしてならない。今の所、乗用車は勿論バイクに原付、トラックすら走っているのを見ていない。
経済活動すら、停止してしまっているのか? このまま行くと、飲食店は勿論、コンビニすら使えないかも知れない。それは拙い。飢えを凌ぐ術が限られてしまう。

【余の霊基に刻まれた東京の記憶から、随分とかけ離れているが……アレのせいか】

 霊体化しているオジマンディアスは、目線の方をラーヴァナの宝具たるプシュパカに向けてそう念話で言った。
それが、本当の所なのだろう。この特異点の東京の住民は、自分達の置かれている状況を、理解している。
理解していたら、のほほんといつも通りの日常を送れる筈がないのだ。何せ、もうすぐ、終数のサーヴァント達が真っ先にその力の矛先を向けて来るのだ。
それを知っていれば、平和な日常を何食わぬ顔で送れる訳もないし、そもそもの問題としてあんな巨大な宮殿が空に浮かんでいれば、安心出来る物も出来なくなる。

 ――しかも、その上に、だ。町往く人々の呟きと来たら、どうだ。

「ああ、もうすぐ鬼達の手で俺達は……」

「もう駄目よ……Ⅱの炎で私達は燃え――」

「死ぬのならせめて、Ⅴの毒でありたいものじゃな、婆さん……」

「皆Ⅵに潰されちゃうんだ……僕、怖いよ……」

 いやがおうにも聞こえてくる、住民達の言葉。 
まともに過ごしていたら口にするような内容でもないし、耳にする内容でもない。彼らの口にしている言葉、断片的ではあるが、聞き覚えがある。
恐らくは、終数のサーヴァント達の事を言っているのだろう。より言えば、終数のサーヴァントがどのような手段で破壊の力を発揮するのか?
その事はある程度、東京の住民は聞き及んでいるか、目の当たりにしているのだろう。そうだとすると、今の町の活気の無さも頷ける。

【しゃーないとは言え、華ないなぁ。火事と喧嘩は何とやら、って言うんやろこの町は?】

 >>何百年も前の話だよそれ

 サーヴァントの側からして見ても、この現状は退屈であるらしい。
実際立香としても現状の東京は、気が滅入る。仮初の、ほんの短い間だけでも良いから、盛況な姿を見せて欲しい物であった。

【それより、明日の0:00から、あのDMMユニヴァースからの刺客がやってくると言う事は、もうマスターには休息を与えた方が宜しいのでは?】

 ヒロインXにしては、恐ろしくまともな意見だった。
0:00『キッカリ』に襲撃が始まるのではなく、0:00から戦闘が始まると言う事は、終数の攻撃タイミングは、0:00~23:59の間までなら、
自由に設定可能な言う事を意味する。それを考えた場合、今日の休める内に、立香を休ませた方が絶対に良い。
明日はラーヴァナを倒すまで、気の抜けない一日になる。サーヴァントにとって一日中気を張らせると言う事は日常茶飯事であるが、
如何に人理焼却を防いだ立香とは言え所詮は人間のマスター。慣れない事はさせるべきではない。十分に体力を回復させてから、明日の大事に備えさせるべきだ。
皆も、ヒロインXのこの意見を呑んだ。そうとなれば、当面の仮宿が必要になる――が、今の立香には持ち合わせがない。
何処でお金の方を工面しようか、と意見をサーヴァントに求めた時だった。

【世界を救うって言う大義名分を背負っているのに、随分と謙虚ねマスター】

 すぐに反応したのはメイヴだった。我に秘策あり、とでも言うような態度と言動だ。

【ティーチから貸して貰ったゲームで知ってるわよ。勇者って、世界を救うと言う貧乏くじ引かされた代わりに、ある程度の行為は黙認されるのでしょう? 箪笥漁ったりとか壺壊したりしてもお咎めなかったもの】

【余の勇者感からは随分と乖離しているが……どう思う、維持の?】

【いや、ある意味で勇ましい者だとは思うが……正しい意味での勇者とは言えないな】

【まぁ、マスターは今日もまた、特異点を修復するって言う貧乏くじを運悪く引いちゃったのだから? ある程度は横柄に出ましょう。そう、例えば、仮宿なんかはアレなんかが良いと思うわ】

 言って、メイヴが意識を向けている方向に、皆が目線を送ると、成程、確かに其処には立派なホテルがあった。
石造りで、玄関先には西洋の名家の庭園からそっくりそのまま持って来たような噴水がある。外観だけを言えば、かなり雰囲気のある建物だ。
立香の疲れを癒すと言う意味では、十分過ぎる程整っているだろう。……問題は、そのホテルと言う言葉の前には、『ラブ』の二文字がつくと言う事なのだが。

【な、なりません!! メイヴ様、マスターはまだ未成年なんですよ!! あんな如何わしい建物、御禁制です!! 御禁制!!】

【一般開放されてる性の仮宿って、国の統治的にも結構合理的よ? 家だと人の目があるから出来ない、って事もあるでしょうし。まぁそれは兎も角、他意はないわよ? クーちゃんがいるから選んだとか、そう言うのは一切ないから】

【あるんじゃねぇか馬鹿】

 クー・フーリンが咎めるような口ぶりで、そう口にする。やはり、そう言う意図がメイヴには少なからずあったらしい。

 >>今日だけは自重してね、メイヴちゃん

【あら、今日じゃなかったら良いのね? 良いわ、マスター。今日は大人しくしておいて上げる。ま、それは兎も角、コトを早く済ませちゃいましょう?】

 言ってメイヴは、立香をラブホテルのロビーへ入らせる事を促させる。
仕方がないと言った様子で、立香はその内部に入って行く。東京がこんな状況でも店自体は営業しているらしい。
フロントにいる従業員にも、精彩がない。こんな状況なのに客か? とでも言いたそうな目で、若い男性スタッフがこちらに目を向けて来る。
近付いて来る立香と、実体化をいつの間にかしていたメイヴ。ギョッとしたのは従業員の方だ。メイヴの絶世の美貌に当てられた事もそうである。
だがそれ以上に、此処はラブホテルである。そんな所に男女二人がやってくる理由など、今日日の小学生ですら理解出来そうなものだ。
きっと、こう思ったのかも知れない。立香の若さと外見からでは、到底釣り合いそうもないカップルがやって来た、と。
従業員が挨拶を送るよりも早く、メイヴはフロントカウンターの上にふわりと腰を下ろし、流し目を従業員に贈りながら、色っぽくこう言った。

「この幼い勇者様と情欲を育むに相応しい、立派なお部屋を一つご用意して欲しいのだけれど?」




――――

「私の美貌は通用するんじゃない!! やっぱあの金髪のセイバー、不能よ絶対!! そう思うでしょ、クーちゃん!!」

「あー」

 結局メイヴのやった事を単刀直入に言えば、色仕掛けである。
色気を出して、誘惑。サービスをタダで享受し、売り物をタダで譲って貰う。これをやった訳だ。
単純かつ程度の低い作戦に思えようが、如何せんその色仕掛けの実行者がメイヴである。高確率でその無茶が通ってしまうと言うのが、タチが悪い。

 メイヴは、プシュパカ内部の事を思い出してカンカンに怒っていた。
言うまでもなくその内容は、セイバー・ゼフテロス……即ち、ウリエルを誘惑しようとして、全く通用しなかった事である。
自身の美貌に絶対の自信を抱いているメイヴ。その渾身の誘惑を、ウリエルはいとも簡単に跳ね除けたばかりか、即座にカウンターで殺しに掛かって来た。
これで、メイヴは自身の自尊心を傷つけられたのだ。従業員の誘惑に成功した事に最初は上機嫌だったが、部屋に着くなり、プシュパカでの一件を思い出し、
怒りが蒸し返された結果、このようにクー・フーリンに管を巻いているのだった。クー・フーリンの相槌には、全くやる気がない。
彼の態度からも、やる気が感じられない。心底うざったらしい、と言う風な気風がありありと感じ取れる位だった。

 メイヴが己の美貌を駆使して用立てた部屋は、ホテルでも一番高い部屋だった。俗に言うスイート・ルームと呼ばれるものだ。
嘘のような話だが、その一室にガラス張りで覆われたプールつきのバルコニーがあるのだ。勿論、普通に過ごす分の部屋の広さも、申し分ない。
笑ってしまう程大きなキングサイズのベッドもあるし、映画を最高レベルに楽しめる大きさの壁掛けテレビもある。
都内の高級ホテルの一室と比較しても、全く遜色がない一室。此処なら、立香も十分休める事は勿論、この場にいるサーヴァント全員が実体化していても問題がない。
現に、オジマンディアスもラーマも、鬼二名も頼光も、ヒロインXも実体化していた。オジマンディアスは馬鹿でかいソファに腰を下ろしている。
ラーマの方は結跏趺坐による瞑想で、心を落ち着けている。一日目、即ちライダー・プロトス、ラーヴァナとの戦闘はこのラーマが主役になる。
明日に備えて精神を統一させようとするのは、当然の運びだった。その一方で、鬼の片割れの内茨木の方は、プールの上でプカプカ浮かんで楽しんでいた。
酒呑童子の方は、冷蔵庫を漁って酒の類がないのかを確認、安酒しかないと知ったらしくガッカリした表情を浮かべている
頼光とヒロインXの方は、お互いに自ら得物をよく観察し、不備がないのかを確認している。頼光の方は生前の癖のような物らしい。
サーヴァントになった影響で武器の方は余程の事がない限りはメンテナンスレスだと解っていても、ついやってしまうと言う。
小太郎も同じような事をしてしまうと、以前言っていた事を思い出す。ヒロインXの方は、武器を見ながら「セイバーを……」とか呟いている。此処まで何を思っているのか解りやすい手合いは、そういない。

 ベッドの上に仰向けに寝転がり、今日の事を思いだす。
色々あった一日だった。突然夢の島に飛ばされた事、いきなり終数のサーヴァント達と遭遇し、ラーヴァナに拉致された事。
プシュパカで起こった、カルデアのサーヴァント達との壮絶な戦闘模様。そして、ペンプトスから教えられた、この世界で成すべき事。
濃い一日である。このような濃度の一日が、明日からずっと続くのだろうか、そう思うと、ぐだぐだとしている訳には行かない。
ヒロインXの言う通り、直に眠ってしまおうと思った、その時である。

【――――――――――ッ、繋がったか!?】

 突如として響く、聞き慣れた、ダ・ヴィンチの声。
バッと飛び起きる立香と、声のした方向に顔を向けるサーヴァント達。目線の先には、カルデアの様子を映したホログラムが、何もない空間に浮かび上がっていた。

【すまない、通信が遅れてしまった!! 色々通信を試みていたんだが、ジャミングにあっていてね、全く繋がらなかったんだ!!】

 ダ・ヴィンチの声に全く余裕がない。如何やらこちら同様、カルデアの方も相当事態の方が逼迫していたらしい。
事実、カルデアの通信が途絶えている間、立香は命のみならず貞操の危機にすら晒されていた。命の危機に見舞われる前に、通信状況の方を何とかしよう。
そうカルデアの方も思うのも当たり前だ。尤も、結果論の話になるが、立香の方はカルデアのサーヴァント達の懸命な救助によって、一命を取り留めている状態なわけだが。

「随分とのんびりしていたな。通信に成功する前に、多くのサーヴァントが欠ける所だったぞ」

【棘のある言い方は止してくれよ、ファラオ・オジマンディアス。打てる手段が必死に通信の魔術を送り続けるしかない、ってのは心臓が縮み上がる思いなんだぜ?】

 いつものような軽口に戻りつつあるが、声が憔悴している。カルデアの管制室はてんやわんやだった事が、実によく窺える。

【先輩、ご無事で本当に何よりです!!】

 ダ・ヴィンチの声の後で、マシュの声も通信から聞こえてくる。裏の意図を考えるまでもない本心から心配していた声音である。

【さて……立香君。我々が打つ手なしだった間、色々君にも気苦労を掛けて、僅かな時間を全力で休み通したい、と言う思いもあるだろう。だが、此処はそれを我慢して、教えて欲しいんだ】

 襟を正し、ダ・ヴィンチは言った。

【我々が不様を晒している間、何がそっちで起こっていたのかを、ね】

 隠す程の事でもない。立香は滔々と、その事を語り始めたのだった。




――――

【……類を見ないケースだな】

 特有の、手を合わせるポーズを無意識の内に行いながら、ホームズが言葉を零す。
立香は全てを話した。通信が繋がるまでに見聞きした事――女装の件は省略――と、アサシン・ペンプトスが口にした情報の全て。
それらを語り終えるには、たっぷり十分以上の時間が必要だった。それらの全てを、ダ・ヴィンチにマシュ、ホームズとモリアーティは、神妙な顔つきで聞いて――考え込む。

【実を言うと、その『アークエネミー』と言う存在については、あのキャメロットのアトラス院で、本筋の調べ物をしている時にチラッと目にして知っていた】

 【おっと――】、と。其処まで言ってホームズは諸手を上げる。疑うな、と言う事を示すジェスチャーだ。

【知っていて何で教えなかったんだ、と言う非難は勘弁して欲しい。アークエネミーとは本来ならば呼ばれる筈もないし、呼んだ所でメリットなどない存在だと思ったのだ。これを呼ぶとしたら、後にも引けなくなった破滅主義者か狂人の類。そんな人物、対処の仕様がないからね。教えなくても問題がない……そう思っていたのだ】

 正直今回については、ホームズを責められない。
アークエネミーの定義を知っていれば、呼ぼうとすらしないだろうし、計画に組み込もうにも組み込む計画が思い浮かばない。
成程ホームズの言う通り、知ってしまった所で、知識の片隅にしまっておくのが寧ろ自然な事であろう。

【アンゴルモア……ノストラダムスの予言か】

 モリアーティが呟く。

【世界で最も有名な予言の一つだな。そして、この地上で最も拡大解釈されて来た予言でもある。我々の生きていた時代でも、予言の解釈についての議論が行われていたな】

【言うまでもなくアンゴルモアの客体は、あの予言で最も有名なフレーズである『恐怖の大王』だろうが、それ故に恐ろしいな。何をしてくるのか、真名が解ってなお想像が出来ない】

 こういう時、モリアーティとホームズの息は良く合う。

【私としては寧ろ、これから戦わなくてはならない終数と言う存在に頭を抱えているよ】

 はぁ、と深い溜息を吐くのは、ダ・ヴィンチである。

【ラーヴァナに、ウリエル。おまけにベルゼブブだ。最早説明の必要性もないだろうが、全員とんでもない位のビッグネームだぜ? そりゃあそっちには、現状カルデアが抱えてる戦力の中でもトップレベルのそれが集まってるとは言え、気が気じゃない】

 懸念は尤もだ。片や強さの面で紛う事なき全盛期にあったラーマと死闘を繰り広げた、ラクシャーサ共の統領。
片やキリスト教圏における四大天使の一角、その中でも特に苛烈な側面を覗かせる大天使。片や、砂漠の地方で崇められていた主神が貶められた事で生まれた、大魔王。
錚々たる面々ばかりである。彼ら一体で、下手な特異点のボスを張れるか、その特異点の元凶を片っ端から葬り去れるか、と言う程の強さの存在だ。
そんな存在相手に切った張ったを繰り広げねばならないなど、溜息の一つや二つ、それどころか百・二百。吐き出してしまうのも無理からぬ事だった。

 >>俺としては、この特異点がそもそも別の星かも知れない、って事実の方が驚きなんだけど

 ダ・ヴィンチ達から既に立香は、この特異点の異常性を説明された。
カルデアの機器に、謎の闖入者が砂を撒いて異常を引き起こさせた事もそうだが、下手すればこの特異点が別の地球かも知れないと言う事実の方が、
頭を抱えたくなる。流石に別惑星での旅となると、そんなリアクションも取りたくなろう。

【可能性がある、ってだけさ。あの闖入者の言葉から推理した結果だ。ひょっとしたら、煙に巻く為に嘘吐いた可能性だってある】

 とは言えカルデア側も、本当に此処が別惑星だと頭から信じている訳ではないらしい。半信半疑、のスタンスを崩していない。

【この特異点には謎が多い、これは事実だ。アークエネミーを筆頭に、終数達、そして、特異点自体の土台。ま、とは言えだ。カルデアからいきなりサーヴァントがいなくなった理由だけでも解明出来て良かったさ。もうこの対応でてんやわんやでさ】

 その混乱ぶりが、目に浮かぶ。
なにせ行方不明になったサーヴァントが全員、カルデアにおいての最高戦力にして、割と問題児な者達なのだ。
マスターである藤丸立香の消失と同時に、彼らまで消え失せてしまおうものなら。最大レベルの厳戒態勢が敷かれるのも、無理もなかろう。

【敵の掌の上で踊っている感がするので、悪の組織のボスとしては非常に癪だが……終数達との戦いを勝ち抜いていくのが、現状一番の近道のように見えるな。その上、話を聞いた限り、その終数がチーム間の結束が非常に悪く、個人プレーを重視する癖が強すぎるようだ。一日一人襲い掛かる、と言う非合理的にも程があるルールからもそれは窺える。突破口自体は、十分に用意されていると見て間違いないだろう】

「いやぁ、そう言う訳にも行かないよ、カルデアの皆さん」

 突如として、一室に響き渡る、この場の誰にも該当しない、若い男の声。
その声のした方向に、顔を向けると、果たせるかな其処には――。

「こんばんは……にはまだ早いかな」

 縁日などで売られているような蜘蛛のお面を被り、まだら模様の入った朱色のスーツを纏う、褐色の肌の青年が、立香と一緒のベッドに腰を下ろしているのだった。




――――

 この場にいる誰もが、その男に気付かなかった。
この場にいるサーヴァントの全員が、歴戦の猛者。いやそれどころか、英霊の座全体を見渡しても上位の強さを誇る面々ばかり。
終数の面々も勿論だが、この場に集うカルデアのサーヴァントらもまた、敵対している終数の面々に負けず劣らずの強者なのだ。

 そのサーヴァント達が、その蜘蛛のお面の男に、気付けなかった。
ひょっとしたら初めから、その男は何食わぬ顔でこの部屋に入って、一緒に思い思いの過ごし方をしていたのかも知れない。
男を異物だと、認識すらしていなかった。気付いたのが皆、その男が声を発したその瞬間から。一緒のベッドに座る立香ですら、気付いたのは声を発してから。
恐るべき隠形の手管。警戒レベルがマックスを振り切ろうとしたその時、「あっ」と声を上げる立香。

 >>みんな心配しなくて良いよ。この人、俺を無事に夢の島から脱出させてくれたんだ

 立香の言葉に、マックスを振り切ろうとしていた警戒値が、緩やかに下がって行く。
尤も、まだ疑惑が消えたわけではない。疑いの眼差しは、一向に蜘蛛のお面の男に注がれたままだ。

「うーむ、信頼を築くにはどうしたら良いのかな? 古典に則って、此処は真名を明かした方が得策か」

 ゆっくりと立ち上がり、胸に手を当て、その男は言った。

「僕の名前は『イクトミ』。まぁ、しがないマイナーな英霊でね、彼の言った通り、夢の島で右往左往している所に、助け舟……と言う程でもない物をだしたのさ」






















「……あれ、真名判明のあれ、出なくない? バグかな。まぁいいや」

 訳の分からない事を口にする、イクトミ。

【イクトミ……北米のスー族の間に伝わる、蜘蛛のトリックスターの事か。悪戯好きの君が素直に人を助けるとは、思わなかったな】

 流石にダ・ヴィンチは博識だ。
立香はイクトミの名を聞いた事すらなかったが、一発で何処の誰なのか解ったらしい。流石の生き字引ぶりである。

「無論、無償の善意で助けた訳じゃない。其処のカルデアのマスターを助けたのも、僕の目的を果たす為の下心はあるさ」

「正直ね、貴方。それで、此処に来た目的は、何?」

 メイヴの問いに、イクトミは答える。

「僕の目的は何はともあれ、君達に終数との戦いに勝って欲しいと言う事だ。そして、あの怪物共との戦いを生き残るサポートをする為、僕も随分骨を折った」

 >>何が出来るの、イクトミ

「情報提供位だね。と言っても、プロトスについては、そこの赤髪のセイバーが詳しいようだから特に言える事はないが、他のサーヴァントについては、ある程度は指針の立てようがある。どうだい、少しは役に立ちそうかな」

 >>……どうする? 皆

 皆に目線を配らせる立香。
肯定の意を、皆が示す。話を聞いてみよう。そんな気に、なったらしい。

「それじゃあ、レクチャーと行こうか。と言っても、得られた情報は断片的なそれだ。だけど、それが君達にとって、閃光のようなヒントとなる事を、僕は祈りながら話すよ」




――――

「待て待て待て待て待て待て待て!!」

 カルデアの管制室で、ダ・ヴィンチが叫ぶ。
普段の冷静さは、何処へやら。本気で混乱した様子で口にしていた。

「――あの男は『誰』だ!? 何故私達の話している内容が、向こうでは曲解して伝えられる!!」

 あの男、イクトミと名乗る男が現れた瞬間、ダ・ヴィンチは散々立香達に通信で伝えている。
――その男だ。その男こそが、『カルデアに細工を仕掛け立香をアンティクトンに招いた張本人』だ、と。
これだけ叫んでいるのに伝わっていない。それどころか何者かの手で、向こうに音声が届く頃には、向こうがカルデア及び藤丸立香に協力する、
一人の英霊・イクトミだと言う体で会話が続けられるよう内容が改竄されてしまっている。余りにも無気味で、そら寒い。
イクトミと、立香達の会話の内容だけが、通信で伝えられてくる。その度に心に焦りが生じて行く。この男は何をするつもりだ、と。藤丸立香を、破滅させるつもりなのか、と!!

「……一筋縄では行かないか……」

 嘗てない程鋭い目線を、イクトミと名乗る男に送りながら。
ホームズは、机上の空論を頭の中で捏ね繰り回し続けるのであった。

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最終更新:2018年03月16日 00:15