237 名前: ◆IE6Fz3VBJU 投稿日:2008/01/09(水) 01:05:21 ???
マヤは加持にディスクを渡している。
「すまないな。こんなことを頼んでしまって」
「いえ、いいんです」
「それじゃあご褒美だ」と言うと、加持はマヤの唇に自分の唇を重ねた。
マヤは身体を硬くしたまま身を任せる。両手はきつく握り締められていた。
加持が出て行くと、マヤは両手に顔を埋めてその場にうずくまった。
マヤが立ち上がったのは、誰か――赤木リツコの気配を感じたからだった。
マヤは切実な表情で訴えかけた。「先輩……わたし、もう、こんなこと……」
「ごめんね、マヤ。でも、あなたにしか頼めないことなのよ」リツコはマヤの頬を両手で包みこむ。「私を助けて頂戴」
マヤはそれでも何かを訴える風だったが、すぐに溜め息をついて下を向いた。
「分かりました、先輩の頼みなら……」
「ありがとう、マヤ」リツコは顔をマヤに近づけていった。
「あっ、ダメです、先輩……人に見られ」"たら"はリツコの唇に吸い込まれる。
マヤは両手をリツコの背中に回していた。
リツコが唇を離すと、二人の唇の間に銀の糸が出来た。
マヤは上気した顔で髪の毛と衣服を整えると、「もう行きます」と言って足早に立ち去った。
マヤの背中を目で追いながら、リツコは「いつだったか、あなたは女で身を滅ぼすって言ったわよね、加持君」と胸の内で呟いた。
「私は逆か」リツコは苦笑して、タバコを吸おうとポケットから箱を取り出した。そのとき、
……私を助けてくれないか。
という男の声がリツコの脳裏によみがえった。それは今耳元で囁かれたと思うほどの現実味を帯びていた。
リツコは呻くとタバコの箱を握りつぶし、思いきり投げ捨てた。
マヤが同じように両手で顔を覆う。誰かが見れば、リツコが泣き出すと思っただろう。しかしリツコは泣いたりはしなかった。
壁に背をあずけ、ガラスのような目で天井を見ていた。
化粧室で化粧を直しているとミサトが入ってきた。
「あらリツコ」ミサトはじっとリツコの顔を見て、「ちょっとあんた……具合悪かったりする?」
「いいえ、別に」リツコはルージュを引き直した唇に、薄い笑みを浮かべた。「気のせいよ、ミサト」
それより来週の例の件だけど――と言うリツコの表情からは、先ほどまで彼女の内面に渦巻いていた感情の激しさを知ることは、できなかった。
最終更新:2008年01月17日 23:44