約束 K・S・Pアナザー
題名:約束 K・S・Pアナザー
作者:
香納諒一
発行:祥伝社 2015.09.10 初版
価格:\1,850
待っていた作品をついに読んだ。そう思うくらい満足感が大きかった。香納諒一の作品に求めるものは一つに人間、それ以外の何ものでもない。人の生き方は、自分ですべてを決められるものではない。でも決められた運命の中でも、あらゆる境遇や状況を超えて選択してゆく道が人にはあるはず。獣は、生きるため、種の保存のためにだけに何かを選択するように遺伝子に仕向けられていると思う。しかし、人間には他者のために命を投げ出すという選択が残されている。たとえそれが親子血縁でなくても。
世の中の冒険小説やハードボイルドを読む時間、ぼくらがそれらの作品に求めているものはそうした人間らしい選択であり、そうした選択肢を持てる人という種の誇りであるように思う。だから、プロットということがすべてなのではないのだ。しかし、プロットというものがそうした人間の究極の選択肢を迎える方向に活きるものであるのなら、それは一気に心を打つ物語に変わることができる。
世の作家には、プロットだけで生き延びてゆこうという人が多すぎる。確かにエンターテインメントはそれだけで成り立ってしまう。面白いコンゲーム。あざといまでの仕掛け。どんでん返しによる驚愕と、伏線の多様さ、等々、技術による小説は世界を席巻していると言っていいほどである。しかし、そういうやり方では描き切れない何かがある種の作品たちに命を吹き込む。それらは、ぼくら読者の心の中にずっと残る。世の中のベストテンや、書店の扱いとは関係なく、ずっと自分という心の書棚にそれは常に輝きを帯びて残る。
だからそうした作品が書ける作家には書いてもらいたい、というのが読者の欲求。ぼくがある作家を追い続けるのには理由がある。こうした人間を描く作風を備えた作家とそうでない作家とが世の中には確実に分断されて存在する。ぼくは一方の作風しか追いかけない。力量とか技術とかそうしたものではない。あくまで書こうとする方向に誇りを持ち意志を持つ作家のことである。
香納諒一という作家はそういう優れた書き手の一人である。ぼくは生涯応援してゆこうと思っている。そういう作家は実は何人もぼくの中にいる。そうした作家たちがこうして優れた作品を生み出してくれるとき、ぼくは最上の喜びを感じる。
本書は、ある不幸な運命に弄ばれる少年と出会った一人の男の生き様を描いた作品である。K・S・Pシリーズの一環でありながら「アナザー」と銘打たれたスピンオフ作品でありながら、実はK・S・P所属のある個性的な刑事を配置し、作品全体に途轍もない恐怖と緊張感を与えている。スリリングなシーンも、アクションシーンもちりばめながら、エンターテインメントとしてしっかりした構成にもなっている。それでいてツボを抑えている。いくつかの情景が読後半年を経た今でも、フレンチノワールの名シーンのように脳裏に蘇る。
昨年の『このミス』ではぼくは本書を一位に推した。他の選者が何を選ぼうと、売れっ子作家が何を書こうとぼくの評価は決して揺るがないことを『約束』する。
(2016.03.10)
最終更新:2016年03月10日 12:41