煉獄の使徒





題名:煉獄の使徒 上/下
作者:馳 星周
発行:新潮社 2009.5.30 初版
価格:上\1,800/下\2,000

 昨年の今頃出た小説を一年遅れで読んでいるのだが、とにかく紙数を費やしての分厚い、そう、無理に言うならカルト・ノワールとでも言いたくなるジャンル。

 最近熟成してきた馳の小説が、また昔に戻っちゃった感じだなあと、不思議に思っていたら、何だ2001年~2002年くらいの間に雑誌に連載されていた小説ではないか。

 では雑誌連載終了後7年も寝かしておいた作品っていうわけか。最近の出版業界のスピードを思えば、何か特殊な事情でもあったのかなと想像を広げたくなるような時間差である。特殊な事情は版元の側にあったのだろうか、それとも作者の側に……とか。

 そう言えば、昨年の今頃は、カルト小説がまとめて出ている。別にカルト・ブーム再燃というわけでもないだだろうが、篠田節子『仮想儀礼』はこの作家にしては久々の大作である。書店でぱらぱらとやってみたら、オウムではなく、オウムを参考にビジネスとして意図的にスタートさせたカルト教団が、徐々に本物のカルトへと逸脱してゆくような物語みたい(間違っていたらごめんなさい)。カルトものでは

 一方で村上春樹の『1Q84』もカルトを背景にした物語であるし、何より村上春樹は『アンダーグラウンド』というルポルタージュで、実際に地下鉄サリン事件の被害者から長大なインタビューを収集したその人である。

 そこへゆくと、村上の真摯さとは違う方向で、己の小説の切っ先をより現実の方向に近寄せてなおかつ尖らせようと試みたのが、この馳星周版カルト・ノワールなのだろう。ジェイムズ・エルロイの『ホワイト・ジャズ』に被れた勢いで書いてしまった『不夜城』の流れそのままのエルロイ風体言止め文体は、今になってみれば馳のひと頃の過ぎ去ったブームを思わせて、やっぱり後戻り感を禁じ得ない。

 でも『不夜城』などでは文体の隙間に入り込んでいた叙情の余地すら感じさせないのが、地下鉄サリン事件というリアルで犠牲者の多かった事実をテーマにしたからだとは思うが、馳星周がこの巨大な歴史的事実に背を向けようとせず真正面から向き合った真摯さは、並ではないと思う。

 これだけ長大な物語を、堕ちて行く男たちを主軸に描いてゆきながらも、オウムの一連の報道された出来事のすべてを描き切れているわけではないので、あの長かったオウム報道の、ゆるい川の流れのような時間の流れに、馳の小説的特徴である疾走感はまるっきりフィットするわけではないのだ。

 そこを無理してでも、いわば馳節にもってゆき、最後は史実とはかけ離れた展開によるさらに毒性の注入、といった馳流の世界空間を突き出してみせるところに、初期馳作品の虚無性が浮き立って感じられる。黒く笑い飛ばしたかのような新堂冬樹の『カリスマ』のようには同じカルトでも下品ではなかったが、あのインパクトに近い雰囲気を教祖が持ってしまうあたりはカルトゆえの逃れられぬ性格なのだろう。

 本書を読むと、馳星周が、これから自分が書くべき作品を模索していた頃なのだろう、と想像してしまう。こうして歴史的事実に向き合ったところから、沖縄の戦後を描いた『弥勒世』などの大作、『911倶楽部』などの、世界に向き合うような、大人の作品への本作は橋渡し的作品だったのだろう。そう考えれば、この『煉獄の使徒』はちょうど馳という作家の歴史にとって重要な作品に当たるのかも知れず、ファンは必読ということである。

 しかし、なぜ世の作家が今頃になって、まとめてカルトなんだろう、という謎は未だに解けない。『1Q84』に刺激されて、寝かしていたのだがカルト題材だということで勢い出版されてしまったのだろうか。やっぱり、よくわからない。

(2010/07/13)
最終更新:2010年07月13日 22:59