私は、いつの間にか不思議な場所に立っていました。
そこは廊下のような通路で、薄暗いながらも、一本道が奥へと続いているのがわかりました。
・・・本屋じゃない?
私は驚いて、後ろを振り向きました。
だけど私の後方には、同じように廊下が続いているだけで、入ってきたはずの入り口は見当たりませんでした。
・・・魔法だろうか?
私は辺りを見渡して・・・自分が一人でいることに気が付きました。
さっきの人・・・
何者だったんだろう?
私は、たった今出会った女性に見覚えがないか、もう一度記憶と照合してみました。
だけど、いくら考えても、やっぱり会ったことはないという結論にしか辿り着きませんでした。
でも・・・それでも・・・
あの人・・・何故か、懐かしかった・・・
私は、自分の記憶と、胸の中の感覚の食い違いを感じながら、さっき言われたことを思い出しました。
『・・・あなたの、「鍵」があります』
ここに、私の「鍵」がある・・・
私にはそれを信じる根拠は全くなくて、むしろ何かの罠の可能性も疑うべきでしたが、
それでも私には何故か、あの女性が嘘を言っているようには思えなかったんです。
私が改めて前方を見てみると、薄暗かった廊下に、転々と照明が当たっているのが見えました。
・・・進めって事か。
私は、覚悟を決めました。
あの女性が例え何者だったとしても、私がこの先にあるものを確認しなければ、何も始まらないと思ったのです。
私は、その廊下を歩き始めました。
薄暗い通路を少し進んで・・・私は、この廊下の照明が、壁にある何かを照らしている事に気付きました。
あれは・・・絵?
自分から一番近い照明に近づいてみると、その壁には、一枚の絵画が飾られていました。
私が横の方を見てみると、この先の廊下にもずっとそれが続いていて、
絵画は何枚もあるのが確認できました。
・・・まるで、「画廊」ね。
私は、目の前の絵を改めて眺めました。
その絵は、綺麗な木製の額縁に入っていて、一人の女性が描かれていました。
それは、しっかりと色づけされていて、荒削りながらも女性の表情がよく表現されていると思いました。
・・・これが・・・「鍵」?
私は、この絵には全く見覚えがなくて、自分が描いた絵だとは思えませんでした。
いくら忘れていても、実物を見ればさすがに思い出すだろうし・・・
そもそも、私が昔描いた絵は、全て消失してしまっているのです。
でも・・・
私は、その絵をまじまじと見つめました。
その絵の女性は、純白で厚手の衣装に身を包んでいて、その顔は、とても切なそうな表情をしていました。
深々と降る雪を体で受け止めながら立ち尽くす姿は、一言でいうなら・・・
「儚い・・・」
私は思わず呟いていました。
ふと、その絵の下の壁部分に、小さいプレートが貼ってあるのが目に入りました。
そのプレートには文字が記入してあって、どうやらこの絵のタイトルのようです。
『 白い吸血鬼 〔 〕』
吸血鬼・・・
その言葉を頭で反芻してみましたが、記憶に触れるものはありませんでした。
私は、そのタイトルの横に、更に記入するスペースがあるのに気付きました。
その位置からすると、そこに入るのは・・・
・・・作者名・・・?
ですが、その場所には空欄があるだけで、何も書いていません。
私は、突如胸の中で、何かが叫んでいるのを感じました。
でも、それが何を言っているのかは分からないまま・・・
・・・なんだろう・・・さっきから、この感じ。
私は、自分の胸に手を当てて、心臓の鼓動を確かめてみました。
すると、それは想像以上激しく高鳴っていて・・・
頭じゃない、胸だけが異常に騒ぐ・・・
私は、歩き出しました。
廊下を先に進んで、いくつもの絵を見ていくうちに、私は気付くことがありました。
ここにある絵は、その描き方や、色々な癖から、全て同一人物が描いているようでした。
ですが、どの絵のタイトルの横にも、作者名らしき記入がありません。
・・・誰の絵なんだろう?
更に、全ての絵は、一人の同一女性だけを描いているようでしたが、同じ衣装、同じ状況のものは一つもありませんでした。
看護士・・・着物・・・エルフ・・・貴族・・・
タイトルから察するに、時には人間ですらなく、時には子供や老人の姿で・・・
ですが、どの絵も私の記憶には全くありませんでした。
私の頭の中は静かなまま・・・でも、それとは対照的に・・・
・・・なにこれ・・・
私は、自分の胸の中の高鳴りが、もはや無視できないほどにまで荒れ狂っているのを感じました。
胸に手を当てるまでもなく、私の耳に、その鼓動が響いてきます。
私は、立ち止まってしまいました。
・・・これ以上、進むなってこと?
わたしは自問しました。この鼓動の暴走は、私に対する警告なんだろうか、と。
一度は進むと決めましたが、だんだん心に迷いが生まれてきました。
どうしよう・・・どうすればいい?
私は、自分の頭に、胸に、問いかけ続けました。
でも、私の頭はどこまでも静寂を保っていて、何も答えてくれません。
逆に、私の胸の鼓動は、もはや口から飛び出すほどに暴れ続けました。
どうしよう・・・道重さん・・・
・・・ジジ・・・
そのとき・・・
私は、誰かが私を呼ぶ声を聞きました。
途端に、胸の音はびたっと止まり、辺りは静まりかえりました。
私は、振り向きました。
そこには、まだ見ていない絵があって・・・
・・・あなたが、私を呼んだ?
普通に考えればありえないことですが、私はその絵が自分を呼んだと思ったのです。
私はその絵に近づくと、描いてある女性を眺めてみました。
その女性は、甲冑を身にまとっていて、その手には細長い剣が握られていました。
そして、短かい黒髪を風になびかせながら、その目は決意に満ちていました。
私は、その絵に今までにない不思議な印象を持ちました。
なんとなく、この絵の人物に会ったことがあるような気がして・・・
私は、その絵のタイトルを読んで、思わず声が出ていました。
「えっ!?」
私は、そのタイトルを、何度も読み返しました。
そこには・・・
『 奇跡の女性 ジジ 〔 〕』
・・・「ジジ」?
この人が、「ジジ」?
じゃあ・・・あの、黒猫は・・・
私がその絵を見ている間に、私の胸の鼓動が、再び高鳴っていくのを感じました。
でも、その感覚は、さっきの強すぎるそれとは違って、とてもゆっくりして、とてもしっかりして・・・
そうか・・・そういうことなんだ。
私は、突然理解しました。
今、私の胸の中には、二つの反する心が存在している。
一つは、私を「鍵」に近づけさせないための封印魔法の心。
もう一つは、「鍵」の存在を感じて、それを求める私の本当の心。
さっきまで暴れていたのが、前者。封印魔法の意思。
そして今、高鳴っているのは、私の本当の心。
だから・・・
だから、この先に、「鍵」が必ずある。
私は、もう迷いませんでした。
再び歩き出して、次々に絵を見ていきました。
その中で、私の「本当」の心が、更に心臓を振るわせていくのがわかりました。
やっぱり・・・
やっぱり、この先に。
「鍵」がある!
そして・・・
私は、廊下の一番奥に、広い部屋があるのに気付きました。
全ての絵を見終わった私は、ゆっくりとその部屋に入っていきました。
その部屋にも、今までと同じように絵が飾られていました。
でも、その広い部屋にあったのは、たった一枚だけで・・・
私がその絵に近づくと、私の胸の高鳴りが最高潮に達したのが分かりました。
でも、その高鳴りは全く辛い感覚はなく、むしろ、私の感情を高ぶらせようとしているようでした。
これが・・・「鍵」・・・
私は、その絵の前まで来ると、目を閉じました。
ここにあるこの絵が、私の「鍵」であることを確信して・・・
私は、頭の中で、呼びかけました。
お父さん。
道重さん。
・・・ジジ。
私は、ゆっくり目を開きました。
その絵が視界に入った瞬間・・・
私の心臓が、真っ二つに裂ける音がしました。
そして、その心臓の片割れが、胸の中で更に爆発をおこし・・・
ああ・・・
爆発によって発生した残骸が、きらめく記憶の塵となって、頭に、心に、全て吸収されていきました。
そっか・・・
そして・・・私は、「全て」を思い出しました。
そうだったね。
なんで・・・忘れていたんだろう。
私は、少しぼやけた視界で、その絵を再び見つめました。
その絵にも、やっぱり今までと同じ女性が描かれていました。
でも、それまでと違うのは、彼女の周りに、彼女とは違う五人の少女たちがいたのです。
そして、更にその周りを、無数の人間が囲んでいました。
彼女たちを囲んでいる人間たちは、彼女達に対して歓声をあげたり、手を振ったりしていました。
まるで、彼女たちを応援しているみたいです。
そして、その真ん中にいる彼女と五人の少女は、白い衣装で身を包み、歌い、そして踊っていました。
彼女たちをたくさんのライトが照らしていて、その全身をきらきらと輝かせています。
そしてその彼女たちの顔には、あふれんばかりの・・・
私は、絵の下のプレートを見ました。
私には、もうそこに何が書かれているのかが、わかっていました。
『 笑顔 〔和田彩花〕』
和田彩花。
そう、なんで。
どうして、忘れていたんだろう。
・・・私の名前。
私は、こらえられない「歓喜」と「感動」が、全身を波打っていくのを感じました。
そしてその感情が、想いが、私の表情を作り変えていくのを感じて・・・
私は、自分の顔を両手で触っていました。
・・・こんなところにあったんだ・・・
・・・私の、『笑顔』。
・・・私、今、どんな顔してる?
「そう、その笑顔です」
本屋の入り口にいたあの女性の声がしました。
私は、普通ならありえない場所から聞こえたその声の方に、当たり前のように反応しました。
私は、下を向いたのです。
そこには・・・黒猫が佇んでいました。
「あなたの、その笑顔が見たかったんです」
人間の言葉を発するその猫は、私の顔を大きな目で見つめていました。
私はその猫に向かって、猫語ではなく人間の言葉で話しました。
「・・・敬語は禁止じゃなかったの?」
「ジジ」は、少し照れたような声で返しました。
「この口調は、人間の言葉を話すときの私の癖ですので」
私は、「ジジ」の目を見つめました。
その目は、昼間、初めて会った時のまま・・・
でも、私は気付きました。
そっか・・・あなた。
ずっと・・・ずっと。
そんな、優しい目で見ていてくれてたんだね。
全然・・・気付かなかった。
そして私は、あることに気付きました。
「・・・そうか。だから、「ジジ」だって名乗ったんだね」
「仰るとおりです。そう名乗れば、あなたが思い出してくれると思ったんです」
でも・・・思い出せなかった。
全然、気が付かなかった。
あげく・・・
「ごめん・・・」
私は、後悔と自責のあまり、涙が溢れてくるのを感じました。
「本当に・・・ごめんなさい・・・」
私は、その場でしゃがみ込んで、「ジジ」を抱きかかえました。
そして、胸の前でぎゅっと抱きしめました。強く、強く。
「いいんです。こうやって、思い出してくれたじゃないですか」
「ジジ」の、少し涙声の優しい言葉が、私の胸に染み渡りました。
・・・そして私は、「ジジ」に対して、言っておかなければならない言葉を、
その耳元で呟きました。
「ただいま、はるなん」
それに対して、彼女も溢れんばかりの笑顔で返してくれました。
「おかえりなさい、あやちょ」
私は改めて、自分の記憶を呼び起こしてくれた目の前の絵を見つめました。
「『笑顔』・・・」
この絵を見た途端に、私は自分の「笑顔」を取り戻すことができた・・・
この絵は・・・私にとって、一番の宝物だったんだ。
私はその場で振り返って、廊下にあった数々の絵を思い起こしました。
ここに並んでた絵は、全部私が描いた絵。
子供の頃・・・この町で描いた、宝物たち。
でも・・・何故、ここに?
あの時、全部焼けてしまったはずなのに・・・
「道重さんの、「抽出」の魔法のおかげです」
その声に振り向くと、猫の姿から元の人間の姿に戻った彼女がそこに立っていました。
「はるなん・・・」
「なんかそう呼ばれるの、くすぐったいです」
「・・・じゃあ、「ジジ」にする?」
はるなんはそう言われて少し吹き出すと、私に穏やかな笑顔を向けました。
はるなん。
そう・・・私の、子供の頃の、大切な友達。
彼女は、『笑顔』の方を見つめてこう言いました。
「ここに並べた絵は、道重さんの力で記憶から具現化された、「幻」の絵なんです」
私はそれを聞いて不思議に思って・・・でもすぐに思い当たりました。
「そうか。私の記憶じゃなくて・・・」
「はい。私の子供の頃の記憶から読み取ったんです。全て思い出せるかちょっと不安でしたが」
そう言って、はるなんは目を細めました。
そっか・・・
私の描いた絵、全部覚えていてくれたんだね。
私は・・・自分で、忘れてしまっていたのに・・・
私は、再び廊下の方を振り返りながら、彼女に訊きました。
「それじゃ・・・消えちゃうんだね、私の絵」
「・・・はい」
私は、新たに生まれた小さな胸の痛みを感じました。
「・・・もう一度、見て回りますか?」
はるなんの言葉に、私は少しの間『笑顔』を見つめながら考えて・・・
「ううん、大丈夫。もう、いいよ」
「・・・いいんですか?」
「もう一度見てしまったら、辛くなっちゃうと思う。それに・・・」
私ははるなんに対して、精一杯の笑顔を作ってから言いました。
「もう、全部思い出せたから。もう忘れることは絶対ないから。だから、大丈夫」
「・・・わかりました」
はるなんは少し視線を落とした後、手を上に掲げました。
それと同時に、部屋全体がうっすらと輝き出して・・・
私は目を瞑りながら・・・心の中で、「彼女」達に呼びかけました。
忘れてて、ごめんなさい。
もう一度、会えて・・・嬉しかった。
・・・ありがとう・・・
私が目を開けると・・・
私たちは、あの本屋の店内に立っていました。
あ・・・
昼間と違って店内は照明で明るく照らされていましたが、私の心は少し翳ったまま・・・
「はい」
「・・・えっ!?」
私は驚いてはるなんの手元を見つめました。
彼女が差し出した両手の上には、一枚の絵があったのです。
「なんで・・・」
「そう、これは、間違いなく本物の『笑顔』・・・あなたの絵です」
その絵は、どう見てもさっき飾られていた『笑顔』そのものでした。
理解できない私を見て、はるなんは少し申し訳なさそうな顔をしました。
「実は・・・この絵は、あやちょのお父さんにもらったんです」
「えっ!?」
「火事があって、お二人がこの町を出ていく時に、お父さんが私を訪ねてきてくれて・・・
そして、この絵を渡して下さいました」
私は呆然として・・・すぐに疑問を口にしました。
「でも・・・お父さんは私にそんなこと一言も言わなかった」
「お父さんは、こうおっしゃってました。「君に、この絵を持っておいて欲しい。
いま彩花は火事のショックで何も考えられない状況だが、娘が落ち着いたらこの事をちゃんと話す」と。
でも・・・結局、話さなかったみたいですね」
そんな・・・お父さん、どうして?
なんで・・・そんな事を・・・
私が絶句したまま立ち尽くすのを見て、はるなんはこう切り出しました。
「でも、この絵が残っていたおかげで、あなたの封印を解くことができたんです」
「あ・・・」
「道重さんの計算では、あなたの封印を解く「鍵」になる「絵」は、子供の頃に描いた絵なら何でもいいはずでした。
でも、封印魔法の複雑さを考慮して、一応私が覚えている全ての「絵」を具現化しました。
そして私は、念のためこの本物の『笑顔』も用意したんです。
・・・結果、封印の「鍵」になったのは、この絵だけだったようですね」
私は、不思議な運命を感じていました。
思いつきで決めたバイトの本屋さんで、忘れていた友達と、探していた大魔道士と、
そして子供の時に失った、私の大切な絵までが待っていた・・・
「・・・あなたに、この『笑顔』を返します」
私は、はるなんの手から『笑顔』を受け取りました。
額縁に収められて、ガラス張りに守られて・・・私は、はるなんがこの絵を
大切に保管していてくれたことを、とても嬉しく思いました。
「・・・ありがとう、はるなん」
そして私は、『笑顔』を胸に抱きながら、心の中で「彼女達」に呟きました。
・・・おかえり、みんな。
私は、少しの間「彼女達」を抱き締めた後、はるなんにはっきりした口調で確認しました。
「はるなん。私・・・封印が解けたんだよね?」
「はい。解けているはずです」
「絵が・・・描けるんだよね?」
「描いてみてください。今ここで」
強い口調で答えてくれたはるなんに深く頷いて見せて、私はバックからスケッチブックと鉛筆を取り出しました。
私がテーブルに画用紙を広げてから鉛筆を握ると・・・
「うう・・・」
途端、その手ががくがくと震えだしました。
「・・・大丈夫ですか?」
「ちょっと緊張する・・・」
私はゆっくりと深呼吸しました。
自分でも、封印は解けていると確信してはいましたが、いざ鉛筆を持つと、
どうしてもこの一年間の苦労が頭をよぎってしまって・・・
「ちょっと待ってください・・・」
私を心配そうに見ていたはるなんはそう言って、自分の上着のポケットを探りました。
そして・・・
「はい、これ」
「あ・・・」
私に差し出した手のひらには、黄色い小さな包みが乗せられていました。
それは、私が昼間この店に入ったとき、テーブルの上のカゴに入っていたお菓子と同じものでした。
「これは普通のお菓子ではありません。ちょっとした魔法がかけられています」
そう言って彼女は、包みを開けて中身を取り出しました。
「黄色いのは「ハニー&チョコレート」味。これを食べると、ちょっとした幸せがあなたに訪れます。
効能は、「緊張をほぐして、溜まったストレスを一掃、リフレッシュ!」です」
そして私にそれを手渡したあと、ニコリと笑顔を見せました。
私は、そのお菓子をじっと見つめて・・・ふとあることに気付きました。
そして、はるなんに向けて、意地悪な笑みを向けながら言いました。
「はるなん・・・私に、一服盛ったね?」
「う・・・」
はるなんはその言葉に一瞬たじろぎましたが、すぐに自分の頭に手をやりながら言いました。
「いやあ、さすがはあやちょ。よく気付きましたね」
「・・・昼間の赤いやつ。あれはどういう効果だったの?」
はるなんはうふふと笑って、説明してくれました。
「あの赤いのは、「しゅわしゅわサイダー」味。効能は、「どこでもすぐ寝れる」。
道重さんをこの店にお呼びするのに、あなたには寝ていて貰った方が都合がよかったんです。ごめんなさい」
私は、昼間の事を思い出しました。あの時は、自分の疲れと眠気に負けて寝てしまったと思ってたのですが、
まさか故意に眠らされていたなんて思ってもいませんでした。
私は、はるなんをちょっと睨んだ後、すぐに笑みを向けながら言いました。
「許してあげてもいいけど、後で全部説明してね」
「え?」
「道重さんとの関係の事とか、色々。昼間のあなたの行動も、よくわからない事があったし」
「そうですね・・・わかりました。後で必ず説明します」
私はそれを訊いて「よしっ」とはるなんに頷くと、渡されたお菓子を口に入れました。
その途端、体の中をさわやかなそよ風が吹き抜けたような爽快感とともに、まるで雲になったように頭がふわふわしてきて・・・
私は、そのままテーブルの上の鉛筆を握りました。
そして、画用紙の真ん中に鉛筆を下ろすと、腕に一気に力を入れました。
すると・・・
「あ・・・」
白い画用紙の上に、黒猫の顔が現れました。
描けた・・・
私は、あまりにも簡単に描けたその絵を、呆然と見つめて・・・
そして、そのまま画用紙の上で鉛筆の先を躍らせました。
描ける・・・描ける・・・
私、描ける!!
次々に生み出される小さな絵達が、私の目から落ちる涙で滲んで歪んでしまっても、
私は構わずに腕を動かし続けました。
私は、そのままどれくらいの時間、そうしていたか分かりません。
気が付くと、どうやら画用紙の五枚分を真っ黒にする程描き続けていたようです。
「・・・あ」
「良かったです。封印は、ちゃんと解けてましたね」
はるなんは、私が絵を描き続けている間、何も言わずにじっと見守っていてくれました。
私と目が合うと、彼女は本当に嬉しそうな顔をしていました。
私は思わず、はるなんの手を握っていました。
「ありがとう・・・ありがとう、はるなん」
「いいんです。私も、またあやちょの描いた絵が見れて、凄く嬉しいですよ」
私は、彼女の顔を見つめて・・・
ふと、一つの衝動に駆られました。
「はるなん!あのっ!」
「はい?」
「私、はるなんを、描きたい!」
「・・・えっ?」
「今、どうしようもなくはるなんを描きたくなったの!お願い」
私の申し出に、はるなんは目を見開いて黙っていましたが、繋がっている手から私の本気が伝わったのか・・・
「・・・わかりました。いいですよ」
「ほんとに?」
彼女が頷くのを見て、私は急いで用意を始めました。
椅子をテーブルから離して、本棚の前に彼女を座らせると、私はそこから数メートル離れた位置に
自分の椅子を運びました。
私はスケッチブックと鉛筆を持って椅子に座ると、絵のレイアウトを測り始めました。
「・・・あの・・・あやちょ・・・」
「・・・あはっ、はるなん」
私はその声で彼女の顔を見るなり、思わず吹き出してしまいました。
はるなんの顔が、こわばって固まってしまっています。
「緊張しすぎだよ。リラックスして」
「でも私、絵のモデルなんてしたことないから・・・」
「そうか・・・私も、はるなんを描くのは初めてだね」
そう言いながら、私はいい事を思いつきました。
「あ、さっきの黄色いのを食べたら?緊張がほぐれるやつ」
「あ、そうですね」
はるなんの緊張がほぐれると、私は早速デッサンを始めました。
お互い無言で、鉛筆のシュッシュッという音だけがしばらく鳴り響いて・・・
「はるなん、さっきのを話してよ。道重さんの事」
私が画用紙から目を離さずに言うと、はるなんは少し驚いた声で答えました。
「描いている最中に、話しかけて大丈夫ですか?」
「うん。子供の頃がどうだったか忘れたけど、色々修行して、しゃべりながら集中できるようになったから」
「・・・分かりました。えっと、道重さんのことですね」
私は絵を描きながら、はるなんの話を聞きました。
はるなんが初めて道重さんに会った話。それは、とても印象深いエピソードで・・・
「・・・というわけだったんです」
「そうか・・・なんか、すごいねそれ」
「それ以来、私は道重さんと・・・友達、というのはおこがましいんですけど、お付き合いをさせて頂いています」
私は描くのを止めて、はるなんの顔を見ながら笑顔を見せました。
「良かったね、道重さんと仲良くなれて」
「・・・え?」
「はるなん、子供の頃からずっと道重さんに憧れてたもんね」
それを聞くと、彼女は顔を急に赤く染めてから慌てて言いました。
「えっ!?そんな、憧れてたなんて・・・なんで」
「私、思い出したんだよ。私に道重さんの事を吹き込んだのは、はるなんだったよね」
「・・・あ」
「何も知らない子供の私に、「道重さんはすごい」「道重さんは最高」ってずっと言ってた。
・・・おかげで私は、はるなんの事は忘れてたのに、会った事もない道重さんの事が頭に
刷り込まれちゃったんだから」
そう、私が道重さんをあれほど心酔して、会いたくてたまらなかったのは、
子供の頃のはるなんとの会話が、強烈なイメージとして記憶に焼き付いていたからでした。
苦笑いをするはるなんに、私は「でも」と続けました。
「そのおかげで、私は道重さんを信じてこの町に帰ってこれたんだし、結果私の異常の原因を突き止めてくれた。
だから、その事もはるなんに感謝してるんだよ」
「そう・・・ですね」
「それで、はるなん」
私は再び鉛筆を走らせながら、彼女に質問した。
「まだ、聞きたいことがあるよ。昼間の事」
「はい、なんですか?」
「道重さんが、「さゆみ、医者じゃない」みたいな事を言ったと思うんだけど、そのすぐ後はるなん猫語で
「大変、失礼」って言ったよね?あれってどういう意味だったの?」
「あー・・・よく覚えてましたね」
はるなんは、再び苦笑しながら答えました。
「あれは、口を滑らせたんです」
「え?」
「ほんとは、「大変、失礼いたしました道重さん」と続くはずだったんですよ」
私は、それを聞いて頭の中で咀嚼しましたが、いまいち理解できませんでした。
「えっと・・・つまり?」
「あの道重さんの台詞は、私に対しての言葉だったんです。「さゆみ、医者ってわけじゃないんだけどなぁ」・・・
あやちょには道重さんが笑って言ったように見えたかもしれませんが、実は私に対して凄い圧がかかってたんですよ」
私がはるなんの方を見ると、彼女は笑いながら身震いをする振りをしました。
「私はあやちょが寝ている間に、道重さんにここに来ていただくように連絡をとりました。でも、最初道重さんが私に言った言葉は、
「えー?さゆみ、めんどくさい」でした」
私は描くのを止めて、はるなんを見つめながら訊いてみました。
「道重さんって、もしかすると・・・恐い人なの?」
はるなんは、ふふっと微笑みながら答えました。
「恐くもあり、優しくもあり・・・とても自由な方なんですよ」
「自由・・・」
「私はあの時、道重さんの圧力に思わず謝ってしまいそうになって、なんとか途中で止めることができたんですけどね」
私は、今までの道重さんのイメージを思い描いて、それを更新しないといけないと思いました。
でもそれでも、はるなんが道重さんの事を語る時の嬉しそうな顔を見る限り、少なくとも彼女は
道重さんを信頼し切っているのがわかりました。
少し・・・少しだけど。
・・・妬けちゃうかな。
「でも、あそこでもし謝ってしまっていたら、私が道重さんと知り合いだとばれると思いまして・・・」
私はその言葉を聞いて、自分にとって一番疑問だったことを彼女に訊こうとしました。
「そう、それ」
「え?」
「そもそも、なんで隠す必要があったの?最初に私がこの店に来たときに、全部話してくれていたら、
私はあの場ですぐにあなたの事を思い出したかもしれない」
はるなんはそれを聞くと、少し上に視線を逸らしてから考える仕草をしました。
そして、自分の頭に手をやりながら、こう言いました。
「今思えば、人間に戻るタイミングを失っていたんです。でも・・・実は少し、恐かったんです」
はるなんは、私の目をじっと見つめた後、少し目を伏せて答えました。
「黒猫の私を見ても、あなたは私が「飯窪春菜」だと気付かなかった・・・だから、もし人間の姿に戻ったとしても、
それでもあなたはやっぱり私に気付かないかも・・・そう思ったら恐くて。
それで、このままただの猫としてやり過ごそうかなんて思ったりもしました」
私は、はるなんの言葉に再び罪悪感に襲われました。
それは、この本屋の前で人間の姿の彼女の会ったのに、やっぱり思い出せなかったからでした。
私は、彼女にもう一度謝りました。
「ごめん・・・気付かなくて」
「もう、そのことはいいんです。それに、お互い様です」
私が「お互い様」という言葉に対して不思議そうな顔をしているのを見て、はるなんは少し笑っていいました。
「実は・・・私も、最初気付かなかったんです。あなたの事」
はるなんは、再び少し目を伏せながら続けました。
「魔道士の子が、バイトを探しているだけ。そう思っていました。でも・・・本当は、あなたが猫語を話した時点で、
気付くべきだったんです。だって・・・猫語を話すなんて人、そうそういるはずないから」
「・・・そうだったね」
私は、子供の頃も思い出していました。そして、その時のはるなんとの思い出を思い浮かべて、
少し胸が熱くなるのを感じました。
「「猫語を話す」って魔法、私とはるなんの二人で研究したんだったね」
「はい・・・二人で、苦労して作った魔法でした。でも普通に考えたら、同じく猫としゃべれるようになるなら、
いっそ猫そのものになった方が便利だし、研究の時間も節約できる」
「・・・だから、猫の言葉を話す魔道士は、なかなかいない。そうだよね」
私は、黒猫の姿のはるなんを思い浮かべました。彼女は、子供の頃にはすでに猫になる魔法を使えました。
でも、絵を描く事しか取り柄のない私のために、一緒にこの魔法の研究をしてくれたのです。
そしてそれは、私にとって人生で唯一の魔法の研究でした。
はるなんは、再び昼間の事を話始めました。
「私はあなたの事に気付かずに接しましたが、あなたが私の名前を名乗った時に、気付いたんです。
「この人は、私の昔の友達だ」と。そして、私は同時に不安になりました」
はるなんは少し息を吐き出して、続けました。
「なぜあなたが私の名前を名乗っているのか、何か良くないことがあなたに起こっているんじゃないだろうか・・・
そして、なによりあなたの表情が・・・」
そして私の顔をじっと見つめながら、はるなんは辛い事を思い出しているよう顔をしました。
「そう・・・あなたの表情が、あまりにも私の覚えている顔と違いすぎて・・・私の知っているあやちょは、いつも笑顔を絶やさない人でしたから」
はるなんは、そこまで話してハッとすると、ゆっくり私に向けて話を続けました。
「それで、私はあなたに探りを入れることにしました。色々質問していくうちに、あなたには大きな悩みがあるのと、
それを何とかする為に道重さんを探しているのが分かったので、なんとかあなたを助けたいと思ったんです
そして、過去の話と絵の記憶の話から、あなたが私に気付かないのは、どうやら昔の事を忘れてしまっているからだというのがわかったんです」
そう・・・
そう・・・だったんだ。
私は、やっと昼間の彼女の事を理解することができました。
私が自分の事だけで頭がいっぱいいっぱいになっている時に、はるなんは私の為にずっと頑張ってくれていた。
私は改めて目の前の友達が、自分にとってかけがえのないものだと理解しました。
私は、画用紙で顔を隠しながら絵を描き始めました。はるなんに、見られたくなかったんです。
私が何も言わずに絵を描き続けるの見て、はるなんはこう切り出しました。
「それじゃあ・・・今度は」
「えっ?」
「こちらからも、訊きたい事があります」
「・・・うん」
「私の名前を名乗っていたのは、なんでですか?」
私は、その質問がいつかくるだろう事はすでに予想していました。
でも・・・私は、再び鉛筆を止めてからはるなんに言いました。
「それが・・・わからないの」
「えっ!?」
「ごめんね、本当にわからないの。記憶になくて」
「・・・全部、思い出したんじゃなかったんですか?」
「私が思い出したのは、私が知っていたはずの事だけ。はるなんの事と、私が描いた昔の絵と、自分の名前。」
私は、さっき封印が解けるのと同時に、忘れていた事全てを思い出しました。
ですが、私が何故はるなんの名前を自分の名前だと思っていたのか、それは今でもわかりませんでした。
そして・・・
「それじゃあ・・・」
「うん・・・そもそも、なんで私が自分の名前を忘れていたのかも・・・そして」
私は、一呼吸置いてから、ゆっくりと答えました。
「私に、封印魔法をかけたのが、誰なのかも、わからないの」
はるなんはそれを聞くと、予想通り驚いた顔をしていました。
「そんな・・・じゃあ」
「でも、もう大丈夫だよ」
私は、笑顔を見せながらはるなんにこう言い聞かせました。
「やっと封印が解けて、私は絵が描けるようになった。それで十分。・・・確かに誰が魔法をかけたのかは気になるけど、私は考えないようにする」
それは、私の心からの言葉でした。
この一年間、私は絵が描けるようになるために、各地をまわって治す方法を探し続けました。
その間、私は自分の体を治す事だけを考えて、絵画そのものを考える余裕がありませんでした。
だから、絵が描けるようになった以上、これからは絵を描くことだけを考えたいと願ったのです。
はるなんは、私を心配そうに見つめていましたが・・・
「・・・あなたがそれでいいなら、私は何も言いません」
そう言って、静かに口を閉じました。
その後は、私の鉛筆の音だけが小さく鳴り響き続けました。
そして、そのまま時が流れて・・・
「・・・終わったよ」
私は鉛筆をテーブルに置いて、大きく息を吐き出しました。
「お疲れ様でした」
「はるなんも、モデルありがとう。お疲れ様」
はるなんは、椅子から立ち上がって私へ近づきました。
「鉛筆しかなかったから色は付けれなかったけど、良く描けたと思うよ」
「見ても、いいですか?」
「うん・・・待ってね」
私は、彼女にその絵を見せる前に、もう一度自分でしっかりと眺めました。
そして私は、はるなんがこの絵を見たら、どんな反応をするだろうと思いました。
「うん、いいよ。はい」
私は、彼女にスケッチブックを渡しました。
はるなんは・・・
「えっ!?」
そう叫んで、目を大きく見開いて絵を凝視しました。
そして彼女は、絵を見つめたまま、無意識に声が出ていました。
「そんな・・・なんで・・・」
私は、その反応がまた予想通りだと思いながら・・・それが当然の反応だとも思いました。
はるなんは、ハッとして私の顔をまじまじを見てから訊ねました。
「あやちょ・・・なんで、この絵は・・・」
「正直、私にもわからない。でも、「こうだったらいいな」って想像してたらそう描きたくなったの」
そう答えながら、私は一種の確信を持ちました。
多分、はるなんは、私が理解できない「答え」を探すんだろう。
そして・・・道重さんと、見つけるんだろう。
・・・その「答え」を。
私は、はるなんの顔をじっと見つめました。
「それじゃ・・・」
「えっ」
今だ呆然としたままの彼女に、私は笑顔で伝えました。
「私、行くね」
「あ・・・」
はるなんは、その言葉の意味をすぐに読み取ったようでした。
私の顔をじっと見つめてきて、私も彼女の目を見つめ続けました。
もう、その顔を忘れないように。
「このまま、行ってしまうんですね」
「うん・・・この一年を取り戻すために、もう時間を無駄にしたくないから。それに・・・」
「それに?」
「私、やりたいことができたの」
はるなんは不思議そうな顔で訊きました。
「やりたいこと・・・画家さんになるんじゃないんですか?」
「絵を描くことは変わらないんだけど・・・」
私は、テーブルの隅に立ててあるそれに視線を向けました。
「あ・・・」
「そう。私、「絵本作家」になろうと思って」
私は、昼間の事を思い出していました。
この絵本を読んだ時の、大きな衝撃・・・
私もこんな絵を描きたいと思ったのと同時に、「絵本」というものの素晴らしさを知ったのです。
「そうですか・・・」
はるなんは、笑顔でこう言ってくれました。
「あなたなら、必ずなれますよ。世界一の絵本作家に」
「・・・お世辞が、昔から上手だったもんね。でも、本気で受け取らせてもらうね」
「私は、いつでも本気ですよ」
それから彼女は、手元の絵を掲げて言いました。
「・・・この絵はどうしますか?」
「それは、はるなんにあげるよ。スケッチブックごと」
「・・・いいんですか?」
「『笑顔』のお礼だよ。あんなに大事そうに保管してもらったからね」
「わかりました。ありがとうございます」
はるなんは、スケッチブックを胸の前で抱きしめながら言いました。
「・・・一生の、宝物にします」
私は、立ち上がって『笑顔』を抱えると、サイドバックを肩に掛けました。
私たちが本屋の入り口から外へ出ると、うっすらとした景色が確認できました。
「・・・徹夜してしまいましたね」
「そうだね」
「・・・道重さんに、言っておくことはありますか?」
私ははるなんの言葉に、少しだけ考えて答えました。
「そうだね・・・「ごめんなさい」。そして、「ありがとうございました」・・・かな」
「・・・「ごめんなさい」は、昨日の別れ際の事ですか?」
「そう。私が今でも後悔してること。だから、ちょっと道重さんに会いづらい」
「わかりました。必ず伝えます」
「そういえば、道重さんはここに来ていなかったの?」
私が訊くと、はるなんは苦笑いをしながらこう答えました。
「「夜更かしは、美容の敵」、だそうです」
私は笑ってしまいました。そして・・・ふと、あの時の道重さんの言葉がよみがえりました。
『笑って。「笑うかどには」なんとやらって言うでしょ?あなたが笑えば、いい方に転がると思うわ』
そうか・・・道重さん。
あの時、もう全部、分かっていたんですね。
「道重さん・・・ほんとに、すごい人なんだね」
「あ、忘れていました」
はるなんは、自分の腰にあるポケットを探ってから・・・
「はい、これ」
そう言って、あのお菓子を取り出しました。でも、その色は・・・
「ピンク?」
「はい。道重さんからの選別だそうです。多分あなたは、魔法が解けたらすぐに行ってしまうだろうからと」
私は驚いて・・・そして、そのピンク色のお菓子を受け取りました。
・・・ほんとに、なんでもお見通しなんだね。
私は、はるなんの顔を見つめました。
はるなんは、綺麗な笑顔で私を見つめていました。
「ありがとう、はるなん。本当に」
「いいんです。あなたは、私の大切な友達なんですから」
自然と、私ははるなんと抱き合っていました。
その体は、猫のように華奢で・・・強く抱きしめたら、なくなってしまう気がしました。
「また・・・帰ってくるから」
「はい・・・私、この町でずっと待ってます」
私は、彼女とそっと離れると、もう一度はるなんの顔を見つめました。
その顔は、涙で濡れていたけれども、今までで一番美しい「笑顔」でした。
私は、後ろを振り向いて、歩き出しました。
そのまま振り向くことなく歩き続けて・・・もう本屋が目で確認できなくなった頃、私は自分の顔に、濡れた感触を感じました。
私は今もらった道重さんからの「選別」を口に含むと、走り出しました。
その味に・・・私は「優しさ」と、そして「力強さ」を感じました。
・・・突然、私の耳に、猫の鳴き声が届きました。
私は立ち止まると、その「声」を読み取って・・・
でも私は、その意味を理解してしまうのがもったいなくて・・・
私は旅の中で、ゆっくりと今の意味を咀嚼していこうと思いました。
これは、私が始めて道重さんに出会った時の話です。
それは私にとって「大切な存在」・・・はるなんとの出会い・・・
そして、『笑顔』との出会い。
完
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