結論を述べるのならば、蘇生に成功したAチームのメンバーは、故郷の土をまだ踏めずにいた。
「……狭いな」
床に胡坐を着いて座りながら、カドックは言った。
「えぇ……狭いわね」
壁際に設置された、二つの二段簡易ベッド、その下の段に腰を下ろしているオフェリアが言った。
「ああー、もう!! 使う予定なんてそうそうないだろって思って、予算削って狭めに作ったのが仇になった!! もう少し広く作るべきだっただろこれ!!」
「いや、広すぎる謹慎室も違うだろ……」
ヒステリック気味に叫ぶダ・ヴィンチに対し、カルデアスタッフに支給される制服を纏った、恰幅の良い男性。
ムニエルと言う名前のフランス人男性が、仕方なさげにそう返事した。彼もまた、カドック同様床に腰を下ろしていた。いや、寝転がっていたと言うべきか。
「査問に掛けるべき人数が多いみたいですからね……。なるべく多人数を一つの部屋に押し込んだ方が、結果的に管理するべき部屋数も少なく済む、と思ったのでしょう」
マシュの口にした内容が、真実であった。
国連から派遣されたと言う査問会。彼らが問い質すべき事柄は一人頭で割っても相当なものになるし、掛けるべき時間もかなりのものになる。
要は、査問される側も持久戦なら、する側にも強い忍耐力が求められるのだ。そんな風であるのだ、負担が軽減出来る所は、軽減させるのが当たり前の思考。
明らかに部屋の収容人数を越える人数を一つの部屋に閉じ込めるのもその一環だろう。単純に部屋数が多くなれば、それだけ管理する部屋も増えるのだ。無為な労力だ。
現状の力関係は、国連及びその派遣団体の方が上だ。従わないと言う選択肢はハナからカルデア側にはない。結果として彼らは、このような劣悪な環境に身を置いているのである。
カルデアが用意していた謹慎室、その居住人数は精々4人が限度だ。
その部屋の中に、七人も閉じ込められれば、いやがおうにも狭さを実感してしまう。
立香、マシュ、ダ・ヴィンチ、ムニエル、カドック、オフェリア、そして、ヒナコ。この7人が現在、暗く陰鬱な内装の謹慎室に軟禁されている。
幸いに部屋は空調が利いている。睡眠の際はベッドの段数に配慮し、男達は床で寝、女性達はベッドの上で寝る事に既に決定していた。
人理焼却を阻止するべく活動していた時のカルデア、そのスタッフである立香及びダ・ヴィンチ、マシュらが査問される。これは、当然の流れである。
では何故、カドックやオフェリア、ヒナコ達まで査問に掛けられねばならないのか。その理由は非常にシンプル。『彼らが普通のマスターじゃないからだ』。
彼らが、Bチーム以下のマスターであったなら、そのまま祖国に送還されていた。だが彼らはAチーム、カルデアの側から特待扱いを受けていた虎の子なのだ。
当然、保持している情報量は公募されたマスターよりも多い。それどころか人によっては、マリスビリー存命時にスカウトされた者までいるのだ。
これが、Aチームの送還に待ったを掛けられた理由であった。査問で立香達が問われる内容は、『人理焼却時に何をしていたか』がメインとなる。
一方、人理焼却時に於いてコフィンの中で凍結状態であったAチームの面々に聞かれるのは、『万全状態のカルデアの事情』及び『マリスビリー』回りの事がメインとなろう。
加えて、Aチームの面々は非常に優秀で、稀有な才能の持ち主が多い。送還など以ての外だ、そのまま新体制のカルデアの子飼いとして引き継がれる可能性はほぼ100%だろう。Aチームの場合はつまり、査問の他に『面接』のような物まで始まる可能性が高いのだ。
「頭の痛い話だ……」
カドックが額を押さえながら愚痴を零す。
「こんな三流手前の魔術師をキープして、何になるって言うんだ……」
「そう卑下する事はないよカドック。下心は向こうにはあれど、確実にキミの才能を認めている事の証左じゃないか」
「僕だって才能を認めてくれる相手ぐらいは選ぶ」
「ははぁ、言うねぇカドック」
一本取られた風な態度で、カラカラと笑うダ・ヴィンチ。
「君たちも良く解ってるだろうが、沈黙は最大の防御だ。都合の悪い事は黙秘する権利がある。特に、立香君。君はこの手の事に対してはまだまだ未熟だ、よーく心掛けておいてくれたまえ。……ま、向こうも当然プロが相手をするだろうから、沈黙の意図位は読み取っては来るだろうけど……精々連中の頭を使わせて、知恵熱でも起こさせてやれば良いさ!!」
「それより、何時この境遇から開放されるの? ここ、陰気くさくて堪らないわ」
聞いてきたのは、ヒナコだった。二段ベッドの上の段で、仰向けに寝転がっている。
「相当の持久戦になるんじゃないかな? この査問は恐らくだが、まだ凍結してる状態のAチームにもされるだろう。彼らの蘇生と査問が恙無く終了したその時、このケチな謹慎室からオサラバの時だろうね」
「蘇生作業の遅滞次第じゃ、下手すれば此処で年を越す可能性もあるってか?」
「あー……その可能性もあるね、ムニエル。やれやれ、アンハッピーニューイヤーになりそうで怖いよ」
途端に部屋全体に、暗いものが落ち始めた。此処で、新年を迎える。その可能性を考えた瞬間、勘弁してくれとでも言う風な雰囲気が漂い始めたのだ。
「そ……そういえば、後は誰が凍結状態なの? ダ・ヴィンチ」
これは、オフェリアであった。場の暗い空気を打破する為の質問だったと見える。
「後凍結状態なのが、昨日の送別式の時にいなかったAチーム、つまりは、キリシュタリア、デイビッド、ベリルの三人と――」
「……と? 他にもいるの?」
オフェリアの問に答えたのは、ムニエルだった。
「レフが特に念入りに、亡き者にしようとしたのはお前達Aチームだ。お前達の解凍と蘇生作業は特に時間が掛かった」
「みたいだな、僕も聞いてる」
「だが、それとは別に、レフは『もう7人』。確実に亡き者にしようとした奴らがいる。その7人こそが、まだコフィンで眠るAチーム、以外のマスター。つまりまだ10人のマスターが、このカルデアのコフィンで眠ってる事になる」
「誰なんだ、そのマスターってのは?」
「君達Aチームもよく知ってるだろ? 『ダッシュチーム』だよ」
ダ・ヴィンチの言葉に、カドックとオフェリアが強く反応した。
「ダッシュチーム……? あいつ等もまだ眠ってるって言うのか?」
「相当難航してるよ。全く、レフの奴め……普段の仕事の抜け目なさぶりをこっちの方でも発揮するかと、こちとら苦労しっぱなしさ」
「……ダッシュチームか……。何と言うか、もう運命ね……」
この場の誰もが、話の流れを理解しているようであったが、一人理解出来てない物がいる。
藤丸立香。彼女だけが、ダ・ヴィンチ達の話している内容を理解出来ずにいた。
「あ、あの……」
「? どうしたのかしら、立香?」
昨日の送別会で、既にオフェリアと立香は打ち解けていた。柔らかい口調でオフェリアが言った。
「その、ダッシュチームって、何なんですか?」
「……ああ、そうだったわね。貴女は知らないのよね? 立香」
「ダッシュチームって元々はカルデアの中でも一部の人間にしか知らされてなかったのでしょう? 元々が補欠予定だった人間が、知る訳ないわね」
ヒナコの言葉は何処か他人事である。今の境遇でさえも、実のところそれ程堪えてない風に見えた。
「良い機会だ。教えてやった方が良いんじゃないか? ダ・ヴィンチ」
「そうだね、カドックの言う通りだ。どうせこれから長いんだ。話のタネは多い方が良いだろう」
そう言ってダ・ヴィンチは、滔々と語り始めたのであった。
◆
「そもそも、レフ・ライノールと言う男が爆破テロを起こさなかった場合……つまり、当初のカルデアの想定通り47人のマスターが全員健在だった場合、英霊の使役を認められていたマスターはたったの7名だった」
「それが……Aチーム?」
「その通りです、先輩。Aチームは本来魔術協会とカルデアの二組織から正式に英霊を召喚、これを以ってグランドオーダーを完遂する事を期待された、エリートだったのです」
むず痒そうな態度のカドック。エリート、と言う言葉が如何にも引っ掛かるらしかった。
「英霊召喚がAチームのみに許されていた理由っていうのが、彼らの才能が目覚しいってのも勿論だが、本来英霊召喚って言うのは不用意にポンポンとしちゃいけない儀式だ。立香君なら身を以って実感してるだろうけど、サーヴァントって言うのはとんでもない兵器としての側面も有してるからね」
その事は、立香自身も良く知っている。それこそ、今更説明する事でもない。
「47人分のサーヴァントを全員用意する何て言うのは魔術協会としてもとんでもない事だし、さりとてサーヴァントがいなければオーダーの完遂も難しい。だから落し所として7名、サーヴァントの召喚をつとに優秀なマスターのみに認めるって事にした訳さ。それがAチーム――」
「なんだけど」、と。ダ・ヴィンチが含みを持たせる。
「これは表向きの情報。実はAチームの7名以外に、サーヴァントの召喚を特例で許可するかも知れなかった7名がいるんだよ」
「知れ、なかった?」
立香が首をかしげる。
「これも君には説明不要だろうけど、特異点の捜索は極めて危険を伴う。現地での危難は勿論、特異点に赴いたマスターの存在を立証する作業もまた大変な労力。如何にAチームのマスターと言えども、簡単に死亡しかねない程だ」
一呼吸置く、ダ・ヴィンチ。
「もしもAチームの誰かを欠いた場合、グランドオーダー遂行に致命的な支障が出る。だからこそ、Aチームの誰かがLOSTした時に、カルデアはその『代打バッター』を用意する必要があったのさ」
「それが、Aチーム`(ダッシュ)。ダッシュ……つまり、Aチームの代替って意味であり、かつ、メンバーになれる程優秀な人物達の集まりって事さ」
「? ダッシュチームはカルデアの中でも限られたメンバーしか知らない筈。一スタッフの貴方がどうしてそれを知っているのかしら」
オフェリアの質問に、ムニエルは答えた。
「後から俺も聞いたのさ。Aチーム以外に凍結してるメンバーはどんな奴らなのか、ダ・ヴィンチに聞いて初めて理解した。まさかこんな奴らがいたとはね」
「ダッシュチームの役割は理解出来たけど、秘密にする意味ってあるの?」
「ダッシュチームの選ばれ方は特殊でね。Aチームの審査基準に用いた、マスター適性やレイシフト適性は勿論、ダッシュチームの場合はこれに加えて、稀有な才能の持ち主か如何かって事も加味してるんだ。桁外れにレアな才能を持ってるけど、魔力を全然保有していないって手合いもいてね。そんなメンバーが、Aチームの代わりですって公表してみなよ。他のマスター達からやっかみを買うかも知れないだろ?」
「そう言うものかな……?」
「そう言うものだ。それに、ダッシュチームの中には、マリスビリーが生きていた頃、彼の推薦で直々にスカウトされた者もいたんだ。だから、ダッシュチームの事を公にしてしまうと、今度は協会の側からいらない突っ込みが入りかねないと思ったんだな。要は、薮蛇を嫌ったのさ」
「だから、ダッシュチームの事は徹底して伏したんだね?」
「Aチームの誰かに、大事があった……。その時を想定して用意していたダッシュチームだったが、結論から言って、それは陽の目を浴びる事はなかった。だって主力部隊のAチームも、そのピンチヒッターのダッシュチームも、B、C、Dチームも。全員が爆破事故で機能停止になったんだからね。悪いジョークさ」
ダ・ヴィンチは肩を竦めた。言う事は尤もだ、何せ一軍であるAチームの保険に用意していたメンバーも、二軍メンバーも三軍メンバーも。
レフの起こした爆破テロで、根こそぎ持っていかれてしまったのだ。その一点で、レフの仕事は実に抜け目なかったものと言えよう。
或いは、ダッシュチームの役割を知っていたからこそ、それはもう念入りにやっていたのかも知れないが。
「……どう言う人が、いたんですか?」
立香がそう訊ねると、軽く一息吐いてから、ダ・ヴィンチは口を開いて語り始めた。
「先ず、ダッシュチームは、チームという概念を用いていながらリーダーがいない。あくまでもカルデアの認識は、Aチームの代わりのメンバーの集まりと言うものだった」
「ただ……」
「敢えてリーダーを一人上げるとするのなら、ダッシュチームの一人目。『峰津院大和(ほうついんやまと)』を選ぶだろう」
「ほうついん、やまと……?」
「優秀な奴だったよ」
カドックが、拗ね気味に言った。
「正直な所、Aチームに選ばれる前の僕は、奴に嫉妬してた。いや……他のマスター候補達も、同じ目で見てたと思う。その才覚の度合いで言えば、キリシュタリアの奴よりも優れてたかも知れない」
「嫉妬の念は兎も角として、優秀な才能の持ち主だったと言う事は否定出来ない。峰津院大和……彼は龍脈に造詣が深い日本の魔術師の家柄でね……家柄の歴史だけで言えば、千年を優に越える魔術師の大家も大家だ。相当自分の才能に自信があったのか、どんなサーヴァントでも使って見せると豪語していたよ」
「私も、Aチームに選ばれるのなら間違いなく彼だと思ってたわ」
オフェリア。
「マスター適性もレイシフト適性もトップクラス、魔術回路の数も桁違いに多かったし、何よりも――生き字引ってのは彼の事を言う、と思った位には頭も良かったわね」
「オフェリアの言う通りだねぇ。魔術に対する見識も勿論なんだけど、峰津院は一般的に魔術師が毛嫌いする科学にも造詣が深かった。初めてカルデアに足を踏み入れた際、彼は一瞬で、カルデアが最新鋭の科学技術の力を借りた施設である事を看破したし、カルデアで長い事働いていた技師達が舌を巻く位、モニタリングも設備操作も卓越してた」
「公募で集められた魔術師達は、科学被れと峰津院を毛嫌いしていたが……それが醜い嫉妬にしか聞こえない位の、凄い奴だった。僕が彼を差し置いてAチームに入れたのが、不思議なレベルだ」
「何で、その大和さんはAチームに入れなかったんですか……?」
至極当然の疑問を、立香は問うた。
話を聞く限りその峰津院大和なる人物は、魔術師としても知識人としても、桁外れに優秀な存在であった事が伺える。
そんな存在ならば立香の疑問の通り、Aチーム入りしていてもおかしくない筈なのだが……?
「一言で言えば、性格面だ」
バッサリと、ダ・ヴィンチが言った。
「彼は上昇志向の塊だったし、何よりも、実力が下の者を見下すきらいがあった。Aチームはその名の通り、チームだぜ? 団結力だって求められるさ」
「つまり、大和さんは和を乱す可能性があったから……?」
「身も蓋もない事を言うなら、そんな感じさ。我々としても惜しいとは思ったが、峰津院は性格を理由にAチームの選考から漏れた。とは言え、その才能が規格外なのもまた事実だ。場合によっては、カルデアの技師として、活躍してもらう予定でもいたんだけど……あのプライドの塊がそれを受け入れてくれたのか、疑問ではあるね。今にして思えば」
「ああ、水が欲しいなぁ」、とダ・ヴィンチ。長い説明はやはり疲れるらしい。
「二人目は『博麗霊夢(はくれいれいむ)』。同じく日本出身で、彼女は自身を、ただの寂れた神社の巫女だって言ってたね。……それを主張するには、苦しい位魔術回路の本数が多かったけどね。峰津院程じゃないが、優秀な女性だったよ」
「浮いた女だったな。顔合わせの時に見たが……紅白の派手な巫女服……? みたいな奴を着ていた。ヒナコ、日本じゃアレが普通なのか……?」
「さあ?」
何故か他人事みたいなヒナコ。違うとも、そうだ、とも言わない。
「霊夢はマスター適性もレイシフト適性も頗る優秀だったんだけど……結構現金な性格でね。このカルデアにやって来たのも、高額の報酬を提示されたからだって憚らなかったね。その性格はどうかなあ……? って感じで、選考から漏れたんだ。彼女も、峰津院同様、召喚するサーヴァントのクラスにも、性格にも。拘りを持ってなかった」
「次は、どんな人がいたの?」
「三人目は、『フランシーヌ』。彼女はマリスビリーがスカウトした栄えぬきだったんだが……あのマリスビリーがスカウトした事が疑わしい位、私には普通の女性に見えたな」
「無表情で、物静かな人でしたね……。まるで……『人形』みたいな人でした。昔の私が、言えた義理じゃないのかも知れないですが……」
マシュの自虐を、複雑そうな目でオフェリアは眺める。自虐を言える程経験豊かになった事を、喜ぶべきなのか。悩んでいる風にも見える。
「手先が器用で、機械工学や錬金術に造詣が深い女性だった。ただ、マリスビリーたっての要望で、『身体検査』をさせて貰えなかったんだ。余程、重大な秘密を隠していたと見える」
そのダ・ヴィンチの言葉に、かすかにヒナコが反応する。身体を起こして、ダ・ヴィンチの方に目線を向け始めた。
「自己をあんまし主張しない彼女だったけど……召喚するサーヴァントには、強い拘りがあったみたいでね。『道化師』のサーヴァントを強く願っていたのが印象的だったな」
「道化師……? それは……初耳だな。笑いたかったのか?」
カドックが言った。が、その後ですぐ、まさかな、と否定した。
「四人目は『アクセル・ロウ』。彼もまたマリスビリーのスカウト組でね。……正直、スカウトされる程か? って思う程には平凡で、軟派な若造だったよ。召喚したいサーヴァントも、可愛い女の子が良い!! って断言してたのを今でも思い出す」
「あんまり彼の事は好きじゃないわ」
オフェリアが冷たい声音でそう言った。
「軽くて、お調子者。最初のミーティングで、私やマシュ、ヒナコをナンパしていたのをよく覚えてるわ」
「あぁ……あの金髪の優男ね? 私も覚えてるわよ、オフェリア。私の嫌いな雰囲気の男よ」
「良い、立香? ああ言う男は何を考えてるのか解らないわ、迂闊に食事の誘いとかに乗っちゃダメよ。女の子にはその……減るものはあるんだし」
やや恥じらい気味に言うオフェリア。
それにしても、そのアクセルと言う男の、女子からの評価は散々だった。一体どんな男だったと言うのか。立香としては、「あ、はい」と言う他ない。
「まぁ、悪い男じゃないよ。女好きってだけで、性格自体は善良な男だ。けどそれにしても、何故マリスビリーから誘われたのかは実を言うとよく解らない。」
「お前の目から見ても特筆するべきところはなかったのか? ダ・ヴィンチ」
ムニエルの問いに、うーん、と悩むような仕草をするダ・ヴィンチ。数秒の後、「あっ」と何か思い出したらしい。
「このアクセルについてはやけにマリスビリーは熱を入れていたみたいでね。さっきのフランシーヌについては身体検査を拒む一方で、アクセルについては積極的に身体検査をさせるよう強要していたね」
「で、結果の方は如何だったんだ?」
「それがだねムニエル、バリバリ健康優良男児さ。持病もなけりゃ虫歯もない、健康な青年そのもの。マリスビリーにアクセルの事について聞いてもはぐらかされたらしいし、アクセル自身も何も言わなんだ」
「うーん、謎だ。それで? 5人目はどんな奴なんだ?」
ムニエルに促されるも、ダ・ヴィンチは渋いような面を突然作り出した。
それを見て、カドックやオフェリア、ヒナコ、果てはマシュですら。誰を紹介しようとしているのか直ぐに察したらしい。「ああ……」、と言う様な表情を作り出した。
「5人目は……『範馬勇次郎(はんまゆうじろう)』と言う男でね。彼もまぁ、マリスビリーのスカウト組さ」
「? どうしたのダ・ヴィンチちゃん。凄い嫌そうな顔してるけど」
「カルデアに招かれたのが不思議な位の異常者だからだ、藤丸」
カドックが、ダ・ヴィンチに代わって説明をし始めた。
「魔術回路が一本もない男だったが……身体能力が馬鹿みたいに高い男だった。下手な幻想種よりも遥かに強かったんじゃ、と今でも思えるレベルだよ」
「だったら、頼りになる人なんじゃないんですか?」
「性格面の問題が、峰津院の比じゃないぐらい危険だったんだよ」
即答するカドック。顔に嫌悪の色が混じる。
「喧嘩早くて粗暴な性格だった。何でも表の世界で、数多くの戦場をナイフ一本持たずに拳のみで渡り歩いて来た腕力家らしい。ハッ、大層な肩書きだ」
「我が侭な性格だった。そして、自分の強さにも絶対の自負がある性格でもあった。正直人理を救うと言う目的よりも、強い相手と戦いたいと言う欲求の方が強い手合いでね。仮に俺にサーヴァントをあてがうとしたのなら、腕っ節の強い奴が良いって主張して憚らなかったよ。兎に角カドックの言う通り、招かれたのが不思議なレベルの異常者だよ」
其処で、その範馬勇次郎という男の紹介は終わった。なるべく話したくない手合いであるらしい。
「6人目は『吹雪』と言う少女でね。14歳位の女の子だった」
「霊夢とは別の意味で、浮いた少女だったわ」
オフェリアが言った。
「霊夢の方が紅白の巫女装束で来たのなら、こっちは海軍(ネイビー)が着るようなセーラー服で来たわよ。ご丁寧に、挨拶の仕方も、向こうの国の海軍の敬礼だったわ」
「……痛い娘?」
何だかエリザベート辺りと仲良くなれそうな気がする女の子だと、立香は思った。語尾に「あります」とか付いてそう。
「性格自体は、今までの5人の中じゃ一番まともじゃないかなぁ。実際Aチームとダッシュチームの顔合わせがあった時も、一緒にご飯でもどうですかー? って訊ねたらしいからね。アレ結局どうなったんだい?」
「あ、私は参加しましたよ。オフェリアさんとカドックさんも一緒でしたし、後からペペロンチーノさんやアクセルさん、霊夢さんもご一緒になりました」
「ふーん、結構上出来なレクリエーションだった訳だね。結果の方も上々に終わったんだろうね」
「まぁ……それなりには楽しいランチ会だったな」
カドックが補足する。吹雪と言う少女には、悪感情を持っていないようだった。
「ただ……彼女には謎が多かったな。良家の出ではあったらしいが、魔術とは縁のない普通の家。なのに魔術回路が相当数備わってたって点が、如何にも引っ掛かる。それと運動能力も、同年代の少年少女が比較にならないレベルで高かったよ。ハッキリ言って、異常な領域だ」
「それともう一つ」
「召喚するサーヴァントには強い拘りがあってね。ライダーを強く欲していたよ」
「項羽様を呼びたかったのかしら?」
「いやぁそれは違うんじゃないかなヒナコ君」
ライダーを強く欲していた、の部分に反応したヒナコの言葉に、即座にダ・ヴィンチは否定する。
「ただ彼女……吹雪は、『自分にとってピッタリのサーヴァントを呼び出せる触媒を持っている』と豪語してたよ。結局それが何だったのかは、解らずじまいだったけどね」
いよいよ最後のメンバーだ。
これまでのメンバーは立香にとっても興味深い上に、非常にキャラクターが濃い事が伺える者達ばかりだった。次も、それに相応しい人物なのだろう。
「最後の7人目は、『神取鷹久(かんどりたかひさ)』と言う男だ。マリスビリーがスカウトした人物の一人だが、そのスカウトした時期は相当昔だ。何せ、『2004年』以前だからね」
「それは初めて聞くな……」
と、零すのはカドックだ。14年前、である。21世紀もまだ黎明期と言われる時代だ。
PCのOSはまだXPが隆盛だった時代であるし、スマートフォンなど1台たりとも世界に流通してなかった時代である。
立香にとっては、歴史の教科書の中でしかもう存在が伺えないレベルで、大分昔の話であった。
立香はもとより、この場にいる多くの人物が生まれて間もなかった時期である。ダ・ヴィンチに至ってはそもそもカルデアにまだ召喚されてなかった時期だ。
その時よりも以前から、マリスビリーと親交があった。それはもう、一般的な観点から言えば、竹馬の友、にカウントしてもおかしくない程長い期間である。
「神取は私の目から見ても解る、類稀なる天才だった。比喩抜きで、人類史にその名を刻みかねないレベルで、ね」
「さっき言ってた、峰津院さんとは違うの? あの人も、凄い才能の持ち主だったらしいけど」
「峰津院は勉強が出来る、と言う意味での天才だ。それに加えて、その学んだ理論を実践する事についても天才だ。当然、それもまた凄い才能だよ。だが、神取の方は、『発明分野』での天才だ」
それは……正しく、レオナルド・ダ・ヴィンチの領分ではないか。
万能の天才と言う行き過ぎの通名を欲しいがままにし、その名に恥じぬ天才振りを歴史上に於いても証明してきたこの人物をして、発明の天才と言わせしめる男。成程、異常と言うしかない。
「システム構築、工学分野、生物工学に量子力学を含めたありとあらゆる力学分野、果てはオカルトや経営学にも造詣が深かったね。正しく、現代に於ける万能の天才だ」
「それで、その神取さんって言うのは、何をしていた人だったんですか?」
「カルデアの運営には、施設内の設備を運用する為のエネルギーは勿論、職員に対して支払う報酬やそのエネルギー源を買う為の『金』が必要になる。神取はその金を集める為の、カルデアの下部組織の一つのトップだった。立香くんだって聞いた事はあるだろう? SEBEC社、あの会社の代表取締役だよ」
立香が驚きの表情を浮べる。
彼女の国では知らぬ者がいない程の、超有名企業ではないか。従業員数は末端を含めて5万を優に超す、モンスター企業だ。
電子工学、電気工学、生物工学、原子力や火力などを含めた様々なエネルギー分野等様々な分野を研究。
更にその高い通信工学の技術を利用し、国内最大の電気通信事業会社としての地位を長らく不動の物とし、
最近では金融事業や生命保険、損害保険の事業にまで手を出し、高い成功を収めていると言うではないか。
怪物級の、複合企業(コングロマリット)。それが、SEBEC社である。まさかその代表取締役が、カルデアの運営に噛んでいたとは、思いも寄らなかった。
「カルデアで用いているコンピューター設備及び照明類、非常設備に、これらを運用運営する為のAIやシステムの殆どはSEBECのアウトソーシングで開発されたもの。後、立香君。君もお世話になっている、あのシミュレーターや、レイシフトの要になるコフィン。あの理論を組み上げたのも、実は神取なんだよ」
「……デタラメな才能だな」
ムニエルが、信じられない、とでも言う風に呟く。
彼でなくとも、この神取なる男の才能の規格外さが伺える。幾らなんでも、多方面への才能があり過ぎる。経営に、発明。
それに、ダッシュチームに選ばれたと言う事は、マスター適性やレイシフト適性等にも恵まれている事を意味する。何物、天は彼に与えれば気が済むのか。
「それを言われて疑問に思ったんだが、その神取って男はカルデアの関係者でこそあれ、カルデアに資金を調達する為の太いパイプ以上の役じゃなかったんだろ? 何でダッシュチームとやらに選抜されたんだ?」
ムニエルの疑問は尤も言うべきだろう。
神取鷹久と言う男は話を聞く限り、かなり多方面の分野で規格外の才能を発揮していたみたいだが、その才能と辣腕を発揮出来ていたのは、表の世界。
つまり裏の世界とも言うべき魔術の世界に、神取と言う男は余り関係がなかった風にしか聞こえないのだ。
勿論、この男程の才能の持ち主なら、後天的に学び直して深い造詣を得たとしても不思議ではないのだろうが、それでも、
魔術回路の多寡やマスター・レイシフト適性だけは如何にもならない。今までのダッシュチームの面々の話を聞くと彼らは、
人理焼却時に凍結していた他のマスター達にも求められていた何らかの才能が突出していたから、Aチームの『`』に選ばれた事が解る。
だが神取は、果たして何が優れていたのか? ……いや、何が優れていたから、資金調達役のトップに近い役割からAチームダッシュの兼任も命令されたのか?
「魔術回路の数は、大方の予想通りゼロ本だったんだが、レイシフト適性とマスター適性が、異常に高かったんだよ。この辺り、十分過ぎる程優秀な魔術師だったのに、マスター適性がなかったオルガマリー前所長は地団駄踏んで悔しがってたね」
「……容易に想像出来るわね」
オフェリアが口にする。彼女もまた、オルガマリーの人となりを理解しているようであった。
「神取か……。常に不敵な微笑みを浮かべる、底の知れない男だった。それに、考えてる事を図りかねる男でもあった。あのサングラスの奥で、どんな感情を瞳に湛えていたのか。今でも僕には解らない」
「それは、私としても同じさカドック。彼を見てると、底なしの闇に引きずり込まれる。そんな印象を受けるタイプの男だったからね。ま、そんな男ではあったが、態度は至って紳士的。勇次郎に比べれば遥かにマシだった、性格面では異常者じゃなかったよ」
「その神取って人は、どんなサーヴァントを欲してたんですか?」
「縁を重視する人物でね。『触媒等を用いなかった場合、サーヴァントはその人物に相応しい者が来ると言うのだろう? ならば、私に相応しい者が如何なる者なのか。興味がある』。そう言って、特に召喚するサーヴァントには拘ってなかった。寧ろ、何が召喚されるのかと言う事実に強い興味があったらしい」
「うーん遊び半分の気持ちが強いなぁ」
「そう言う性格だから、ダッシュチームなのだよムニエル」
「以上、7名」。其処でダ・ヴィンチは纏めに入った。
「全員が全員、話を聞いて解る通りの、アクとクセの強い人物達だろう? だから、Aチームに正式メンバーには選ばれず、そのスペア、保険として用意していた方が良いと思われたのさ」
「その人達は蘇生されたらどうなるの?」
立香が問うた。
「一部の魔術に造詣の深いメンバー及び、旧カルデアでトップに近い立場だった者……つまり、峰津院大和と神取鷹久は、査問の後、そのまま新体制カルデアに編入される可能性が高い。そうなってもおかしくない位目覚しい才能の持ち主だからね。後の5人は、多分そのまま故郷に送還されると思う。勿論、送還される前に多少の査問はあるだろうが、最大の重要参考人である私達と同じ位の時間は掛けないだろ」
「要するに、蘇生させたのは自分達だ、って、恩を売りたい訳だ。やれやれ、見境が無いオッサンなんだな、あのゴルドルフってオッサンは……」
其処まで話が進んだ、瞬間だった。
ドアの向こうにいるであろう警備兵から、召集が掛かった。指名された人物は、『藤丸立香』。
「おっと、いきなり本丸から攻めるか」、と小声でダ・ヴィンチが言った。どうやら向こうは、外堀から埋めに掛かるのではなく、いきなり立香から攻めに行くらしい。
どんな考えがあっての事なのだろうか。恐らく、あのゴルドルフなる男の事だ。半ば一般人にも等しい立香なら、組みしやすく、簡単に情報を引っ張り出せると思ったのだろう。或いは、それしか思惑が無いのかも知れないが。
「下手な発言をしないようにね、立香君」
そうアドバイスを送り、部屋の皆は、立香の背を見送った。長い長い一日が今。始まろうとしていた。
最終更新:2019年01月29日 03:57