黒い家
題名:黒い家
著者:
貴志祐介
出版:角川書店 1997.6.30 初版
価格:\1,500
モダンホラーにすべきか、通常のミステリとして片付けるべきか、一瞬迷ったのだけれど、やはりホラーというより、普通のミステリかと思われるお話だ。
ちなみにこれは絶対にぼくが書店で買わない種類の表紙だし、作者名も作品名もなんとも読書心をくすぐらない無名のものなので、『このミス』第2位にならなかったら、まず読むことのなかっただろう作品である。
ホラーというより、ぼくの分類ではサイコ・サスペンス。初めからいかにも怪しい「黒い家」があり、その中では異臭が漂っていて、その上子供の死体が現われて、そこに暮らす異常な両親に、生命保険の査定担当者である主人公が「金を払え」とただひたすら追詰められてゆくシンプルな物語である。どちらかと言うと、主人公そのものよりも、保険を査定するという担当者ゆえの職業的な被害者であり、とっとと会社を辞めてしまえば、追求されることもなくなるのだろうが、逆に主人公も興味本意で積極的に、「黒い家」の謎に迫ろうと、恋人まで巻き込んで素人捜査を繰り広げるあたりが、みそと言えばみそなのだろう。
命がけで何かと闘うというよりも、主人公がこれと言った主体性を持たないまま、犯罪者の側から勝手に憎まれて、勝手に命の危険に晒されてゆくという話である。
ディック・フランシスなのだな、このあたりは。専門的な用語、生命保険の知識はふんだんに出てくるけれど、フランシスなら、元生命保険会社勤務でなくてもこの程度はやってしまうのだと思う。作者の貴志祐介氏はしかし元生保勤務なのだから、次作こそ勝負であろうなあ、とこちらは心配してしまうのだ。
小説そのものはデイヴィッド・マーティンのような酸鼻を極めるスプラッタ・サスペンスとも言えるが、ぼくが個人的に面白かったのは、前述の生保の裏仕事の死への関わりの部分であった。自殺者が交通事故死者の倍もいるなんていう数字的現実は、この本を読まねばわかり得なかったことだ。それから恋人の勉強する犯罪心理学関連の学者たちの蘊蓄のあたりは、欧米小説の気品を感じさせる。こうした客観性は、この小説の魅力であると思う。
死や病気や怪我という人間のマイナーな面に、日々、書類を通して客観的に向き合う仕事というのがぼくには面白く、こうした職業を主人公に持たせたことで、既に成功を収めてしまった作品であろうと思われる。選評で言われているように描写力があるとか文体がこなれているとかいうことは、ぼくは全然思わず、むしろ食い足りない感じがしてならなかった。主人公にも恋人にも癖がなさすぎる。もう少し迫力のある主人公に迫力のある闘いを挑んでもらなければ、せっかくの構成力もベストの形では生き得まい。
エンターテインメント性は抜群なので、ぜひとも今後の丁寧な仕事を作者に望みたいところである。
(1998.01.04)
最終更新:2008年03月06日 02:10