IN




題名:IN
作者:桐野夏生
発行:集英社 2009.5.30 初版
価格:\1,500

 『OUT』で一躍名を上げた作家は、それ以前はジェイムズ・クラムリーが好きな和製ハードボイルド作家というイメージが主であった。しかも、アメリカでは珍しくもないのだが、日本では極めて珍しい、女性でありながら探偵小説作家という稀有な称号を一部のミステリ好きな読者から、ものにしていた。

 彼女がそうしたイメージから、一気にダークな色調の小説家へ脱皮を遂げるきっかけとなった作品が『OUT』なのである。ダークな色調のしかも女性小説に限る、と補足したほうがいいかもしれない。

 そこで本書『IN』である。それなりに派手な作品を期待したのはきっとぼくだけではあるまい。なにしろ映画化までされた『OUT』に対応するタイトルって言うだけで、作者の作品に託す想いがわかろうと思うものじゃないか。

 そういう意味では本書は読者の期待を裏切ってみせる。つまり、『IN』は、『OUT』のようにストレートな娯楽小説ではなかった。むしろ地味な恋愛小説である。だからこそ『IN』なのかと納得させられるくらい。おまけに、これだけは言える。『IN』は、一筋縄では行かない、地味な恋愛小説であるのだと。

 作家であるタマキと、編集者・青司の恋と別れに端を発し、私小説家・緑川が作中で描く不倫の、リアルなモデルたちである妻・千代子と、謎の恋人・○子(正体は不明)。

 タマキが捜し求める真実の○子の正体は誰か? また作品の後日談として生き続ける女、あるいは死んだ女、残された日記、書かれた小説たち、とやたら作家が関係者に多い状況下、タマキの回想を中心とした作家的宿命は、検証をする側であると同時に、検証される者でもあり続ける。言葉とは何ぞや? 表現とは何ぞや?

 恋愛の抹殺を目的として放浪する女流作家の内面を描き取る本作での試みは、次回作で放浪の作家・林扶美子を描かせることになったものなのかどうかは、現時点未読であるぼくにはわからない。

 ただ作家が内に向けて小説のギアを入れ換えた音だけはよく響いてきた気がする。文学の虜になってゆく女性たちと、文学に背を向けて去ってゆく青司(男)との離別が、ギア比を変速させたきっかけとなったようにも思える。

 少し怖い作品だが、桐野夏生はもう違う世界に踏み出してしまったのだ。間違いなく。

(2010.05.04)
最終更新:2010年05月09日 21:45