沈黙の少女




題名:沈黙の少女
原題:Still (2014)
著者:ゾラン・ドヴェンカー Zoran Drvenkar
訳者:小津薫訳
発行:扶桑社ミステリー 2019.7.10 初版
価格:\1,080


 読み終えた途端に、「彼ら」に関する叙述をすべて読み返した。これまで読んでいたものは自分の読んだと思っていたものと全く違っていたことを知る。それが終盤になってわかる。いわゆるどんでん返し。トリック。叙述と構成がもたらすストーリー・テリングの奇妙に捻じれた世界。

 饒舌な小説ではない。ある緊張感が全編を満たす。日常生活からアウトランドにはみ出した者たち。自由意志であろうと、強制された形であろうと、登場人物のほぼすべてがそのようにカテゴライズできる。

 非日常生活を象徴するのが、冬という季節、凍りついた湖と、その周囲に広がる森、そして古びた小屋。小屋には狭い地下蔵が用意されている。

 小説を緊張させる重要な要素は、誘拐される子供たち。彼らは地下蔵に収容され、一人一人が髪の毛をつかまれて持ち上げられてどこかへ消えてゆく。雪の森の中での異常な世界。何が起きているのか? 緊張感が高まるというより、全編子供とその父親の復讐をめぐる張り詰めた時間を物語が進む。そう、最初から最後まで。気が休まることのない張り詰めたプロットが。

 世界中で今、書かれ、また読まれているミステリのあまり珍しくなくなった素材としての小児性愛、小児虐待、を材料にした小説と見える全体を覆う重苦しさ。しかし「彼ら」も、本作全体も、実は見た目通りではなく、物語はもっと巨きな時の歯車に推されて動く、とても見えにくい暴力装置を描いたものである。その象徴とされるのが、凍りついた湖であり、閉ざされた冬という季節なのだ。

 狩人として森に散ってゆく大人たち、子どもたち。父親としての復讐に燃えた主人公は、単独で秘密のグループに潜入を開始する。読者は主として彼の叙述する「わたし」と生存した被害者少女の「きみ」の章につきあってゆくことになるのだが、登場人物たちには見えていない「彼ら」を含め、複数人称かつ複数時制によるトリッキーな仕掛けが小説全体を覆っていることが、本作の一番の読みどころとなる。

 張り詰めた品格のある文体に、ドイツらしい生活風景と、北ヨーロッパの冷たい冬。独特の音楽的味わい。極めて稀有で印象深いミステリー作品である。

(2019.07.19)
最終更新:2019年07月20日 07:09