5枚のカード
題名:5枚のカード
原題:Grory Gulch (5 Card Stud) (1967)
作者:
レイ・ゴールデン Ray Gaulden
訳者:横山啓明
発行:ハヤカワ・ミステリ 2005.10.20 初版
価格:\1,000
《ポケミス名画座》が当初の予定である10冊で終わらず、今も続いている。何か賞でも貰わない限り、翻訳されにくい現在の海外ミステリ市場にとって、これはこれで光が当たる機会の一つであるから、古い古い作品が日の目を見る、そしてそれを手にして読むことができるそのときに、今の翻訳市場では到底味わえない、ある過ぎ去った時代の、郷愁に満ちた気分をぼくらは、ここで再現することが叶うわけである。アメリカのある時代に書かれ、そして読まれたミステリに、今この時代に改めて出会うことに、ささやかな喜びを覚える大切な時間を味わう。思えばとても贅沢なことなのである。
さて本書は、翻訳としては大変に珍しい、ウエスタンである。もちろん骨子はミステリである。謎めいた連続殺人に沸く田舎町と、闇に潜む復讐鬼。標的は、私刑で牛泥棒を吊るした五人の牧童たち。主人公は、ちょっとした因縁を引きずって町に舞い戻ってくる若き賭博師。舞台設定だけは早々と揃っているわけだ。主人公は鼻つまみ者で、彼を敵対視する保安官と、恋敵や博打のライバルなど、四面楚歌といったところ。賭博に明け暮れるとてもニヒルな主人公が、まるでウエスタンではなく、ハードボイルドそのものの構図のようだ。
こう並べ立てただけでも、もう十分に黒澤映画みたいである。この映画を見ていない身としては失礼な言い草かもしれないが、黒澤作品であれば間違いなくヒットした筋書きだろう。緊張感も登場人物の個性も申し分ない。殺しの連続も、病的な復讐心も。それにゴールドラッシュが呼ぶ胡散臭い時代背景と、有象無象の喧騒で賑わう夜の街そのものも。
本書では本来のサスペンスよりも、主人公の虚ろな青春像そのものが主たるテーマになっている。賭博以外、生きる喜びを見出せず、何をやっても身が入らない。どこかに落ち着いて人生を送るという目論見もなければ、恋愛に身を焦がす一途さにも乏しい。正義感や人間としてのモラル、矜持といったものを、不明確ながらも随所に見出すことができるため、ある意味魅力的に見えながら、本人そのものからは、生きることへの積極的な態度が少しも伺えない。
彼を嫌悪し、街を追い出そうとする保安官は、不実な賭博師に対する厳格な父性を感じさせ、実に明確で頑迷な生き方を自らに強いており、まるで歩くストイックだ。
若き賭博師は、この街に安住を見出そうとする旅一座の女に惹かれるが、一方では、放浪の旅にどこまでも着いてゆきいたいという一途な幼馴染ノーラへの未練を残す。街にとどまるか、ここを出て放浪の旅を続けるのか、不安定きわまりない若者が、街を震撼させる連続殺人事件に真っ向対峙しつつ、どんな選択をしてゆくのか。
昔よく見た西部劇映画らしく、コンパクトでとてもわかりやすいストーリーである。選択肢が無数にある中で、複雑な性格を抱えた主人公は、どうやってシンプルで強靭な人生を手に入れることができるのか。それは小説の課題であると同時に、常に旅を終えることのできないでいる読み手の側に突きつけられた、普遍的な命題と言えなくもないものであるかもしれない。
抑えの利いた娯楽小説は、かくあるべきという手本のような一作である。
(2006/05/28)
最終更新:2013年04月28日 10:29