報道記事 > 総選挙2009(注目選挙区)

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東京5区

【09衆院選・注目区を歩く・東京5区】突風…地力問われる戦い(産経新聞/2009/08/10)

http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tokyo/090810/tky0908102028002-n1.htm
 午前8時前、車の通行量も少ない通りに面した改札口に向かい通勤客らが早足で駆け込んでくる。今月初め、自民前職・佐藤ゆかり氏が立っていたのは東急目黒線洗足駅前だ。
 利用者は1日平均約1万5千人。住宅やアパート、雑居ビルが密集する沿線の中でも比較的小さく、周囲も静かな駅。切符売り場横のスタンドに目黒、品川、大田区の広報誌が並び、区境に近いことが分かる。
 「“政権交代”の四文字熟語が飛び交っているが、大切なのは経済成長戦略や国家ビジョンが示されているかどうか。突風に乗るのではなく政策本位、候補者本位で慎重なる判断を」
 都議選の結果を“突風”と表現し、自民への逆風に強い危機感をにじませる佐藤氏。目黒区議とリレーしてマイクを握り、約30分。時間を惜しむように隣の大岡山駅前に移動した。
 街頭演説後、「地元の佐藤ゆかりとして定着してきた」と口にした佐藤氏。
 岐阜1区からの国替えを決めたのは1年半前。8期のベテラン、小杉隆元文相の地盤を引き継いだ。全国的な知名度も高いだけに「だれの応援に来たんですか」と聞かれることもあった。
 土曜日の東急大井町線二子玉川、自由が丘両駅前での街頭演説から始め、地域の行事にも顔を出し有権者への浸透を図った。小杉氏の秘書経験がある目黒区議、宗田次郎氏(48)は「佐藤さんじゃなかったら厳しかった」。
 17日の決起大会には小泉純一郎元首相が駆けつける予定だ。厳しい戦いが予想される“小泉チルドレン”で何人が生き残れるのか、地力が問われる。


 「充電完了」。佐藤氏を迎え撃つのは民主・手塚仁雄氏。落選から4年間、地域に根を下ろして活動し、「風だけに頼る戦いはしていない」と自信を深める。26歳で都議に当選した平成5年から街宣車を使わない活動を徹底している。
 駅前での街頭演説、商店街や路地を練り歩き、「この地域での知名度では負けていない」と手塚氏。連日2万歩近く歩くといい、「2年間で25キロやせた」。
 街頭では「政権交代」を強調。目黒、世田谷の両地域で都議、区議らがスタッフと同じ赤いポロシャツを着て支援する。
 「チーム手塚の一員。政権交代へのたすきをバトンタッチするときだ」。買い物客でにぎわう週末のスーパー前で、都議選で初当選を果たした関口太一氏(33)が力を込めた。地方選挙連勝を受け、衆院選を“最終ランナー”にたとえた。
 手塚氏は「日本を借金大国にしたのは今の政権。税金の使い方を変える。(投票で)新しい政権を作る大事業に参加して」と連日、訴えている。
 共産・宮本栄氏は3回目の挑戦。自公政権を正面から批判する一方、「その先の選択が問われている」と訴える。ただ、「『今回だけは民主へ』という声は前々回(平成15年)もあって苦労した。今回はむしろ民主党政権に不安を覚えるという人も多い」と指摘。立候補を決めた昨秋以降、1カ月で一巡するペースで各駅の街頭活動を続ける。
 幸福・木下真氏は景気対策としての減税や憲法改正などを訴え、連日、自転車遊説を展開している。(水野拓昌)


 公示まで1週間となった今回の衆院選。立候補予定者は国替えや再起などさまざまな事情を抱えながら選挙活動に汗を流す。都議選の結果は、衆院選でも再び繰り返されるのか。東京25選挙区の中から注目区の選挙事情を追った。

首都圏屈指の激戦東京5区は苦労人対決(日刊スポーツ/2009/08/17)

http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20090817-531972.html
 小泉チルドレンの代表的な1人、自民党の佐藤ゆかり氏(47)に05年の郵政選挙で負け、雪辱に燃える民主党の手塚仁雄氏(42)が対決する東京5区(目黒区全域と世田谷区の一部)は首都圏でも屈指の激戦区だ。佐藤氏は08年2月に岐阜1区から国替えし、手塚氏は敗北から4年も待った上、いきなり知名度のある対立候補が出現。ともに「苦労」の文字が似合う選挙戦だ。
 佐藤氏は、有権者とのきめ細かい接触のため、自転車を活用するなどして政策をアピールしている。自民党関係者は故郷への国替えではあるが「地元の人との昔からの人間関係はあるが、必ずしも選挙の人間関係とは違う」と楽な展開ではないことを漏らした。
 前回は空中戦だった。今回は佐藤氏の地元であり、盆踊りやさまざまな集会に精力的に顔を出してきた。同関係者は「佐藤氏にとっては初めてのこと」と、慣れない活動に奮闘した様子もうかがわせた。党内の調査では手塚氏を相手に「互角」と分析しているという。
 勝てる選挙区として党本部の職員も応援に駆けつける力の入れよう。佐藤氏は、あいさつ回りなども精力的にこなし、次第に地域とのきずなに手応えを感じている。街頭演説では、民主党が掲げる子育て支援などに対し「結果平等主義の社会主義的な税金の大盤振る舞いでは経済発展はできない」と民主党批判を繰り返している。
 一方、手塚氏は「ギネス級」と語るほど、ゴールデンウイークなどを除き、17年間、週7日、朝夕、駅前などで街頭演説を続け、落選後は1日の回数を増やした。「(冬は)雪が降ったらラッキーです。視覚で姿勢を感じてもらえる」。ただ、敗北当初は「報道番組を見るのも嫌で杉村太蔵君もよく知らない。時間の経過がゆっくりすぎてつらかった」という。
 待ち焦がれた選挙。前回当選した小杉隆氏は引退。手塚氏も「アドバンテージがあると思った」という後の佐藤氏の登場だった。だが、手塚陣営は「毎日、街頭に立ってきた。反応はこれまでの選挙と明らかに違う」と、優勢と判断していることを示唆した。
 手塚氏は、決起集会で偽メール問題で1月に自殺した友人の永田寿康元衆院議員への思いを明かした。「彼は大きなことは言うが約束は守る男。政権交代への思いが強かった。やりたいのにやれない複雑な心境だろう」。墓参りはしていない。「墓前に政権交代やったよと報告したい」と涙を流した。絶対負けられない理由という。【中野由喜】

【首都の選挙戦】東京5区 世田谷の地元密着選挙(東京新聞/2009/08/18)

http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tokyo/090818/tky0908180223020-n1.htm
 東京5区は目黒区全域と世田谷区南東部。下馬、九品仏、等々力、上野毛、用賀などの地域。前回の「郵政選挙」で、郵政民営化法案に反対した野田聖子消費者行政担当相の刺客として岐阜1区で出馬し、比例で当選した“小泉チルドレン”の佐藤ゆかり氏が国替えしたことで注目度が急上昇した。
 「郵政選挙」の前回は自民元職の小杉隆氏が民主元職の手塚仁雄氏に4万票以上の差をつけて当選したが、12、15年は手塚氏が小杉氏を破っている。8年は新進党からプロ野球楽天監督の野村克也氏の妻、沙知代氏が出馬(落選)し話題となった。過去4回は小杉氏、手塚氏が2回ずつ選挙区を制している。
 佐藤氏の国替えは昨年2月。知名度は高く、毎週土曜日に二子玉川、自由が丘両駅前での街頭演説で地元への浸透を図ってきた。ここにきて「地元の佐藤ゆかりとして定着してきた」と本人も手応えを感じており、自転車に乗っての街頭活動に精を出している。
 手塚氏は都議時代から“徒歩遊説”や街頭演説を重視した活動を続けてきた。「選挙カーは使わない」のがポリシーだそうだ。7月の都議選では目黒区の現職と世田谷区の新人の系列都議がそれぞれトップ当選。支援のためフル稼働しており、陣営には勢いがある。
 共産・宮本栄氏は3回目の挑戦。昨年9月に立候補を決めてから、区内の駅頭での街頭活動をほぼ1カ月で一巡するペースで続け、雇用問題を中心に訴えている。幸福実現党は31歳の木下真氏を擁立した。

【09衆院選】佐藤ゆかり氏「若手が自民党を立て直す」手塚仁雄氏「民主党にすべてを託して」(産経新聞/2009/08/18)

http://sankei.jp.msn.com/politics/election/090818/elc0908181152030-n1.htm
 東京5区では、「小泉チルドレン」で自民党前職の佐藤ゆかり氏(48)が東京都目黒区の東急・自由が丘駅前で第一声を上げ、「政権交代という軽々しい言葉に乗らないでください」と支持を訴えた。一方、民主元職の手塚仁雄(42)は同区の東急・学芸大学駅前で「わが国の歴史上、こんなに政権交代への期待が高まったことはない」と強調。激しく火花を散らした。
 自民への逆風に加え、岐阜1区からの国替え後、初の選挙となるため、厳しい選挙戦が予想されている佐藤氏。午前9時半、地元都議や参院議員も応援に駆けつける中、固い表情で自由が丘駅前に現れ、「私たち若手が自民党を立て直します」と声を張り上げた。
 手塚氏は午前10時、「私たち民主党にすべてを託していただきたい」と第一声を上げ、自公政権への対抗姿勢をむき出しにした。
 さらに、東京5区では2人の新人が参戦。共産の宮本栄氏(47)と幸福実現党の木下真氏(31)が、それぞれ本格的な選挙戦をスタートさせた。

静岡7区

<政権選択>最前線●4 静岡7区 因縁対決に民主参入(東京新聞/2009/08/02)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/scope/CK2009080202000098.html
 奇抜ないでたちに、小学生が「何あれ? 受けるんだけど」と指さした。だが、逆境の「小泉チルドレン」は気に留めなかった。
 自民党の片山さつきは七月二十五日、浜松市南区の夏祭り会場にいた。ピンクのシャツとジーンズ姿で、頭には保冷剤を入れた赤いバンダナ。支持者の露店で買った「光るカチューシャ」も着けた。
 「景気を立て直せるのは片山です。地元企業の味方は私たちだけですよ」。楕円(だえん)形の厚紙に自身の写真とキャッチフレーズを印刷したうちわを、ビラ代わりに配って歩いた。

 片山は二〇〇五年衆院選で、自民党の「刺客」として出馬し、郵政造反組の城内実に競り勝った。今回は片山、城内の因縁対決に、政権交代を掲げる民主党の斉木武志が加わる三つどもえの構図だ。

 小泉旋風から一転、逆風の片山が「魔法のつえはない。着実にやるしか」と漏らし、別の催しに転戦しようとした時、ちょうど城内が現れた。周囲が一瞬、凍り付く。「こんにちは」。二人は手を振ってすれ違った。

 城内は、来場者から「頑張ってね」「今回は負けないで」と声をかけられる。露店で磯辺もちを勧められ「粘り強くやります」とほお張ると、売っていた女性たちから拍手がわいた。

 七百四十八票差で涙をのんでから四年。無所属を貫き、選挙区をくまなく歩いてきた。「これまで積み重ねてきたことを総決算して地道にやるだけ。今さらパフォーマンスや奇策をろうしても、あまり変わらない」と余裕すらのぞかせる。

 政権をうかがう民主党に対しても城内は「追い風は感じない。ここは政権選択選挙ではない。誰が地元の代表にふさわしいかだ」と断言する。平沼赳夫元経済産業相のグループに参加し、政界再編も視野に入れる。

 斉木は七月二十六日、自らハンドルを握り、浜松市中心部から約二十キロ離れた天竜区の中山間地に向かった。約十人の支持者にひざ詰めで向き合い「保守地盤のここで二人を上回れば、7区でも確実に政権交代が起きます。ぜひ同志を増やしてほしい」と頭を下げた。

 公募に手を挙げ、出馬を決めたのは昨年三月。「(政治的には)ゼロからの出発」だったが、先の知事選で民主党が支援する候補が当選した後は、政権交代への期待を感じている。街頭演説で医療改革や子育て支援を訴えると、手を振り返す市民も増えてきた。

 「有権者は民主対自民の選挙だとみている。城内さんは自民党の地方議員の支援を受けている。私は二人の自民党と戦っている」

 斉木は語気を強め、街頭演説や支持労組回りに奔走する。 =敬称略
  (竹内洋一)

◆チルドレン4年の真価は
 永田町では、当選1回の議員の最大の仕事は、2回目の当選を果たすこととされる。

 「とにかく地元に入って、有権者と触れ合え」。民主党代表代行の小沢一郎は、同党の若手に繰り返し説いている。風に左右されない基盤をつくれと教えているのだ。

 対する自民党の「小泉チルドレン」。離党や立候補断念が相次ぐ中で、83人中65人が党公認で選挙区から出馬する。4年間の真価が問われる戦いは、一様に厳しい。

◆立候補予定者
片山さつき50 (元)経済産業政務官 自前<1>

斉木武志35 (元)アナウンサー 民新 

竹内隆文51 幸福実現党県役員 諸新 

城内実44 (元)外務省職員  無元<1>
2009年8月2日 紙面から

【09衆院選】見えぬ争点 あの選挙区のいま(2)静岡7区 リターンマッチ(産経新聞/2009/08/04)

http://sankei.jp.msn.com/politics/election/090804/elc0908041909006-n1.htm
候補者本位、真っ向勝負
 「今さら(民営化された)郵政が元に戻るわけがない。それよりも雇用と景気対策が重要」。7月24日、浜松市内の選挙事務所で自民、片山さつき(50)はこう語った。片山は前回の郵政選挙で、造反した無所属、城内(きうち)実(44)の「刺客」として選挙の洗礼を受けた。748票差で勝利。その戦いから4年がたつ。前回大接戦を演じた城内に加えて今回は知名度のある元NHKアナウンサーで民主新人、斉木(さいき)武志(35)との事実上の三つどもえの戦いだ。
 静岡7区は浜名湖の東西にまたがり、南北に天竜川が流れる広大な選挙区だ。だが、3人の主な選挙事務所は東名道浜松西インターから約3キロ圏内で互いに火花を散らす。幹線道には片山、城内のポスターが交互に並び、同じ民家の塀を飾ることすらある。
 片山の不安は党への逆風と郵政選挙が地元にもたらした「ねじれ」だ。4年前、党県連は城内を推薦し、離党後も水面下で支援する地元議員は少なくない。党県連は「一枚岩なんて言わないが、党としてさつきさんの支援にあたる」とする一方、「風で当選した人は地元には残らない。積極的に支援できない」という県議もいる。15日の決起集会には元首相の小泉純一郎を招く。4年前、会場を7千人もの聴衆が埋め尽くし、「純ちゃ~ん、がんばれ!」の歓声が上がった熱狂の“火付け役”の来県に期待を寄せる。
 「構造改革路線は米国の現状でもわかる通り、勝負はついている」と話す城内はこの4年、議席奪還に向け地元の集会や講演会など地道な「草の根運動」で地盤固めに励んできた。
 「誰よりも地域を回った。地元になじみ、仲間だと認めてもらっている」。城内の自負を裏付けるように、解散後初の週末の納涼祭では、ニアミスする各候補で城内への声掛けばかりが目立った。「どんな祭りにも地元のルールがある。活動の成果です」。テレビでの露出や派手なパフォーマンスに頼りがちの片山との違いを強調、リベンジに手応えを感じる。
 「無所属だからタブーに挑戦し、改革ができる。自民対民主ではなく、双方を巻き込み政界再編を促す起爆剤にしたい」。政権選択選挙に一石を投じる構えだ。

 民主・斉木は本人自ら片山、城内の地盤にポスター張りの“飛び込み営業”をかける。斉木は「千枚くらい自分で頼みましたよ」。昨年2月の立候補表明から毎日、街頭に立ち続け片山と城内に「官僚出身の候補に天下り先をなくせるか。しがらみのない人間だから改革ができる」と対決を挑む。陣営側も「いい風が吹いてはいるが、保守の強い土地柄。ようやく2氏と同じ土俵に立てるまでになってきた」と身を引き締める。
 しかし、空前の熱狂が冷めた今、有権者は自民に厳しく、政権選択より「候補者本位」とみる人が多いようだ。
 3人に加え、幸福実現党から出馬予定の竹内隆文(51)も招いて立候補予定者討論会を実施した地元の若手農業者グループの養豚・加工業、森島宏昌(30)は「政権選択だけではない。具体的な政策と実現可能性を問いたかった」。
 浜松市南区の納涼祭では建設会社に勤める男性(38)が「仕事もないし、中小企業には自民でも民主でも変わらない。候補者の政策で決めるよ」。元建設業で農業の男性(71)もこう語った。「小泉さんは改革できなかったじゃないか。だから片山さんも『改革』とは言わなくなった。郵便局の人はえらい目にあった。だから、自民か民主か城内さんかといわれてもいまは分からないねえ」=敬称略
 (石川有紀)
2009.8.4 19:05

【衆院選】今も争点「郵政民営化」 片山、城内、斉木の3氏混戦 静岡7区(産経新聞/2009/08/16)

http://sankei.jp.msn.com/region/chubu/shizuoka/090816/szk0908160228000-n1.htm
 「郵政民営化、何が悪かったんですか。郵便局はなくなっていない。郵便局の職員がハローワークに行ったなんて話は聞いたことがない。誰が迷惑しているのですか」。片山さつき(自民)は9日夜、幹線通り沿いの空き店舗で支持者を前に声を張り上げた。折からの雨に「テナント募集」の看板は雨ざらし。不況の波は“ものづくりの街”浜松をのみ込んでいる。

 対する城内実(無所属)は連日、大通りの交差点や通勤客が往来する駅前でハンドマイク片手に1人で立つ。「私の信じるところは変わっていない。今になって郵政民営化の闇の部分が出ている。やはりおかしかった、城内は間違ってなかったと有権者も思っているのではないか」。片山と激しいつばぜり合いを演じた前回、最大にして唯一の争点だった郵政民営化を振り返り、こう訴えた。

 “小泉劇場”の象徴として全国の耳目を集めた大接戦から4年。遠州灘から長野県境まで、南北に長く広大な静岡7区は、いまだに街頭演説や遊説で「郵政民営化」という言葉が聞かれる数少ない選挙区だ。

 城内を支持する無職男性は「(郵政法案採決の)あのとき、城内が安倍(晋三)さんに何と言われても自分の意志を貫いた男気にほれた」と話す。逆に、片山を支援する主婦は「特定郵便局長の世襲なんておかしいと思っていた。片山さんらが郵政民営化を進めて悪いところを変えてくれた」と評価する。

 国政で「自民対民主」の対決の構図が強調される中で、4年前と同様に「郵政造反組と刺客の戦い」というイメージが付きまとうこの地では、城内と片山の“因縁の対決”に各所からの視線が集中する。

 火花を散らし合う2人に絡んで三つどもえの戦いを展開する斉木武志(民主)は「かたや自民党、もう1人も支援しているのは自民県議や市議ばかりの“第2自民党”」と一刀両断。「自民党の候補者2人を相手に、民主党の斉木が政権交代を実現します」と、「民主」「政権交代」をキーワードに知名度に勝る2人の背中に迫る。

 事務所の正面入り口には「祝・川勝平太静岡県知事誕生」と大書されており、隣に掲げられた本人のポスターより目立つほどだ。告示直前に民主党から出馬表明して当選した川勝知事の選挙戦を側面支援し、「本当の選挙を知らない私たちにはいい勉強だった」(陣営幹部)。川勝知事が浜松市で大勝したことは、斉木にとってまたとない追い風となっている。

 前回“小泉旋風”という突風に吹き飛ばされた城内は「風はつむじ風。1日で変わる」と努めて平静を装うものの、陣営は「風に乗る民主党は怖い」と大いに意識する。

 これに対し、片山陣営は「風とか同情とかではなく、政治家を選ぶのは政策でしょう。片山の政策と実行力を見てほしい」と、1年生議員にして政務官や党の役職を経験した実績を武器に、論点を政策1本に絞る作戦だ。

 ほかに幸福実現党の竹内隆文も立候補を予定している7区では、4年前と変わらぬ熱い戦いが繰り広げられている。(敬称略)


熱風受け論戦始動 激戦7区公示ルポ(中日新聞/2009/08/19)

http://www.chunichi.co.jp/article/feature/09_sousenkyo/shizuoka/CK2009081902000222.html
 衆院選が18日公示され、政権選択を問う選挙戦がスタートした。4年前の「郵政選挙」で脚光を浴びた静岡7区でも、自民、民主の二大政党に第三極の無所属らが加わって「政権選択の象徴区」となり、再び激戦が展開されようとしている。小泉自民党の圧勝から政治情勢は大きく変わり、郵政問題をはじめ改革路線の意義も問われている中、主要3候補の初日の動きを追った。(衆院選取材班)=<1>面参照

城内さん 弁士に大物会長
 「おおーっ」。2400人(陣営調べ)の群衆がどよめいた。地元経済界の重鎮、鈴木修スズキ会長兼社長が、無所属元職の城内実さんの浜松市北区での出陣式に、応援弁士として現れた。

 浜松市長選で対立した前市長に対抗馬を立てて破るなど、地元政界に強い影響力を持つ。その鈴木会長がマイク片手に「今回は城内にかけました」と話すと、再び地鳴りのような歓声が起きた。

 城内さんは落選直後から、選挙区内の自治会をくまなく回る「草の根の活動」を続けてきた。スズキや医師会など、有力組織の支援を取り付けることにも力を注いだ。その象徴がこの場面だった。

 「前回の失敗を糧に、どんな風が起きても勝てる準備をする」。日ごろの言葉を裏付けるように、選挙カーが立ち寄る先々で支援者が集まり、握手と訴えを続けた城内さん。

 浜松市西区での個人演説会を終えたのは午後8時半。「まだ始まったばかり。これからです」。そう言って事務所の車に乗り込んだ。

斉木さん 元気に選挙カー
 手を振る左手には白い手袋、握手するための右手は素手。「県知事選で勝った川勝知事を応援した時と、同じスタイルなんです」。浜松市北区での出陣式で、民主新人の斉木武志さんは気合の入った顔を見せた。

 決意表明を終え、愛用の黒のスニーカーで勢いよく選挙カーに飛び乗る後ろ姿を、後援会関係者は頼もしそうに見送った。「追い風が強いのがありがたい。選挙が延びた分、有利になったし」

 街角での光景は、ゼロからの出発だった昨年3月の出馬表明直後とは段違い。クラクションを鳴らして応援してくれる車、温室から飛び出して手を振る農家の人たち。斉木さんは「手応えはいい」と精かんな表情に。

 北区から西区、新居町と選挙区内を駆け回り、昼食も20分でかきこんだ1日は午後9時前、北区での集会を終え終了した。出口に立って支持者ら全員を握手で見送ると「明日からも変わりはない。一人一人にマイクで訴えていくだけ」。表情に緩みは一切なかった。

片山さん 集会で実績訴え
 「これから2倍、2倍で応援してください」。浜松市中区での出陣式。前東関親方の高見山大五郎さんが懐かしの口調で話すと、会場がわいた。郵政造反組の刺客として初当選した4年前と一変し、逆風にさらされる自民前職の片山さつきさんを包み込むように。

 「今回は対立軸がはっきりしている」。片山さんはこの日、出陣式でも街頭でも、ほかの候補との政策の違いを訴え続けた。

 「どうしてもここで開きたかった」。夜の個人演説会の最初の会場では、こう話した。天竜区の旧佐久間町。見知らぬ土地に“嫁ぐ”気持ちで来て、初めて後援会ができた地域だ。中山間地の幹線道路を「しっかり整備する」と強調し、郵便局についても「ちゃんと残るんですよ」。

 さらに山あいにある旧水窪町の民家では、約20人を前に車座での訴え。活動を終えた午後9時。家屋を出ると、初老の女性からコップ1杯の水を手渡された。一気に飲み干すと「老後は私が預かるからね」と抱き合った。

焦点区を行く ’09衆院選<8完>余波 小泉改革の風に翻弄(西日本新聞/2009/08/27)

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2008syuin/rensai4/20090827/20090827_0001.shtml
2009年08月27日 11:37
 新興住宅街に響く叫び声にも、秋の気配が漂っていた。

 静岡県・浜名湖にほど近いスーパー前。自民党前職の片山さつき氏(50)は25日、赤いビールケースに乗り、マイクを握り締めていた。

 「大変な逆風です。助けてください。助けてください」

 財務省キャリアだった片山氏は4年前の郵政選挙に初出馬。小泉純一郎元首相の郵政民営化に反対、自民党を離党した城内実氏(44)への「刺客」だった。空前の小泉旋風。落下傘候補ながら748票差で城内氏に競り勝った。今回、無所属出馬の城内氏と再び戦う。

 その片山氏が今年7月の事務所開きで、支援者に土下座した。「残りの人生を公のために使いたい」。前回から一転、自民党への厳しい向かい風に翻弄(ほんろう)される「小泉チルドレン」の姿を象徴していた。

 北は、長野県境の山間部から、南は沿海部の浜名湖周辺まで広がる静岡7区。片山氏のほか、民主党新人の斉木武志氏(35)、政治団体・幸福実現党新人の竹内隆文氏(51)を抑え、城内氏の優勢が伝わる。

 ■元首相にも距離

 今月15日に開かれた片山氏の決起大会には、小泉元首相の姿があった。約1700人が集まり、立ち見も出た。「それでも、4年前の雰囲気とは違った」(陣営幹部)

 郵政選挙後、自動車や楽器など地元製造業の業績は悪化し、地域の地盤沈下が進んだ。決起大会で、小泉元首相は構造改革の正当性を強調した。しかし、片山氏の支援者の中にさえ「行きすぎた改革が地域を疲弊させた」「いいかげんにチルドレンから卒業した方がいい」との声がある。陣営は決起大会で、これまで小泉元首相に批判的だった地元医師会の会長に応援演説を依頼。元首相との微妙な距離感を演出せざるを得なかった。

 ■追い風に“異変”

 「信念を貫く男」。そんなのぼり旗が風になびいていた。城内氏は24日、古い住宅街で訴えた。

 「私は抵抗勢力ではなく、正義のために戦ってきた。郵政選挙はいかさまだった」。この4年間、小泉改革への批判を続けてきた。

 選挙区を歩き回った。ミニ集会など年間800回近く開いた。車座になった集会では、出席者と握手するため、両ひざをつけたまま動く。ズボンが1カ月で破れた。

 選挙戦に入ると、城内氏の孤軍奮闘ぶりを伝える報道を通じて、雇い止めになった若者が、ボランティアとして全国から集まった。改革のひずみで切り捨てられた被害者だった。地元財界の重鎮、自動車メーカー「スズキ」の鈴木修会長兼社長も支持を表明。ある県議は「表向きは片山氏支援、水面下では、城内氏を応援する自民党県議も少なくない」と明かす。

 自民、民主、無党派と幅広い層から支持を集める城内氏。その情勢に、民主党斉木氏の陣営は戸惑いを隠せない。全国的に吹く民主党への追い風を、城内氏に奪われる“異変”が原因だ。

 「小泉元首相は、構造改革ですべて良くなると言ったが、事態は逆に悪くなった。今回の民主党への追い風は、その失望から始まった反自民の風にすぎないのかもしれない」。小泉旋風の余波‐。陣営関係者は、現状をこう分析してみせた。 (東京報道部・斉田康隆)

 =おわり

    ×      ×

 ●静岡7区(届け出順)

城内 実  44 元環境委員無 元
斉木 武志 35 元放送アナ民 新
竹内 隆文 51 幸福党員 諸 新
片山さつき 50 元政務官 自(無)前

=2009/08/27付 西日本新聞朝刊=

チルドレン片山さつき、落選の意味(日経ビジネスオンライン/2009/08/31)

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090831/203850/?P=1
http://b.hatena.ne.jp/entry/business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090831/203850/?P=1
 「結局、塩谷(立)さんしか残らなかったんだ、静岡の自民党の衆議院議員。本当にすごい結果ですね…」
 歴史的な政権交代が明らかとなって、数時間。衆院選の開票結果がほぼ出尽くし、日が変わった31日の午前1時過ぎ。死闘に破れ、燃え尽きた片山さつきは、意地で居残り続けた記者団を前に、つぶやいた。

閑散とした広大な事務所の片隅で
 テレビは代表取材で1回のみ。壇上で敗戦の弁を述べると、片山は支援者とともに早々にプレハブ小屋の2階の奥にこもってしまった。
 テレビ各局は既に撤収を始め、支援者の多くも帰路に着き、閑散とした広大な事務所の片隅で、後回しにされた紙媒体の記者は果たされるか否か分からない「囲み取材」のために、じっと待っていた。
 業を煮やして1人、また1人と記者が消えていく。午前1時を回ろうかという頃、スタッフの1人から「ペン記者のみ、片山が会うと言っています。カメラはすべてNGです」と告げられた。
 列をなして狭い階段を上がり、カメラを置き、奥の部屋へ進むと、消沈した面持ちの片山は、支援者と2人きりで声を殺しながら何かを話していた。その支援者が去ると、部屋は物々しい空気に包まれ、緊張の糸が記者団に張り詰める。そして、片山が口を開く。

 「今、やっぱり、非常に地域性の強い選挙区なので、そこに浸透できるだけの組織が出来きらないうちに選挙になっちゃったねと。あれとあれが足りなかったねみたいな話を、みんなでしていました」
 「まあ、こういう逆風の選挙で戦うのであれば、非常に強固な後援会組織が必要なんですけれど、やっぱりうちはそれがまったく道半ばだったので、それが大きかったねと」
 「それはやっぱり私の努力不足だし、あそこまでいく力もなかったので、苦しかったねということかな。そう思います」

新自由主義と政権交代、2つの争点を包含した静岡7区
 全国的に吹き荒れた「民主の風」、いや「民主台風」といってもよい暴風は、なぜかその地域を避けて通過した。
 4年前の郵政選挙で「落下傘」にて降りた小泉チルドレンの片山、郵政民営化法案の造反組で4年前は彼女に苦杯を喫した無所属の城内実、そして民主党からプリンスのごとく現れた元NHKアナウンサーの斉木武志が三つ巴の死闘を繰り広げた、静岡7区である。
 結果は、13万票近くを得た城内の圧勝。片山は6万票にも及ばず、比例でも救われなかった。民主党の斉木も、約6万3000票と惨敗。だが、東海ブロックで46%の得票率を稼いだ比例代表区で、復活した。

 日本の憲政史上に残る結果となった第45回衆議院議員総選挙には、2つの争点が存在した。1つは、小泉的な新自由主義路線に則った政治改革の是非。もう1つは、政権交代である。
 小泉チルドレン、造反組、そして民主党という3候補が揃った静岡7区は、まさに今回の選挙を象徴する選挙区として、公示前から全国的に注目されていた。その選挙区に住まう有権者が出した答えは、小泉でも民主党でもない。その意味は、重く大きい。
 今回、小選挙区を制し、返り咲いた城内は、4年前の郵政選挙前に自民党を離党し、無所属の立場で郵政民営化と小泉路線に反旗を翻した。城内を倒すべく、小泉が送り込んだ刺客が、選挙の数週間前に財務省を辞めたばかりで、静岡には地縁も血縁もない片山だった。
 本人が「ブームに助けられて、ほとんど運動をしないで通っちゃった」と言うように、地元では無名の片山が748票の僅差で城内をかわす結果となった。まさに「小泉旋風」の効果である。
 しかし今回は、まったく逆だった。

小泉元首相を呼び、集会で大量動員
 逆風と言っても、片山の知名度、自民党の動員力は凄まじい。公示前の8月15日に行った決起大会には、小泉純一郎が応援に駆けつけ、会場には1500人を越す聴衆が集まった。
 「民主党は(財源で)どんな手品、マジックを使うの? 確かにマジックにはハトが出てくるけど」と笑いを誘う小泉に、片山も「幸せにも小泉チルドレンと呼ばれています。50歳になったので卒業と言われますが…」と返し、聴衆を沸かせた。
 お祭りで踊り、集会で土下座をし…。片山は、事実上、初めての選挙戦を、とにかく徹底したドブ板で貫いた。どこへ行っても、笑顔で握手を求めてくる有権者。メディアからは常に劣勢が伝えられていたが、感触は「悪くなかった」。
 公示後の動員も、1回の量では対立候補を圧倒した。落選の雰囲気がじわりと迫ってきた選挙戦後半、一度に3000人以上もの聴衆が訪れた集会もあった。
 しかし、有権者は片山に三行半を突きつけ、前回涙を飲んだ城内に1票を投じた。片山は、こう振り返る。
 「逆風を肌で感じた瞬間は、実はないんですよ。人もすごく集まったし、どこのお祭りに行っても握手を求めてくる人はうちが一番多いしね。だけど、あの方たちがうちに入れなかったわけだから、やっぱり(選挙は)怖いよね。そう思います」

未完に終わった組織作りと、自民党への逆風が敗因
 片山は、敗因を、未完に終わった組織作りと、自民党というラベルへの逆風に求めた。
 「(議員生活の)最初の2年間が役職優先で、やっと選挙のために地元固めができるなと思った時には、地域のうるさ方みたいな人が、ほとんど(相手陣営に)取り込まれちゃっていた。その人が『こうだ』と言っちゃうと、それを信じちゃうような方がこの地域には多い。だから票につながらない」
 「やっぱり自民党自身にブレがありますよね。改革路線で行くなら行くで突き抜けなきゃいけないんだけれど、それが後退して、行きつ戻りつで、総理大臣が3人代わって。ああいう形で変わってしまうと、私たちとしてはフォローのしようがない。そういう中で政策を訴えるのが難しくなってきましたね」
 選挙必勝の神器である組織と、今回の反自民の逆風。この2つが、片山の再選を阻み、前回の得票から3万1000票近くを奪った。しかし、静岡7区はここからが面白い。全国的に吹き荒れた「民主台風」が、通過しなかったのだから。
 片山が失った票は、全国の常識に照らせば民主党候補者にそっくりそのまま入ることになる。民主が立てた斉木は35歳と若く、長く苦しい道程になるであろう変革を託するにふさわしい。
 しかし、斉木は片山と同程度、わずか6万3000票しか信を得ることができなかった。無所属の城内が稼いだ票は、その2倍以上である。
 風を食い止めた静岡7区の防風林とは、何だったのか。選挙戦最後の演説会を終え、既に圧勝ムードに包まれた事務所でマイク納めを行った城内に聞くと、彼はこう答えた。
 「やっぱり我々の支援者ですね。もう自分でもその数を把握し切れてないんですよ。皆さんが人の盾となって、この選挙区に入ってくる民主の風を食い止めて、逆にどんどん城内の風に逆に変えていってくれたということです」
 「要は、組織力だと思います。我々の後援会は応援すると何か予算を持ってきてもらえるとか、仕事が来るとか、そういう損得勘定で動くような人ではなく、本当に城内の政治姿勢、理念、政策に共鳴してくださっている方々ばかり。そういう意味では本当に、日本一の後援会、日本一の支援者だと自信を持って言えます」

拡声器片手に、家族4人でゼロからの出直し
 4年前の2005年、総選挙で片山に敗れてからは、文字通りゼロからの出直しとなった。自民党を離れたばかりの城内に、支援者はいない。資金もない。秘書も雇えず、家族4人からの出直し。拡声器を片手に、徒歩で選挙区内をくまなく歩き、立ち、声をかけた。
 「あそこは森林だよ。あんなところまで、せっせと行っていたんだから、すごいよねえ」と地元のタクシー運転手が言うように、浜松市北部、人口わずか3000人の水窪町などにも、足繁く通った。
 そのうち、ボロボロになったスニーカーを履いて歩き続ける城内に、野菜を恵んでくれる農家が出てきたり、ボランティアで手伝ってくれる人が集まり始めたりした。選挙の「せ」の字もないのに、毎日「信念」を訴え続けるさまを見て、人が1人、また1人と結集する。
 総選挙の文字が新聞に躍るようになった時には、後援会の登録者は数千人規模に膨れあがり、県内外から駆けつけるボランティアは100人を超えていた。日本一を自負する後援会組織は、市民の手による、完全な草の根ででき上がっていったのだ。
 しかし、組織力だけで城内が勝ち上がったとは言い難い。片山は、自民党のほかに、700以上の業界団体や中小企業の推薦を受け、公明党の支持層も取り込んでいた。城内の後援会登録者の数は、片山が選挙戦の集会で動員した延べ人数にも及ばない。

「自民ノー」によって生み出された政権交代
 一方、無党派層と言えば民主党。静岡7区であっても、比例代表区では雪崩を打つように、民主へと票を投じた。
 逆風にめげず、地道に組織固めをして死にもの狂いで議席を守ろうとした片山。凄まじいほどの破壊力を持つ民主の風に後押しされた斉木。その2人を相手にしても、ものともしない強さを見せつけた城内の勝因は、何なのか。投開票日、全国放送の中継が一巡し、お祭り騒ぎも収まった後、城内を捕まえ、本音を聞いた。
 「日本の政治を変えなければいけないという私の信念と、みんなの思いが結実した結果だと思っています。自民党には任せられないと。つまり、民主党が変えてくれ、ということじゃないんですよ。第3の共鳴する選択肢があれば、(票は)こっちへと来るわけです」
 自公政権への鬱積した不満と不安が高気圧となり、一気に流れ込んで巨大な低気圧となったのが、民主台風だった。だが、静岡7区には、既に4年前、体を張って小泉と自民党が間違っていることを示した城内がいた。だから、静岡7区では、不満と不安の高気圧が城内に流れ込み、城内の風が吹いたのだ。
 小泉改革の審判、政権交代という2つの争点を包含する注目選挙区が出した答えは、政権交代が「民主イエス」ではなく「自民ノー」によって生み出されたということを指し示したと言える。
 そのことは、比例代表区で復活当選を果たした新顔、斉木自身が、一番よく分かっている。

 斉木は、復活当選が確実となった直後、支援者への挨拶で、開口一番、こう言って深々と頭を垂れた。当然だが、その顔に笑顔はない。
 「今日はどうもありがとうございました。そして、申し訳ございませんでした。私が議席を与えていただいたのは、私の力ではない。やはり今、それだけ生活が苦しくなっている。将来への不安が増していることの裏返しだろうと感じています」
 「4年後には、選挙区の代表として送り出していただけるよう、これから仕事で恩返しをしていきたいと思いますので、是非、皆様、よろしくお願いいたします」

「ダメなら支援はやめる。人材なんか幾らでもいる」
 挨拶を終えた斉木は、険しい表情を崩さず、支持者と握手をして御礼を伝えて回った。「よかったね」「おめでとう」と声をかける支援者の中に、怒鳴り声で何かを言い、背中をバシッと叩きつける高齢の支援者がいた。
 何と声をかけていたのか、聞いてみると、後援会で遊説担当の代表を務めると言う70歳の彼は、多少の酒臭さ混じりに、こう息巻いた。
 「まだ35歳で若いじゃん。国会議員で出る以上、若いだけじゃダメなの。それ以上の精神力と気持ちを兼ね備えてなきゃさ、支持をもらえないじゃん。それが、城内との差になってるわけでさ。もうちょっと素直な気持ちにならなきゃいかんってな」
 「東大卒は皆、バカ面。上から目線。それじゃダメなの。我々が住む地域の単なる代弁者なんだから。仕事がやれるか、やれんか、注意深く見て、能力がなければしょうがない。1年でも2年でも、それが分かれば支援はやめる。人材なんか幾らでも出てくる。はっきりしてますよ、私は」

「必ず振り子は戻る」とリベンジを誓う片山
 東京大学法学部卒業後、難関をくぐり抜けNHKのアナウンサー試験に合格したエリートへの視線は、支援者と言えども、相当に厳しい。
 彼の声は有権者の声を代表している。政権を任された民主党の責任と重圧は、これまでの自民党のそれとは比較にならないほど、重い。ダメなら、ほかに。政権選択権を自らの手に取り戻した日本の国民。その要求レベルは、かつてないほど高くなっていると考えた方がよい。
 「必ず振り子は戻りますよ。振り子が振れる期間が、インターバルがすごく短くなっていますから」
 閑散とした事務所2階の奥の部屋で、死闘を終えた片山はなお眼光鋭く、こう言った。「政治活動を今後も続けることは、間違いないか」と聞くと、「うん」。
 「自民党員であり続けるのか」と続けると、片山は「今度、総裁選でどういう考え方の、どういう総裁が選ばれるかですよ。総裁選の結果次第では、あまりについていけないということになれば…」と言葉を濁した。そして、伏し目がちに「変わって欲しいですね」とつぶやいた。
 片山は、4年前の城内よろしく、さっそく落選翌日から、支援者への挨拶回りなど、次に向けた活動を始めている。
(文中敬称略)

埼玉4区

決戦の底流:’09衆院選・ルポ4区/上 民主に追い風が影響 /埼玉

http://mainichi.jp/area/saitama/news/20090806ddlk11010269000c.html
 衆院選の公示まで2週間を切った。県内15小選挙区の中で埼玉4区(新座、朝霞、和光、志木の4市)は、いわゆる「埼玉都民」が多いのが特徴だ。同時に長く住む人たちの人間関係も色濃く残る。立候補を表明しているのは4氏。自民は96年から政治活動を続けてきた弁護士の早川忠孝氏(63)。民主は武正公一氏(1区、民主前職)の元秘書で、上田清司知事の後継として03年に招かれた神風英男氏(47)。共産は再挑戦となる元志木市議の桜井晴子氏(53)。幸福実現は水野武光氏(51)を立てる。ここで衆院選直前の埼玉県の底流をのぞき込んでみたい。【岸本悠】

 ◇業界団体は両にらみ
 7月9日、約1250事業所が加入する志木市商工会の一室。商工会の政治団体「県商工政治連盟志木支部」の会議が開かれた。議題は近付いた衆院選への対応だった。

 上部団体の県商工政治連盟の大原則は「政権与党を支援」。だが冒頭、約20人の参加者の一人から「今回は早川氏だけでなく、神風氏も推薦すべきではないか」と意見が出て、「依頼があれば双方に支部の推薦を出す」と決まった。特に反対意見はなかった。

 4区に県連盟の支部は朝霞、新座、志木、和光の四つ。前回の衆院選では早川氏推薦で合意し、県連盟名義で推薦した。だが今回は志木だけでなく、朝霞も双方に支部単位で推薦を出す方針だ。一方、和光と新座は前回同様、早川氏のみに推薦を出す方針と、対応は分かれる。

 元々民主衆院議員だった上田知事の地盤。志木、朝霞の支部では、上田氏の時代も組織として早川氏を推薦しながら、個人的に上田氏を支援する支部役員も多かったという。神風氏はその上田氏の後援組織を受け継いだ。関係者は「神風氏への推薦に違和感はない。国政の情勢とは関係ない」と口をそろえる。

 県商工政治連盟の副幹事長でもある佐藤周造新座支部長は「民主を推薦したいなら、異例ではあるが、支部単位でしてもらうしかない。やはり、民主への追い風が影響しているのでは」と語る。

   ×  ×

 さらに7月下旬、早川陣営の橋本啓一選対本部長が会長を務める朝霞地区医師連盟が、早川氏を推薦しながらも、自主投票を決定した。

 実は「神風氏と両方推薦しては」との意見もあったが、「自民の旗色が悪いとはいえ、これまで支援してきた筋を通して自民を推すべきだ」という声が勝り、自主投票に落ち着いたという。幹部は「正直なところ早川支持、神風支持、中間層に3分の1ずつ分かれている。今回は中間層が民主になびくかも」。

 早川氏は、自民系市議の紹介で市議の後援者へのあいさつ回りに力を入れ、従来の支持者固めに努めている。

   ×  ×

 5日午前、早川氏は、政見放送の収録で朝霞市内の黒目川の河原にいた。「景気対策に全力、社会保障に全力……」。撮影風景を見守りながら、秘書は「ある程度攻め込まれるのは織り込み済み。傷口を広げないようしっかりフォローする」。

 神風氏は午後、新座市内でミニ集会。支持者に「子ども手当をマニフェストに掲げている。何とか投票に結びつけて」。支持者から「これだけ我々が宣伝しているのだから負けるわけがない」と声が上がった。

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 ◇近年の4区の衆院選結果
 【96年】

当  72420 上田清司(2)進前

   46869 早川忠孝   自新

   33670 綾部澄子   共新

   28401 石塚聡    民新

    3140 早川竜介   由新

 【00年】

当 106131 上田清司(3)民前

   70062 早川忠孝   自新

   39069 綾部澄子   共新

 【03年】

当  81367 神風英男(1)民新

比  69625 早川忠孝(1)自新

   18527 綾部澄子   共新

 【05年】

当 103366 早川忠孝(2)自前

比  86229 神風英男(2)民前

   22322 桜井晴子   共新

 ※進は新進、由は自由連合

決戦の底流:’09衆院選・ルポ4区/中 有権者の心をつかめ /埼玉

http://mainichi.jp/area/saitama/news/20090807ddlk11010270000c.html
 ◇ブログと街頭、訴えに反映
 6日午前9時半ごろ、早川忠孝氏は駅頭演説から事務所に戻った。パソコンの自分のブログの画面を開くと、丁寧にコメントを読む。タイトルは「今になって活(い)きてきた自民党を刷新する第三世代の会」。党の若手と改革に取り組んできたことや、事実上の選挙戦にも疲れがまだないことなどを書き込んだ。

 ブログの更新は1日3回。数少ない休憩時間のうちのかなりの部分を費やす。

 4区は東京都と接しているだけに、県内でも無党派や組織に属さない層が多いとされる地域。その心をつかめるかが勝敗を左右する選挙区だ。

 早川氏は自分で簡単に更新できるブログの存在を知り、07年の元旦からスタートさせた。法務政務官の仕事や臓器移植、政権運営について、率直な思いを書き込んできた。アクセス数は1日に約1万件。早川氏が「4区に読者がどれだけいるかは分からないが、国民と政治の壁を取り払うための政治活動」と語る大切な存在だ。

 寄せられるコメントは、多い日で約50件。それを日ごろの訴えの参考にする。7月24日に民主を批判する意見を書くと、「ネガティブキャンペーンは良くない」「自民党が何をするかが大切。早くマニフェストを出すべきだ」という意見が増加。このため、民主批判を演説やブログで控えるように。一方で、「重要な問題」と考える道州制導入には反応が良くないため、あまり触れないようにしているという。

 国会議員のブログを紹介するサイトを運営する日本インターネット新聞社によると、ブログ登録している衆院選候補予定者や参院議員は約230人。この中で、早川氏の今月2日までの1週間の更新回数は28回でトップ。アクセスランキングも常に上位にいる。

 公示後のブログの更新は「公職選挙法に抵触する」(総務省)が、閲覧してもらうことはできる。「候補者がどんな人物か知りたくて、名前をネット検索するに違いない。その時、主張や人となりがわかってもらえれば」とも期待する。

   ×  × 

 神風英男氏は街頭で有権者の心をつかもうと、通行人との接触にかける。

 3日の志木駅南口。神風氏は秘書たちと電車利用客らを呼び止めては、民主政権に何を望むかを「景気対策」など8項目から選んでもらった。ボードに1人2枚ずつシールを張ってもらう。約30分で約80人が参加。約170枚が並んだ。

 秘書によると、党が政策の3番目に掲げる年金医療関係が、4区ではいつもトップの「税金」に迫る。この日も税金59枚に対し、「年金」30枚、「医療」27枚。秘書は「この声を党内の政策に反映させている」と語る。

 6日は午前6時半から約2時間、JR新座駅前で出勤客に政策ビラを配った。受け取るのは4、5人に1人。神風氏は「ビラをもらってくれる人はもちろん、激励の言葉をかけてくれる人も、解散前より2割ぐらい増えている」と手ごたえを感じている。【岸本悠】

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 ●予想される顔ぶれ●

早川忠孝 63 自前(2)

神風英男 47 民前(2)

桜井晴子 53 共新

水野武光 51 諸新


決戦の底流:’09衆院選・ルポ4区/下 結束か、しがらみか /埼玉

http://mainichi.jp/area/saitama/news/20090808ddlk11010286000c.html
 ◇「後援会」スタンス分かれ
 7月下旬、神風英男氏の後援会「神風会」の女性幹部は、根っからの自民支持者だった友人の主婦を訪れた。

 これまでは支援を頼むたびに断られてきた相手だが、今度は「神風さんを応援する。政権交代は必要。年金の問題も、税金の無駄遣いも許せない」と言ってくれた。

 神風氏は4区選出の民主衆院議員だった上田清司氏が03年に知事に転じたことにより、後継として招かれた。1区選出の前職、武正公一氏の秘書だったが、元々は茨城県出身で4区に地盤はない。にもかかわらず03年にいきなり選挙区で初当選した。

 その理由は上田知事の後援会「清友会」にある。上田知事は元々保守色が強く、青年会議所出身でもあることから、経営者を中心に一部の自民党支持者の支援も得て、強固な組織を作ってきた。そのメンバーの多くが「神風会」に加入した。

 05年は、郵政解散という逆風ながら、比例で復活当選した。今年は、5月のさいたま市長選で民主系候補が勝利するなど、民主への追い風が吹いており、陣営は手応えを感じている。

 今回の衆院選。さらに結束力を強めようと法定ハガキ計5万5000枚を、まずは支援者に配布する作戦。支援者に知人名をあて名欄に書いてもらうことで、参加意識を高めてもらうという。

   ×  ×

 組織選挙は自民のお家芸のはず。ところが早川忠孝氏は自前の後援会組織を一切持たず、自民党支部や市議らの後援組織の支援だけで、神風氏とは対照的だ。

 早川氏は「強い後援会に頼ってしまったら、しがらみが増え、選挙に勝っても制約が生まれてしまう」と話し、基本的に献金も受けない。また、「4区の各市は毎年10~15%は住民が入れ替わる。一から人脈を作るのは難しい」と組織化の限界を語る。96、00年と落選したが少しずつ知名度を上げ、03年に復活当選。05年に初めて選挙区当選した。

 力を入れるのは、ほぼ毎日行ってきた早朝の通勤客を狙った駅前での演説。掲示するポスターは自民色を薄めるため党のシンボルを小さく載せただけだが、従来の支持基盤である保守層に訴えかけようと、「自分の国は自分で守らなくてはならない」と語りかける。

 「昔は政治家といえばスターだったが、今は仲間を選ぶ感覚。つまり、見たことがあるか、声を聞いたことがあるか。これが重要なんだ」

 有権者の反応を見るのにも役立つ。大敗した07年の参院選当時。演説していると、「自民党は許せない」と怒鳴られることがあった。しかし、現在は「あの時みたいな極端な批判をしてくる人はいない。逆風も限定的」と自信を見せる。

   ×  ×

 7日午前6時ごろ、神風氏はまだうす暗い中、志木市内の自宅を出発した。睡眠時間は5時間ほど。「投開票まで3週間もある。疲れてなんていられない」。足早に秘書の運転する車に乗り込み有権者のもとに向かった。早川氏は午前7時から1時間半、志木駅南口で日課の演説を行った。「日米安保の仕組みを基盤として、アジアの平和を世界の平和につなげたい」。その後、宣伝カーに乗って政策を訴えた。

 一方、共産の桜井晴子氏は志木市の自宅で、9日の公開討論会の準備をした。7月27日に市田忠義書記局長がJR北朝霞駅前で演説した際は約800人が集まったといい、陣営幹部は「反応はよい」と話す。

 真夏の選挙戦は18日始まる。【岸本悠】

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 ●予想される顔ぶれ●

早川忠孝 63 自前(2)

神風英男 47 民前(2)

桜井晴子 53 共新

水野武光 51 諸新

「倒産と同じ」嘆き節 落選議員秘書の今後は?(埼玉新聞/2009/09/04)

http://www.saitama-np.co.jp/news09/04/07p.html
 民主党の歴史的圧勝で県内政界地図をも大きく塗り替えた衆院選。自民党は15小選挙区で全敗、比例復活した2人を残し、前職の13人が落選の憂き目を見た。だが、国政という活躍の場を失ったのは議員ばかりではない。陰になり日なたになり彼らを支え、選挙の審判を受けた秘書たちの今後は-。
 1区で敗れた金子善次郎氏は公設秘書3人、私設秘書5人を抱える。今後どうなるかは未定だが、スタッフは私設秘書1、2人と事務員1人を残すだけになりそうだ。残る側も給与が減るのは避けられそうにないという。
 4区で落選した早川忠孝氏。地元と国会を合わせて5人の秘書・スタッフがいるが、早川氏が弁護士活動に戻ることもあり、こちらも規模縮小を余儀なくされている。
 スタッフの一人は既に辞め、男性の私設秘書と女性の公設秘書は現在、求職中。事務所を取り仕切っていた男性の政策秘書は「身の振り方はまだ決めていない」。昨年10月からずっと選挙状態で、全く休みを取っておらず「とりあえず長期休暇に入り、どうするか考えたい」という。
 民主議員の秘書を務めた経験もある。「やはり“人”に仕えるのだから政党は関係ない。自民議員の秘書だからといって民主党が雇わないということはないと思う」とも。
 別の落選議員の秘書は「昔から(議員)秘書は使い捨て。代議士は一人だが、秘書はいくらでもいる」と嘆く。
 秘書仲間には投開票の直後から次の秘書のあてを探して動きだした人もいるという。パイは決まっているから、早く動いた方が有利には違いないが、政策秘書でなければ見つけるのは難しい、とも。
 県西部の落選議員の政策秘書は選挙の後片付けで忙しい。「一段落したらやりたいことがある。2、3カ月充電期間をもらった後、それに取り組みたい」と話す。
 同じ議員の別の秘書も「今は選挙の後始末が先」といい、自分のことは「代議士が身の振り方を決めた後で考える」。もしほかの議員から秘書の依頼を受けたら? 「相手を尊敬できなければやれない。『武士は食わねど高ようじ』の方がまし」ときっぱり。
 別の議員秘書も「思想、信条があって自民党の秘書をやってきた。今さら民主党には行けない」と話す。
 6区で敗れた中根一幸氏は政策秘書を含む公設2人、私設3人の秘書がいたが、落選で公設の1人は失職。もう1人(政策秘書)は私設秘書に変更し、私設秘書3人のスタッフで活動していく予定。ただ3人のうち2人は別に仕事を持っており、専従になるのは1人。「現職ではないので仕事量もこれまでほどはないと思う」とスタッフの一人。
 県南部の議員秘書は「倒産と同じでやむを得ないが、秘書は公設、私設とも助ける環境がない」とこぼす。「すべては政治家の使い捨ての発想ですよ」。もう何日も休んでいない。「仕事はきついが、代議士に逆らえば終わりですから」と、ため息をついた。
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