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仮説 > 「日本」ひのもとクサカ由来説

「日本」ひのもとクサカ由来説とは、国家「日本」の国号が「ひのもとクサカ」地名命名譚に由来とする仮説。次の2者の説がある。
  1. ニギハヤヒ命名「日下・日の出」谷川説
  2. ニギハヤヒ命名「日下」Isshun説

概要

  • 天神の子孫であるニギハヤヒが河内のクサカに天下った時に、日の下の国を見てひのもとと名付け、日の出にあたって葦原中国をひのもとのクニと呼んだ
  • クサカの地からをひのもとと称しそれが大和一国へと拡大し、最終的にはヒノモトヤマトと表記する場合も、大和一国ではなく日本国を指すようになった
  • 神武が河内、大和に進出する以前にニギハヤヒを奉載する人々がいた
  • 大和朝廷の東方進出とそれにともなう蝦夷勢力の後退で、ひのもとは奥州の蝦夷地へと移動していき、日高見国も大和国から常陸国そして奥羽国の北上川の流域へと移っていった

ニギハヤヒ命名「日下・日の出」谷川説[1]

  • 日本という国号の由来は日下クサカである
    • 河内のクサカにはかつて日本(ひのもと)の国があった
      • 伊副部臣系図/第八代の櫛玉神饒速日尊の条「この命、天磐船に乗り、天より下り降りる。虚空に浮びて遙かに日の下を見るに、国有り。因りて日本(ひのもと)と名づく。見る所の国、正に日の出に当れり。故、葦原中国を、更、日本(ひのもとのくに)と名づく」
    • 日本(ひのもと)の国も大和(やまと)の国も命名者はニギハヤヒ命であった
      • 旧事本紀/天神本紀「饒速日尊、天つ神の御祖の詔を稟け、天磐船に乗りて、河内国の河上の哮峯に天降りまし、則ち大倭国の鳥見の白庭山に遷ります。いはゆる天磐船にのりて、大虚空を翔りゆき、この郷を巡りみて、天降ります。いはゆる虚空(そら)見つ日本国(やまとのくに)というは是か」
    • ヒノモトは河内の日下の付近、またヤマトは大和国原というように局限された土地を指していたものが、しだいにその呼称の範囲を拡大し、ついには日本国を指すものとなったと思われる
  • このひのもとの国が旧唐書・新唐書に言う小国日本である
    • 倭国と日本は別国で日本は日の出の方向、東に位置する
      • 旧唐書倭国伝: 倭国者古倭奴国也
      • 旧唐書日本伝: 日本国者倭国之別種也。以其国在日辺故以日本為名。或曰倭国自悪其名不雅改為日本。
      • 新唐書日本伝: 後稍習夏音惡倭名更號日本。使者自言國近日所出以為名
    • 倭の奴の国、すなわち博多湾付近にあった奴国の後裔が倭国
    • 日本国は日辺にあるのだから、その東方、つまり畿内をその所在地とみることは当然であろう
  • 日本は小国と両書に明記してあるから、倭が日本を併合したとみるほうが自然である
    • 旧唐書日本伝: 或云日本舊小国併倭国之地
    • 新唐書日本伝: 或云日本乃小國為倭所并故冒其號
  • 神武の河内大和進出によってニギハヤヒ命を奉載するひのもとの民は東方へ逃れた
    • 奥州蝦夷地へ
    • 日高見国も常陸->奥羽の北上川の流域へ

ニギハヤヒ命名「日下」Isshun説[2]

  • 日本という国号の由来は日下クサカであるが、日の出という意味は持たない
    • 旧唐書の日本はヤマト
      • 旧唐書の倭を併合した日本は「舊小国」つまり、倭を併合した時点ではすでに小国ではなかった
      • 畿内を中心としたヤマトは7世紀末には九州地方にまでその勢力を拡げている
    • 新唐書の小国日本はひのもとの国
      • 小国日本はのちに日本と改名する倭に併合された国のことである。つまり日本≠小国日本
      • 九州の倭勢力(『記紀』の神武東遷に当たる)が畿内の小国日本(饒速日の「ひのもとのくに」)を併合した
      • 日本はヤマトのことであるが、小国日本はヤマトではない
    • 畿内ヤマトが「日出處」をもって自国の名とすることはできない
      • 日本国は倭国とは別国
      • 「日出處天子」と自称した俀国王は九州倭国の王であり、畿内ヤマトの王ではない
    • 「日本」日の出由来説は日本書紀講義の結果である
      • 隋書東夷伝から九州倭国を指す「日出處」を借用し、それを畿内ヤマトにあてることで、日本は中国史書に古くから記録されている倭国であることを主張しようとした
      • 新唐書では「日夲古倭奴也」「國近日所出、以爲名」と書かれるようになった
  • 国号日本の復活
    • 名の由来を「日出處」にあると偽った日本は、『旧唐書』の「舊小国の日本」、『新唐書』の「冒其號」し日本と改名した倭として現われている
      • 神武東遷、ヤマトの拡大とも一致している
    • ヤマトが日本列島の代表となったとき、白村江敗戦国である「倭国」と同じ字である「倭(やまと)」をヤマトの国名としてそのまま使用していくことに、ヤマトは抵抗を感じたはず
      • 『旧唐書』の「悪其名」、『新唐書』の「悪倭名」はそのことを示している
    • ヤマトは「ひのもとやまと」の創始者である饒速日の国の名を使用することを思い立ったのではないか
    • しかし、饒速日尊を天皇家の始祖とすることになってしまうため、『日本書紀』は日本の名の由来には触れず、『日本紀私記』や『釈日本紀』は、『隋書』の「日出處」をその由来とみることにした
    • やがて饒速日の国である「日下」をその原義とする日本は忘れ去られ、「日出處」をその由来とする日本が現代まで引継がれることになった
  • ヤマトの「ひのもと」隠し
    • 「日本」は「やまと」と読み、それは「山跡」の意味で読むので、これは変えられない
      • 釈日本紀巻第十六秘訓一条: 問 日本兩字於夜末止ト讀之 不依音訓 若如字比乃毛止ト令讀如何 答 是尤叶其義事也 然而先師之説 以山跡之義讀之 不可輙改 又此書中大日本於訓弖謂大夜末止 然則雖爲音訓之外 猶存心可讀夜末止
      • 日本を「やまと」と読むのは音訓によっていない、これを字のごとく「ひのもと」と読ませるのはどうか それはもっともなことであるが、山跡の意味で「やまと」と読むのでこれを改めることはできない、と先師は言っている。またこの書にある「大日本」は「おおやまと」と読む。音訓では読めないが、なお「やまと」と読む理由はあるのである
    • 「日本」を「ひのもと」と読ませたくないというヤマト側の強い意思を覗き見る思いがする

参考文献

  1. 谷川健一. 白鳥伝説. 谷川健一全集. 冨山房インターナショナル, 2006-05, p.540,(<第1巻>, 古代1), ISBN-10: 4902385260, ISBN-13: 978-4902385267.
  2. Isshun,``雑考ノート: 日本と「ひのもと」考'',倭国と日本国の関係史: 資料事実に整合する日本古代史を求めて, 2008-07-04. http://www.k4.dion.ne.jp/~isshun_y/note33.html .

最終更新:2010年02月21日 18:21
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