微睡の終わり

「うー……長かった……」

 疲労困憊の様子が、歩き方からも見て取れるようであった。
何処か、歩く動作がぎこちない。無理からぬ事である。何せ6時間ずっと、質問攻め。
途中休憩は、合間に渡されるペットボトル一本分の水だけ。それを飲む時間と、トイレに行く事を許可する時間。合わせた時間は3分で、それが6時間の間に4回程度。
たった12分しか、立香の休み時間は無かった事になる。それ以外の間はずっと座りっぱなしで、査問官の質問に答えるだけ。
その答えにしても、『わかりません』、『記憶に無い』など、どこぞの政治家の答弁さながらの無能振りを曝け出してしまった。
とは言え、こればかりは立香を責められない。本当に、解らないのだ。と言うより、査問官の質問が悪い。
彼らの質問は魔術の世界の常識に則った質問ばかりなのだ。立香がこの2年間で体験して来た経験は、何よりも濃いものばかり。
魔術の知識だって、キャスターのサーヴァントに教えて貰った事もある為それなりには理解している。だが、あくまでも、それなりだ。
査問会が質問するような、高度に専門的な内容になると、これはもう解らない知らないで通すしかないのである。

 査問官の表情が、焦れて行く様子を立香は思い出す。
惚けた小娘の癖に、この手の尋問に慣れている。そんな声なき声が、聞こえて来るかのようだった。
実際には、本当に質問の内容を理解しておらず、解らないとしか答え様がなかったなど、夢にも思うまい。彼らは、最初の一手から読み違えていた。立香が、魔術の世界に通暁した者であると、端から勘違いしていたのだ。

「――やぁ、お疲れ」

 マシュ達の待つ部屋へと歩いて行く立香に声が掛かった。
慌てて、声のした背後の方向を振り返ると、其処には、若い男性がいた。
180cmに近い恵まれた身長に、細身ながらも決して優男であると思わせない引き締まった身体。
顔立ちは銀幕の中の花形俳優を思わせる程に整っており、射干玉の様な黒髪を切り揃え、長い後ろ髪を纏め上げている美男子だった。
青いコートの下に、清潔な白いワイシャツを着込んだこの男の顔を、立香は覚えている。
初めて、ゴルドルフと言う名前の新所長がカルデアにやって来て顔見せした際に、彼は、秘書と思しきコヤンスカヤの背後に佇んでいた。
画一的な黒一色の服装に身を包んだ兵隊達とは、全く趣の違う服装をしていたので、目立たないようにしていても目立ってしまうのだ。だから、記憶に残っている。

「顔色が悪いね。無理もないか、長時間ずっと尋問されっぱなしだったからね」

 ピリピリと剣呑な表情の者ばかりの、ゴルドルフお抱えの兵士達とは違い、実に柔らかな笑みを浮べている。
コロリと、街行く女性の1人や2人所か、10人だって落とせそうな、魅力的な笑みだった。

「疲れが溜まったら、思いっきり伸びをすると良い。幾ばくかは楽になるよ」

「あの……貴方は」

「おっと、僕の名前を知らなかったんだね。失礼」

 其処で彼は、胸襟を正してから、こう言った。

「僕の名前は『フリン』。ミスター・ゴルドルフの用意した兵隊達の1人だが……ハハ、御覧の通りの浮きっぷりでね。酷い格好だろう? 指定の制服を忘れて、仕方なくこんな格好でやって来てしまったよ」

 両腕を広げ、クルッと回転してみせるフリン。
まさかゴルドルフの用意した私兵達と服装が違うのは、別にフリンがリーダー格であったからと言う訳ではなく、まさか指定の服装を忘れていただけだったとは。
かなり、間の抜けた男であるらしい。とは言え、別にこの服装でも構わないか、と思う立香がいる。この男に、他の兵士達が纏っている様な機能性重視の野暮な服装は、似合わないだろうから。

「フォォォォォォウ……!!」

 聞きなれた鳴き声が聞こえて来た。
その方向に目線を向けると、尻尾を思いっきり逆立て、何かを睨みつけているフォウの姿があった。
「フォウ君!?」と驚く立香だった。フォウが、此処まで強い威嚇の様子を見せるのはそうそう無い。あのマーリンが相手でも、此処まで露骨ではなかった。
誰に対し、フォウは此処まで強い敵意を抱いているのか。目線の先を見れば、明白だった。フォウは……フリンに対して、強い警戒心を抱いていた。

「君のペットかい?」

 訊ねてくるフリン。

「嫌われてるなぁ僕は。やっぱり、ミスター・ゴルドルフ側の人間だからなのかな?」

 フン……、と、軽く鼻を鳴らした後。フリンは、憔悴気味の立香の様子をまじまじと眺める。

「あ、あの……?」

「君なら良い『器』になれるだろうね」

「器……?」

「何でもない。ただ、褒めてるよ。これは間違いない」

「?」

「っと、これ以上此処で油を売ってると、僕も怒られちゃうな。さ、早くお友達の所に戻ろう。皆心配してるよ」

「はあ……。さ、フォウ君。行こう」

「……」

 立香の言葉に反応し、フォウはトコトコと、歩き去って行く彼女の後を追って行く。
10数m程離れてから、後ろの方で、『コヤンスカヤ』なる女性が、「ちょっとフリンさん!! もう少し話して情報を引き出して下さいよ!!」とフリンを叱責する声が、聞こえてくるのだった

 ◆

 ――12月31日。
最早言うまでも無かろうが、大晦日である。とうとう、こんな日まで縺れ込んでしまった。カドックやオフェリアも、此処で行く年来る年をする覚悟を決めたらしい。
話のタネが無いので、立香は「日本だとこの時期になるとお雑煮や年越しそばを食べるんですよ」と日本の文化について語ったら、
「頼むから止めてくれ、食べたくなる」とカドックから釘を刺された。ついでにムニエルにも。魔術師達としても、やはりこの日だけは、特別な過ごし方をしたいらしかった。

 本当なら国に戻って、立香は久しぶりに家族と過ごす筈だった。
紅白歌合戦を見ながらたまの夜更かしをして、友人達とLINEであけおめのメッセージを送って。
堪える寒さの中早起きして、家族皆でお節をつまみ、友人達と初詣に行き、そしてその後で、家族や親戚からお年玉をねだる。そんな正月を、過ごす筈だったのだ。
ままならないものである。結局今年も、カルデアで1年を終え、2018年を迎えようとしていた。

 長引いた理由に、尋問が長引いた事も確かにある。
何せ一人頭平均して数時間の尋問だ。これを一人一人懇切丁寧にやって行くとなると、それはそれは莫大な時間が掛かる。
だが原因は、これだけじゃない。ゴルドルフ達が行っていた、Aチーム及びAチーム`の解凍が、大幅に遅れたのである。
尤もこれは、ムニエルからすれば遅れて当たり前の事だったらしい。コフィンの内部にいるマスターの解凍は、手練のカルデア職員であっても、
細心の注意を必要とする精密作業。何処の馬の骨とも解らない輩が、ちょっとマニュアルを見ただけで出来る作業では断じてないのだ。
それを漸く、ゴルドルフも思い知ったらしい。こうなっては仕方ないと、下げたくない頭を下げて、所長代行のダ・ヴィンチの下にやってきたのが昨日の18時。
これ以上立香達を拘束したくないとダ・ヴィンチも思ったらしく、ゴルドルフ達の依頼を承諾。中央管制室へと向かい、今も作業に従事している。

「やっぱ、相当難しいんだね……解凍作業って……」

「そりゃあなぁ……。Aチームと、ダッシュチームは特に念入りにやられたからなぁ……ダ・ヴィンチと言えど、難儀するだろうさ」

 ムニエルは腕時計を確認する。「16時半」、そう呟いた。

「31日が終わるまで、後8時間足らずですね……」

 と、マシュがハッピーニューイヤーまでのタイムリミットを告げた、その瞬間だった。

「失礼」

 その声と同時に、謹慎室の扉が開かれ、カソックを身に纏ったアジア人の男性が姿を見せる。
神父とは思えぬ程骨太な身体つきは、男が過去何らかの格闘術を嗜んでいた事を如実に伺わせるものであった。
『言峰神父』、確かそんな名前だったと立香達は記憶している。聖堂教会に連なる代行者と言うらしいが……。

「4日にも渡り軟禁を強いて来た事、まことに申し訳なく思っている。が……文句の程については、君達の容疑が払拭された事と、後数時間で君達が解放されると言う事実を以って、どうか収めて欲しい」

「最後まで居丈高な態度ね。大事な友人と過ごせる貴重な時間を一方的に奪っておいて、謝罪の言葉もなしなのかしら? 聖堂教会の教育には疑問を覚えてしまうわね」

「責任を転嫁する訳じゃないが、君達を軟禁すると決めたのは私の判断ではない。どうかそれを思い出して欲しい、ミス・オフェリア」

 「さて」、と。皆を一瞥する言峰。

「魔術協会にどのような思惑があるのかは知らないが、彼らは君達を拘束したいらしい……が、我々聖堂教会はそうではない。君達の戦いと献身を正しく認めている。私の上司、ノイ司祭も君達の健闘を讃え、祝福しているよ」

「本当に俺達は解放されるのか?」

「勿論だともミスター・ムニエル。誓って本当だ」

「ダ・ヴィンチちゃんはどうなるの?」

 立香の問いに、間を置かず言峰は答えた。

「レオナルド君は周知の通りサーヴァントだ。解放とは行かない。今の解凍、蘇生作業を終え次第、藤丸立香。君が今まで従えて来たサーヴァント達と同じように、強制的に退去して貰う。予測出来なかった結果ではなかろう」

「万能の天才だぞ、手元に残して置くって言う選択肢は無かったのか?」

 カドックの疑問にも、言峰は速やかに答える。

「聖堂教会としては、過去の英霊は生者の世界である現世には必要ない。ゴルドルフ氏としても、協力の姿勢の弱いサーヴァントは足を引っ張るだけだと判断し、必要ないと見ている。互いの思惑の一致だよ、どちらからも不要とされたのだ。レオナルドは」

「……神父。貴方は、サーヴァントを否定するのですね。自分達聖堂教会に連なる者だけは、それとも特別なのですか?」

「それは誤解だよデミ・サーヴァントのお嬢さん。たとい此処にいるサーヴァントがレオナルドではなく、ヨハネやマタイであったとしても、私は退去させる事に同意した。新しい歴史の世界に、過去の歴史の住民が介入する事を良しとはしない。至極当然の考えだ」

 そこで言葉を切り、言峰は再び口を開いた。彼の態度は事務的で、淡々としている。

「レオナルド君とはお別れになるが……最後の瞬間を認めぬ程我々も人心が無い訳ではない。思い出を語らう時間位は、残してある。別れの食事を、今夜にでも済ませたまえ」

 ――「それを終えれば」

「君達は祖国に帰れる。特に、藤丸立香。人理修復の立役者である君は、私が責任を以って日本に送還させよう」

「貴方は……信用出来ない」

 真っ向からの立香の発言に、苦笑いを浮べる神父。
カソックを身に纏い、キリリと強い意思のようなもので引き締まったその顔立ちは、余人の目から見ればさぞやストイックな聖職者に見える事だろう。
だが、立香はそうは思わなかった。目の前のこの男はまるで、黒い霧で出来たシルエット、百億の蝿と蚊によって人型に構成された蟲の柱。
胡散臭くてきな臭く、言の葉の全てに裏があると思わず勘繰りたくなるような、悪い意味で不思議な男。それが、百にも届かん英霊と繋がってきた藤丸立香が、言峰神父と言う男に抱いた印象であった。

「元より人に好かれる男だとは思わなかったが、初対面に近いのに私も随分な嫌われようだ。無論、君が断るなら私も無理強いはしない」

 まっすぐに、立香の方を見つめながら、神父は口を開いた。

「良い勘を持っているようだ。是非に、磨いておき給え。損はないぞ」

 其処で、謹慎室に設置されたスピーカーから、アナウンスの音声が響き渡った。
コフィンの解凍の終了。解放まで後3分。そして、蘇生術式を行う為に言峰の招聘する旨。内容は、その3つに集約される。

「ダ・ヴィンチちゃんがやり遂げたんですね!!」

 マシュの声を聞き、肯んじる言峰。

「レオナルド君は大層優秀なサーヴァントだ。音に聞こえた万能の天才、正直退去させるには惜しい才能だ」

 言峰の目線は、やはり代わらず、立香の方に向けられている。

「藤丸立香君。私は君の弛まぬ努力と、強い克己、そして堅い忍耐を心底から讃えよう。だからこそ――ああ、残念だ」

「……何が、ですか?」

「悠長な返事だ。勘を磨いておけ、数十秒前に私はそう告げたぞ」

 微笑みを浮べて、神父はこう言った。

「微睡みを破る鐘は鳴らされた。君達の起こした奇蹟が今、君達を嘲笑する者の手によって踏み躙られる事実が、残念でならない」

 ◆

 ゴルドルフにとってすれば、目の前にあるコフィンなるカプセル状の装置は宝箱のようなものだった。或いは形状から言って、イースターエッグか。
金銀財宝、宝玉に珊瑚、土地不動産の権利書等が入っていても嬉しいが、ゴルドルフにしてみればそれに値する位、このコフィンの中身は重要なのである。
コフィンの中に入っている……と言うより、正確には中で眠っている者は人間である。ただの人間ではない、VIP級の要人だ。
2017年末まで解凍が縺れ込んだマスター達は、レフ・ライノールの妨害工作の影響を特に強く受けた者達である。それは、事前情報でゴルドルフも理解している。
そして、レフが念入りに破壊しようとしたマスター達が、極めて優秀な者達ばかりである事も。

 ゴルドルフをトップに据えた、新体制カルデア。その運営プランは既に彼の中で組み立てられている。
そのプランの中に於いて、旧カルデアがAチームと呼んでいた優秀なマスター群と、Aチームのメンバー以外のマスター達……。
つまり、旧カルデアがAチーム`と呼んで秘匿していた――機密資料やデータを逐次己の目で眺め、ドライアイ気味の状態の時に見つけた――連中が、必要不可欠なのだ。
優秀な才能を探すのも、育て上げるのも、並の労力ではない。掛かる時間と費用は、魔術師にとっても等しく平等である。
だったら、旧体制の組織が育て上げていた才人をそっくりそのまま、新体制の組織にヘッドハント、組み込む方が遥かに速い。
下げたくない頭を下げ、ダ・ヴィンチにコフィン内部のマスター蘇生作業を手伝わせたのも、それが理由である。
話に聞いていた以上にこの解凍作業は難しく、ゴルドルフが用意したスタッフ達では全く歯が立たないのである。
変にプライドを拗らせて、虎の子のマスター達の蘇生に失敗するよりは、頭を下げて事情に精通した者に手伝って貰う方がずっと賢い。
そうするだけの価値が、コフィンと言う名のイースターエッグの中に眠るマスター達にはあるのだ。

 特に優先するべきは、時計塔は天体科の主席、キリシュタリア・ヴォーダイムだ。
掛け値なしの天才である、悔しいが、ゴルドルフですら認める程に。彼一人いるだけで、新体制カルデアは相当な『ハク』がつく。
続いて重視するべきは、日本の魔術師……と言うよりは、魔術使いの大家、1000年以上の長きに渡り彼の国を霊的に守護して来た家系の現頭首。
即ち、峰津院大和だ。この男も是非とも参加に、そうでなくとも、恩は売ってパイプを繋げて置きたい。
彼の家系はムジーク家を一笑に付す程の財力を持っている事もそうだが、何と言っても龍脈・霊脈操作に関して現世界に於いて峰津院家の右に出る家系はいないと断言出来る。
その卓越した霊脈操作の恩恵にムジーク家が預かれれば、行く行くはアインツベルン家をも越える程の錬金術を会得し、根源にだって……。
薔薇色の未来が、ゴルドルフの視界に広がる。3人目のVIPは神取鷹久だ。SEBECの事はムジークも知っている、と言うか株券も何枚か持ってる。だって鉄板かつ安定の株だし。
神取がマリスビリー・アニムスフィアや、前所長のオルガマリー・アニムスフィアと繋がりを持ち、かつ、旧カルデアの設備……、
それこそ科学に寄るものから霊的・魔術的な装置まで開発を手がけていた事は、コヤンスカヤの報告で御見通しだ。
彼は技術部として活躍して貰う他、SEBECのCEOとしての立場も利用させて貰う。つまり、金銭面でも便宜を計らって貰おうと言うのだ。
これはかなり切実だ。だってコヤンスカヤ君、金遣いが容赦ないんだもんトホホ……。

 後のメンバーは、実の所上記の3名に比べれば是非に欲しいと言う訳ではない。
勿論、いれば役に立つのだが、キリシュタリアや峰津院、神取に比べて目覚しい何かがあるという訳ではない。
ゴルドルフとしては才能の面でも、華やかさを求めると言う面でも、オフェリアをスカウトしたかったが、既にカルデアが蘇生させてしまった上に、
明白に新体制カルデアをオフェリアは拒絶した。そう言う人物を、ゴルドルフは求めない。モチベーションの低い者を誘ってしまい、組織の屋台骨に影響を与える訳には行かないからだ。兎に角、今コフィンに眠る、VIP3名を除いた残りのマスターは、なるべくなら引き入れたい程度の人物だ。確実に、3名は引き入れる。ゴルドルフには、勝算があるのだった。

「オペレーション無事完了。コフィン解凍が終了しました。コフィン解放まで、あと3分、です」

「ふわっはっはっは!! 見事だよダ・ヴィンチ君!! 君も中々やるものだ!!」

「そりゃどうも」

 昨日の、渋面を作ってダ・ヴィンチに頭を下げた時の不機嫌さが、嘘のよう。
良い湯加減の風呂から上がり、身体を拭いて、バスローブに着替えた時のような、あの爽快感が、今のゴルドルフを支配していた。

「我々が3日間かけて出来なかった作業を1晩でこなしてみせるとは、いやはや、君の処遇も改めて考えねばなるまいね?」

 元より、ダ・ヴィンチを失う事はゴルドルフ側としても望むべく所ではない。
ルネサンス期が誇る、万能の天才。その才覚を身近なところに置いておきたいと考えるのは、実に自然な帰結であった。
よもや語るまでも無いが、ダ・ヴィンチは優秀な技師である。それを退去させてしまうと言うのは、如何にも惜しい。彼(彼女?)もまた、ゴルドルフとしては引き入れたいスタッフなのだった。

「カルデアの設備は扱いが難しいと、新体制スタッフが嘆いていてね。操作のやり方が難しく、諸々の装置の理屈も解らないと言って私を困らせるのだよ。君が私の秘書になるのなら――」

「生憎で悪いのだが、私がオーダーを引き受けるのは信心深い信徒か神そのもの、そして信頼出来る友だけと決めていてね。君、何時から私の友達になったつもりでいたんだい?」

「……フン!! 愛想の欠片もないなお前は!! サライに幾度も金目の物を盗まれた理由も、君の性格が理由だったのだろうな!!」

 それまでの機嫌のよさが一瞬で吹き飛んだゴルドルフ。空模様の変化よりも早く、喜の表情が怒に変わる。
ダ・ヴィンチから目線を外し、周囲を見渡す。貝のように閉じているコフィンを見て、瞳を怒らせながら一喝した。

「ええい、早くコフィンを開かせるんだ!! 3分経つぞ!!」

 こうなったら、コフィンの中に眠る虎の子のマスター達を蘇らせる事で、溜飲を下げるしかない。
最優先は、キリシュタリア、峰津院、神取の3人。彼らを真っ先に蘇らせ、恩を売り、新体制カルデアの礎にするのである。

「はい、コフィン……開きます!!」

 スタッフの1人の合図の後に、シューッ、と。
内部の空気が勢いよく噴出する音と同時に、物々しくコフィンが開かれ――一同は、絶句した。

「は?」

 この言葉は、コフィン内部のマスター解凍を担当していたスタッフ達の1人が上げた声。

「……え」

 この言葉は、リーダーであるダ・ヴィンチのサブを担当していた女性のもの。

「――――」

 そして、絶句しているのは、ダ・ヴィンチの方。
見開かれた目は、コフィン内部に注がれている。マスターは、確かにいた。キリシュタリア、ベリル、そしてデイビッド。以上、3名。正規のAチームのメンバーだ。





 ――残りの7名。
『ダッシュチーム』の面々が入っていたコフィンの内部が、完全に空な事を一同が認識し、場がザワつき始めたその瞬間、けたたましいブザーの音が鳴り響いて――。






 ◆

 エマージェンシーを知らせるブザー音に驚いたのは、カドックとオフェリア、そしてムニエルの3名だった。
立香にマシュは、流石に慣れたもの。無論、この手の危険信号に慣れてはならないのであるが、過去何度も彼女達は、このブザーの音を聞いている。
慣れたくなくとも、慣れてしまうと言うものだった。だが……ブザーが鳴るタイミングが、如何にも引っかかる。
何故、人理焼却を阻止し、世界に点在していた小規模な亜種特異点を解決し尽くしたこのタイミングで……、危険信号が鳴り響くのか?

 エマージェンシー・コールの数秒後。ドア越しに、火薬の炸裂する音が響いて来た。
こればかりは、流石に立香もマシュも驚いた。聞き間違いがなければこの音は――銃声だからだ!!
そして、現在カルデアに於いて銃器を保持している連中は、ゴルドルフがこのカルデアに招き入れた彼の私兵以外に存在しない。
まさか、カルデアスタッフが粛清されている……!? 余りに不吉な考えが頭を過る。

「始まったか。しかし……終末を告げる音が喇叭の音ではなく銃声とは……風情がないとは思わないかね? 諸君」

「……何が言いたい訳?」

 それまでずっと、ベッドの上で仰向けに寝転がり、我関せずを貫いていたヒナコが、言峰の方を睨み付けて言った。
終止マイペースを貫いていた彼女であっても、今回の事態に、無視傍観を徹する事が出来なかったらしい。

「答えて差し上げたいのはやまやまなのだが……貴種の令嬢よ。私としても時間が惜しい。名残は尽きないがお別れをせねばならない」

 踵を返し、この場を去ろうとする言峰。「待て!!」、ムニエルとカドックが同じタイミングで叫んだ。

「暫くは外を出ない方が良い。息を潜めている事も勧める」

 ドアが、開く。

「――『治水王』が保有する神土から造られた息壌兵、君達では手に余るだろうからな」

 その言葉を最後に、言峰は部屋から去った。
閉まるドア。それにカドックとムニエルが走って行き、ドアを開けようとする。
だが、開かない。ロックを掛けられた、と室内にいる全員が同時に悟る。

「クソッ、解放してくれるんじゃなかったのかよ!? って言うか、今の!! 外の!! 銃声は何だ、オイ!!」

 外に警備兵が待機している事は解っている。ムニエルはロックされたドアの向こうにいるだろう、ゴルドルフの私兵に向かって叫んだ。

「やかましい!! 大人しくしろ!! こっちはそれ所じゃない!!」

 ムニエルの声を認識したのか、立香達が軟禁されている部屋をここ数日間担当していた警備兵が、怒鳴り付けるように言った。
声音に、本当に余裕がない。今カルデアに降りかかっている事態はカルデアとしても、ゴルドルフの側としても。予定外、逼迫したものである事が窺える。

「こちらクローバー3、応援要請を傍受した!! 管轄違いだがスペード隊に合流する、俺が行くまで持ち堪えろ!! カルデアスタッフが邪魔なら先に処理しても構わん!!」」

 言葉を切るや、警備兵は駆けだして行く。足音が遠ざかるのを、耳をドアに当てていたムニエルが認識する。
「なっ、ロックしたまま行きやがった!!」、怒りと驚愕が綯交ぜになった表情を浮かべるが、現状は如何する事も出来ない事もまた、思い知ったらしい。
大きな溜息を吐いて、部屋の真ん中あたりにムニエルとカドックが戻った。

「……どうするよ、立香?」

 何のかんのと言っても、今部屋にいる人間の中で、この手の危難に対して一番経験値を積んでいるのは誰ならん、藤丸立香だ。
この場にいる人間の中では年長者に相当するムニエルだが、現状この事態を打破出来る手段が全く思い浮かばない。
立香に意見を求める時の声は、申し訳なさと、自らを情けないと思う感情が、一緒になっていた。

「脱出、するべきだけど……」

「先輩、あの通風口から脱出するのは……大きさ的に……」

 天井に取り付けられた通風口を眺める立香を見て、マシュが言い難そうに意見する。だろうなと言う気持ちに立香は包まれる。
誰の目から見ても、あの通風口は狭い。この部屋にいる者達の中で、あの狭い所を自由に移動出来る存在は、フォウの一匹以外存在するまい。

「……息壌……。まさかね……」

 1人、言峰が何気なく口にした言葉に、ヒナコは思い当りがあるらしかった。
その言葉を小さく転がしている。オフェリアがそれに気付き、「ヒナコ?」、そう口にした、瞬間だった。
ドン、ドン、と。何かが勢いよく向こう側からドアにぶつかって来る音が部屋に響いてくる。
いや、ぶつかって来る、と言う言い方は正確ではない。これは……誰かが意図的にドアを殴るか、蹴ったりしている音であった。

「(オイオイオイオイオイ!! 冗談だろ!! ドア、ドアひしゃげてるぞ!!)」

 ムニエルが全員に目配せする。嫌な予感は、この場にいる一同全員が等しく察知している。
銃弾を弾くには十分な厚さを誇る金属製の自動ドアが、衝撃が加わった所から拉げ始めており、形の方も、最早自動ドアとしての使用が出来なくなる程に変形してしまっていた。

「(騒がないで、ムニエル。通路に複数の気配……だけどこの魔力濃度は……)」

 オフェリアが冷静に、ドアの先にいるであろう怪しい気配について考察を巡らせる。
敵対者が魔力を保有している事から、魔術の系譜に連なる何かである事は直に推察出来た。だが、誰だ? そして、この魔力の濃さ……。
マシュやオフェリア、カドックの脳裏に不吉な予感が過る。間違いなくこれは、サーヴァントの……。

「ローマ兵だよ」

「馬鹿、冗談言ってる場合か藤丸っ、如何考えてもサーヴァントの……」

「いえ……そうなら良かったんですがね、先輩。でも、気を遣っていただきありがとうございます。少し、深呼吸出来て、緊張がほぐれました」

「っ……それが目的か……。はっ、流石世界を救ったマスターだな……経験が豊富だ」

 立香の意図した事をカドックもオフェリアも理解したらしい。
この場に於いてただ1人の凡人である少女に感謝しながら、今も立て続けに衝撃を加えられて、破られそうなドアに目線を再度向け始める。

「皆さん、下がって……!! 来ますっ」

 言葉の後に、鉄扉が破られ、室内にドミノの板みたいに倒れ込んだ。
果たして其処には、ドアに衝撃を加え続けていた下手人が存在した。

「――――――――」

 否、それは人ではなく。
焼結を行う前の陶器の様な色をした中華系の甲冑に身を包んだ、大柄な体躯の自動人形(オートマタ)であった――。

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最終更新:2019年02月01日 21:26