炎 流れる彼方



題名:炎 流れる彼方
著者:船戸与一
発行:集英社 1990.7 初版
価格:\1,400(本体\1,359)

 新会議室における記念すべき読書感想の第一作は、やっぱり大好きな船戸の新作で行ってしまう。というわけでもないのだ、本当は単に昨日読み終わったから今日アップすることになったというのに過ぎないのだ。

 この本を読む前にある方から「最悪」という感想を受け取っていた。だからページをめくるたびに、脳裏に最悪という言葉がひるがえってぼくを脅迫しつづけていた。期待しないほうがいいのだ、きっと最悪の本なのだ、何度自分にそう言い聞かせたことかわからない。しかしそのわりにストーリーは盛り上がり、ぼくはのめりこんでゆく。いや、いけない、この本は最悪なはずなのだ。そう言い聞かせるのだが、ぼくの感性はどんどんのめり込んで作品に引きずられてゆく一方なのだ。

 結果。大変面白い本なのである。人の感覚は千差万別だが、ぼくにとっては大変面白かった。さすが船戸と唸らせられたのである。

 ひとつにはぼくが格闘技ファンであるということもあるかもしれない。このストーリーには、ラスベガスでのボクシングでのミドル級タイトルマッチのシーンがあって、前半はこれに向けて身を引き絞ってゆく一ボクサーの姿が描かれてゆく。語り手の日本人青年は少林寺拳法の教師で彼の親友という設定だ。

 後半は一転してボクサー一家と、傭兵25人を擁する冷血な工作員との追想劇となる。クライマックスとなるカナディアン・ロッキーの麓での雷鳴の中の銃撃戦まで、すっかり読者は引きずられることになるだろう。

 内容はともかくいつもの調子の無国籍アクション・シーンが連発される。会話は例によって毒々しく、キャラクターはひとくせもふたくせもあるという男女ばかり。ぼくは船戸の作品に接するとき、どうしても西部劇を見ているような妙な感覚に陥ってしまう。時代と文明に取り残された極限での人間たちの闘い模様がそこにあるのだ。船戸作品の舞台に都会よりも荒野がよく似合うのも、そういうトーンが色濃くにじみ出ているからなのだと思う。まあ、どちらかというとペキンパー映画の好きな人向けの、文句なしの娯楽アクション巨編なのである。

(1990/09/02)
最終更新:2006年12月10日 23:33