アットウィキロゴ

サボイ・ホテルの殺人



題名:サボイ・ホテルの殺人
原題:Murder At The Savoy (1970)
著者:マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー Maj Sjowall and Per wahloo
訳者:高見浩
発行:角川書店 1975.1.10 初版 1979.6.15 12刷
価格:\1200

 今回読んだ作品は、小樽の古本屋で仕入れたハードカバー版で、これにはスウェーデン語の原題は書いていない。まあ書いていたところで読めるわけではないのだけども。

 訳者がその解説でも書いている通り、この作品は当時のスウェーデンの社会背景である貧富の差をいやにストレートに描いている。貧富の差と言えばぼくが第一に思い出すのは黒沢明映画『天国と地獄』で、この作品にはその同じ空気が底流にあったりする。事件が解決してもベックが憂鬱なため息を吐かざるを得ないのは、事件そのものが社会のひずみを単に反映したものであるからに過ぎないからだろう。良心のある刑事は無力を感じないわけにはいかないのだろう。

 そういえばグンバルト・ラーソンが前作でギリシアに観光に行った女性に対し、当時のギリシア軍事政権批判をぶつけるが、そういう意識を持った刑事がこんなところにいるというのも、この作者だからこそなのかもしれない。当時のギリシアと言えばこれもぼくはコスタ・ガブラス監督の『Z』という映画を思い出さずにはいられない。本も映画も、シビアに現実を切り取って遠い国々に輸出を続けている。

 話は戻るが『天国と地獄』と言えば、当然原作は87分署シリーズ、エド・マクベインの『キングの身代金』。あちらは別に社会背景とはあまり縁がなく、むしろ誤認誘拐のスリルを主題にした傑作であると思う。むしろ、本作中で、ある男がマクベインの『死が二人を』を読んでいたりする点が皮肉か。 マクベインは、80年代を過ぎて徐々に社会派の色彩を纏い始めるが、こちらのベック・シリーズは、最初から狙いはこちらの社会風刺、社会批判の側にあったのかもしれない。

 このシリーズには、87分署に較べて優れているとはっきり言えることが一つある。それは作品の進行と同時に時間がきちんと登場人物たちの上にも流れているということだ。87では途中から刑事たちは歳を取るのを忘れる。87分署はぼくと同い年だから既に38年の時間が流れ去っている。通常の刑事なら定年を迎えてしまうから仕方のない設定であろう。

 しかし本シリーズは皆が徐々に歳を取ってゆく。警視長ハンマルも定年で引退してしまった。このあたり考えてみると、シリーズもののリアルな限界というのは確実に存在することがわかったりもする。

 本書は実に小じんまりとしたストーリーで、ぼくはあまり買えないけれど、シリーズの途中経過ということでなら興味深いものがあった。国家警察といういわば憲兵みたいな機構が登場するに及んでは、この国の治安維持の傾向についていろいろと複雑さを感じざるを得ない。今後の作品にこういう複雑さがどれほど絡んでくるのか、期待していいのだろうか?

(1994.05.26)
最終更新:2007年09月25日 23:29