アットウィキロゴ

孤独な場所で




題名:孤独な場所で
原題:In A Lonely Place (1947)
作者:ドロシイ・B・ヒューズ Drothy B. Hughes
訳者:吉野美恵子
発行:ハヤカワ・ミステリ 2003.06.30 初版
価格:\1100

 ひさびさのポケミス名画座である。

 映画そのものはハンフリー・ボガートが気に入ったストーリーということで製作および、なんとシリアル・キラーとしての主演を果たしているらしい。ただし日本でその映画が公開されたのはおよそ半世紀近く経った1996年。監督はかのニコラス・レイ。ポケミス名画座としては取り上げて当たり前のような作品でありながら、ボギーの殺人者、しかも病的なサイコ野郎とあっては配給会社も二の足を踏んできたというわけだろうか。

 原作が未訳であったことは、そうした映画作品の不遇についてもさることながら、この暗い時代における暗い孤独な殺人者像が、1947年当時、太平洋を挟んだ日本でどう受け入れられるというのだろうかという、この作品そのものが持つネガティブ極まりないイメージに負うところも大きかったろうと思われる。

 ノワール以上にミステリー、サスペンスに近いのは、犯罪そのものを犯しながら、殺人シーンは一つも描写としては出て来ない。あくまで負の主人公であるディックス・スティールという男の日常を描く中で、友人たちとのやりとりの中で徐々に彼の正体、病的な部分が描かれる。

 彼の欲望は満たされることなく、せっかくできあがった人間関係も彼が殺してしまうことによって破綻し、また孤独を自ら引き寄せる。思えば徹頭徹尾、殺人の鬼であり、魂を売り渡した孤独で絶望的な地獄行とも言えるのだが、これをなにげない日常の道具、生活、当たり前に行われる衣食住の綿密な描写だけによってミステリアスに、サスペンスフルに描いている。

 ぼくはこの作品はヒッチコックに撮らせてしまい、スリラーに仕立ててしまった方が映画としては良かったのではないかという読後の印象があるのだが、それ以上に当時、戦後の帰還兵たちが漂流する北アメリカという舞台、エルロイが描く50年代のロス暗黒とまさに重なろうとする時代、作者や映画作家が描きたかったものは、飽くまで満たされることのない負のエネルギーそのものであったのかもしれない。

 後にエルロイが描く『キラー・オン・ザ・ロード』のように動き回る殺人者ではなく、ある場所に普通の友人として落ち着いている正体の見えにくい殺人者として本書は非常に個性的である。ただあまりにも細かな日常描写、心理描写、今となればやはりこのスローテンポ、この淡々としたモノトーンというあたり、どうしても時代の距離感を感じさせるかもしれない。

 殺人者の孤独を執拗に描いた作品だから、本来は暗黒小説に類するものなのかもしれない。なのにここに感想を上げるのは、暗黒小説部屋に並ぶ名作・傑作の数々と肩を並べるにはぼくとしては少し荷が勝ち過ぎるかと思えたからだが、これはぼくの印象。大戦後ロスで起こった帰還兵である殺人者のノワールという設定自体に興味を持たれる方は是非ご賞味願いたい。

(2003/08/02)
最終更新:2013年04月28日 11:49