嘘つき男は地獄へ堕ちろ
題名:嘘つき男は地獄へ堕ちろ
原題:Nothing Personal (1998)
作者:
ジェイソン・スター Jason Starr
訳者:浜野アキオ
発行:ヴィレッジブックス 2004.6.20 初版
価格:\780
雑巾と言うものは汚いものを拭く前には、目立たないけれどもけっこう清潔な一枚の布だ。しかし雑巾はそれで汚いいろいろなものを拭いた後、バケツに汚水を搾り出し、ねじりこむようにしたときには、全く違ったものに形を変えて見える。匂いがつき、多くの汚れを吸い取り、そしてあっさりと廃棄される。
この作品は、一見平和に過ごしてきた二組の愛情溢れる(はずの)夫婦が、まるで一枚の雑巾のように、多くのものを吸い取り、溜め込み、そしてぎゅうっと捩じられ、最後には捩じ切られる間際まで行ってしまう物語だ。じわじわと追い詰められ、絡み合ってゆくに至るまでの、微細な描写、ドライブ感覚。これがジェイソン・スターの真骨頂である。
確かにこれと言ったカタルシスはないし、毒素が強すぎる嫌いはあるかもしれない。しかし血が流されたり、死体が転がったりする割には、主人公たちの運命はあまりにもわれわれの日常のサイドにあり続けてゆく。だからこそ恐ろしい日常と非日常との往復切符。
ボーダーラインのスリル、といったものがこの人の味わいなのだと思う。
なんだか嫌なタイトルだなあと思う。女性を騙したらきっとこんな風に罵られるだろうというような陳腐なセリフにも見える。この本のもう一方の主題は男と女の間の深く暗い隔たりであるような気もする。結婚という幸福が徐々に蝕まれ、心に隙を作るとき、破滅は意外な形で訪れる。そこに喘ぐのは男たちであり、女たちは無垢の母性や愛情をストレートな牙の形で向けてゆく。この対比が面白い。
ただただ男の愛情が欲しくてすべてのエゴを剥き出しにしてゆくエイミーという存在。新しい自分を捜しに出かけ、呆気なくそれを実現させてしまうモーリン、娘を守るためになけなしのパワーをフルに爆発させるレスリー。
博打に溺れるジョーイ、こすっからいデイヴィッドたち男側主人公らに比べて、何ともピュアで快い女たちの強さが、物語を黒く皮肉り、深い穴の底に向けたような笑いで締め括られるエンディング。黒い軽妙さ、そして何とも捩じくれた、という形容がぴったりの作品なのである。
(2004.08.02)
最終更新:2007年07月15日 15:05