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新宿花園裏交番 坂下巡査




題名:新宿花園裏交番 坂下巡査
著者:香納諒一
発行:祥伝社 2019.3.20 初版
価格:¥1,600-



 本書を開くとき、ぼくは最初に二つの強い好奇心をもって望んだ。

 ひとつは、交番の巡査を主人公にしたりして、に事件を解決する小説が成り立つのだろうか? とのこと。友人でもある作家・太田忠司が、かつてデビュー作『僕の殺人』でそれをやったことがあるが、本格推理のジャンルなのであまりリアリティは求められなかったように思う。だが謎解き以上に事件の背景や人間たちの生き様に物語の軸を置くハードボイルドというジャンルに於いては、交番の巡査という主人公設定で全体像をどう紡いでゆくのだろうか? おそらく相当のアクロバットが求められるはずだろう、ということ。

 もう一点は、地域限定性である。交番の巡査の物語だからこそ、特に巡回地域が決まっており、そこからどう物語を広げることができるのか、という興味である。このタイトルが示している「新宿花園裏交番」は個人的にはとても魅力的な場所である。できればこういう場所を舞台にした本を読みたいと常々思っているし、香納作品では、新宿を舞台にした小説(新宿歌舞伎町特別分署KSPシリーズ、鬼束啓一郎シリーズ等)が少なくないので、やっぱり期待してしまう。東京で夜を過ごした個人的な日々は、やはり懐かしい。冒険小説協会本部として内藤陳さんがやっていたゴールデン街の<深夜+1>を初めとしてゴールデン街や歌舞伎町の酒場、<ピットイン>をはじめとしたジャズハウスに入り浸っていた頃。西新宿で仮の住まいに生活したいた頃。いろいろ個人的な因縁のある、そして愛すべき街なのである。

 さて本書は一つの長い長編のように見えるが、事実上、四季でサブタイトル分けされた連作中編小説集と言ってよい。例によって凝りに凝ったストーリーが面白いばかりか、何と言っても登場人物たちが魅力的である。交番の巡査を起点にどう物語が展開するのかという当初の不安は、予想通りのアクロバティックなストーリー展開や、主人公に関わる魅力的なバイブレーターたちの存在で帳消しにされる。何よりも街の住人たちが活き活きしていて、怪しく、かつたくましい。通り過ぎる者たちが多い交番の前にいくつもの物語は、かえって溢れかえっているように見える。だからと言って、この小説は『すすきの交番24時』のような軽い事件ばかりを扱うドキュメンタリー番組ではない。これはやはりハードボイルド小説でノワールな物語なのである。

 ビッグ・ママと呼ばれる凄腕の美人警部補・深町しのぶ。坂下巡査が元野球の監督として師事していたが現在では中堅ヤクザに身を落としている西沖達哉。本作では両者とも脇役に過ぎないが、本来なら主人公であってもおかしくないくらいに個性的で魅力的なキャラクターだし、彼らが主人公である方がストーリーテリングはずっと楽だったのではないだろうか。それなのに敢えて交番巡査の目線を通して彼らを、そして事件を語らせるというアクロバティックな手法にこそ、この一冊に与えられた魅力が生成されているのである。

 街の一部にひっそりと佇む交番と、常に制服制帽に身を包んでいる目立つ存在である巡査の目線という限られた視点からの物語だからこそ、街そのものの活き活きとした様相が目の前に浮かんでくる気がする。怪しげな路地裏やネオン煌めく雑踏の中にあっても一際目立つ制服巡査という存在だからこそ、この作品は他に類のない個性を獲得する。極めて稀有な下から目線のハードボイルド。それは捨て難い魅力と面白さに満ち溢れた新しい世界なのだった。新宿、またはそれに類した場所の好きな方は、是非この小説を手に取ってノスタルジーに浸って頂きたい。

追記1:最後に、個人的にないものねだり。巻頭に新宿の地図があると良いだろう。この小説の舞台となった場所を知っている方にとっては、個性的な通りの名前など確認しながら、ああ、あそこ、知ってる知ってる、と現実世界に繋げて想像しやすいし、全くこの場所を知らない方にはこの魅力的な(?)場所を地図でイメージしやすいし、もしかしたらこの小説の舞台を歩くプランなど組みたくなるかもしれない。それほど、この作品は現実の街と密着しているように思う。交番から始まる物語だからこそ、そう感じさせるものが強いのだろう。

追記2:さらにないものねだり。海外小説では、必ずと言っていいほどあるのに、国産小説では、あまり提供されていなのが、巻頭の登場人物一覧である。本書に限らず、人物関係図が凝ったプロットを特徴とする作品の場合は、姓名だけでは咄嗟にその人物が特定できなかったり、他のキャラクターと間違えて読み違えてしまうことが(ぼくだけ?)結構あり、時には人物確認のためにページを繰り直さねばならない。スムースに物語の流れを追うには、キャラクター一覧で即座に確認できるだけで、相当にストレスが減るように思う。一気読みの場合は未だ良いが、事情により飛び飛びで読む場合は、時に最初から読み返さねばならない場合もあったりする。文庫化などの折には本書に限らず是非地図と人物表のサービスもご検討頂いては如何だろうか。

(2013.3.15)
最終更新:2019年03月15日 12:11