カリ・モーラ
題名:カリ・モーラ
原題:Cari Mora (2019)
著者:
トマス・ハリス Thomas Harris
訳者:高見浩訳
発行:新潮文庫 2019.8.1 初版
価格:\890
ハンニバル・シリーズを完結させてから13年も鳴りを潜めていたトマス・ハリスが帰ってきた。それもレクター博士シリーズのようなサイコ・サスペンスではなく、初期の『
ブラック・サンデー』のような国際テロ小説でもなく。作者が現在生活し、その地に魅力を感じてやまないマイアミを舞台として、犯罪者たちの激闘をブラックでアップテンポな筆致で描きつつ、ひとりのニューヒロインを際立たせたエンターテインメント小説という形で。
本書は、『スカーフェイス』でお馴染みの、実在のコロンビア麻薬カルテル王パブロ・エスコバルがマイアミに実際に遺したとされる豪邸が軸となる。現在では何代目かの持ち主によって取り壊されてしまったらしいが、小説の世界では、その地下にあるばかでかい金庫には金塊の山が眠り、これをめぐって犯罪者どもの強奪戦が展開される。
その一方の悪辣な側の先頭に立つのが臓器売買を生業とするサイコパスのドイツ人で、その買い手を含め、あまりの異常さに吐き気を催したくなるほどでありながらどこかブラックなユーモアで包んでさらっと描いているところに作者の変化が見られる。重厚なゴシック・サイコ・ミステリーではなく、あくまでアクションを主体とした争奪戦というゲームの盤上にいるかのように。
訳者はまるで
エルモア・レナードのよう、と書いている。まさに多くの悪党どもがしのぎを削り合い、化かしい合うアクションと殺戮で重ねてゆくハイテンポな展開と、からりと明るい陽光と海辺という舞台など、かつての暗いハンニバル・シリーズとは対極を成すかのようである。
ヒロインのカリの出自を描くシーンで、中南米からメキシコを経由してアメリカに密入国する手段としての<野獣>と呼ばれる鉄道のことが描かれている。機を同じくして翻訳されたばかりの
ドン・ウィンズロウ『
ザ・ボーダー』でニコという少年が辿る南米からアメリカへの脱出方法として実は印象深い<野獣>。鉄道の屋根に飛び乗って移動するこの危険極まりない方法は、銃撃や転落などが頻発し、成功率が低く、鉄路近辺には子どもたちの手足が散らばっている、などと本書でも描写されている。
ウィンズロウの描いた過酷なメキシコの麻薬戦争を尻目に、本作では、ヒロインであるカリ・モーラは<野獣>ではなく、運よく空路にてマイアミへの移住を果たしている。トランプ政権下で移民として生きる苦境と、それに抗う主人公の生活については作中でしっかり語られる。彼女が手をかける野鳥たちの環境保護活動もプロットの最重要武器として含めつつ、トマス・ハリスがマイアミに生活しながら実際に感じているであろうリアルを、作品というフィクションの海に、錨のように降ろしているのではなかろうか。
何はともあれエンターテインメトとして巻置く能わずの面白さである。何も考えずひたすらマイアミの太陽と青い海に身を委ねてみては如何。少々チリが効き過ぎのきらいはあるが、カリという25歳女性の魅力は日々の読者の内外のジレンマを、きっと、すきっと、払拭してくれるはず。
(2019.08.20)
最終更新:2019年08月20日 13:43