傷だらけのカミーユ
題名:傷だらけのカミーユ
原題:Sacrifices (2012)
作者:ピエール・ルメートル Pierre Lemaitre
訳者:橘 明美
発行:文春文庫 2016.10.10 初版
価格:\840-
まず書店でこの本を手に取りショック!
カミーユ・ヴェルーヴェン・シリーズが本書で完結するとは想像の外だった。そんなことは既刊二作の解説に書いてあったろうか? 記憶にない。書いてあったとしてもそれを拒絶させる引力が、カミーユという男にあったのに違いない。
カミーユ・ヴェルーヴェン、身長150cmに満たず、頭は禿げ上がっているが、やり手のベテラン警部である。仕事場では手を抜かず凶悪な犯罪に立ち向かう正義漢であるが、一方で女性や部下への優しさ、内に秘める熱情や愛情などを読み解くにつれ好感を覚えてしまう不思議な味のあるキャラクターだ。
なのにそのヴェルーヴェン最後の登場作となるとは、あまりに残念無念である。本書は、二作目の『
その女アレックス』を読んでいなくても楽しめるが、できれば一作目の『
悲しみのイレーヌ』は読んでおいた方が良いと思う。カミーユを取り巻く警察内環境や、部下たちとのやり取りなどに馴染みがでるばかりではなく、重要な続編ともなっているのが本書だからである。
情深い男であるにも関わらずどこか虚無的な諦観に包まれた気配を醸し出すカミーユ。彼がそのように影を抱えることになったのは『悲しみのイレーヌ』のショッキングな事件に起因しているからでもある。
三部作(これで終わるとしたら)に共通するのは女性への残酷さである。残酷さに運命を弄ばれ、人生の様相をがらりと裏返されてしまうというのは、実は三部作のみならずこれまで邦訳されたルメートル作品のすべてに及ぶものであるのだが、とりわけカミーユが出くわす三つの作品の三つの事件は、すべて残酷な暴力によって血なまぐさく演出されてゆく。
本書も例外ではない。それどころか最初の残酷な運命に晒される女性アンヌ・フォレスティエの下りは眼を背けたくなるほどの過酷さ。そしてそれこそが本作において重要な要素であるとも言えるのだが、『その女アレックス』の過酷な運命がある意図によってなされたのと同様に、本書もそうしたツイスト要素を持つ、ルメートルならではの意外でショッキングなストーリーだ。
読後に最初のシーンを読み返すとまるで別のものとして読めるとは、巻末解説の池上冬樹言うところだが、何度でもこの離れ業を仕掛けてみせるルメートルという作家、只者ではない稀代のストーリーテラーである。次作があることを期待したいが、本当のところこのペースでのどんでん返しを連続させるのはさすがに同じ作者の中では無理なのではないか?
そう思わせるほど、質の高い裏技の三連続シリーズであったわけだ。
世界を震撼させたカミーユのシリーズの衝撃はミステリ史に残る奇跡でったことは間違いあるまい。
(2016.10.21)
最終更新:2016年11月21日 16:21