ブラックバード
犯罪者と少女の物語。いくつか思い当たるその手の映画がある。『レオン』。『ペーパームーン』。本書は、それらの映画と共通した風を感じさせる。少女の心の荒野。愛情に植えた小鳥のような心象風景。そして破天荒だが愛すべき存在として自分が頼るべきオヤジ、または父親的存在。
この物語での父親役は、職業的殺人者である。否。そもそもがサイコパスの殺人鬼である。8歳の少女と、この男の出会いは乱射現場。卵アレルギーのエディソン・ノース(おそらく偽名)は、マヨネーズを入れたハンバーガーに抗議したレストランで店員の対応に腹を立て、銃を乱射しまくる。なぜか泣いていた少女クリスチャンを連れ去る。二人の物語の幕開け。クリスチャンは<Xチャン>とエディソンに呼ばれる。
およそ10年の道行き。北米大陸を東へ西へと移り行き、異常者を使いまわす暗黒組織らしきものとの駆け引き、闘争、逃走に明け暮れる。元はその組織の一部であったエディソンは、少女Xチャンをも巻き込み、殺伐とした世界の同居人として、育てあげる。二人とも半端ではない危険に晒される。文字通りの満身創痍。
そもそも二人ともに満身創痍でスタートした人生という共通項を持つ。親に迫害され追いつめられた幼少期。男は父を殺し、少女は家に帰る意志は全く示さない。そんな二人のロード・ノベルである。
国家レベルでの陰謀が、暗殺者たちを掻き集める。異常者たち。冷血。残酷。無慈悲。徒党と
裏切り。疑心に満ちた油断のならない日々が物語を占有してやまない。タイトルのブラックバードとはこの正体のつかめない組織のことだろうか。カラスの群れではなくメドウラーク。それとも二人の不安を象徴する何者かであろうか。
男と少女の会話がいつも行き違っているかに見える。それでいながら心に届き合うものが幽かに感じられたり、そうでなかったり。困難な話題と行方知れぬ意見交換。哲学的と言ってもいいくらいの会話。時には感性をぶつけ合う。ストレスと警戒心に満ちた日々が続く。
ゲームデザイナーである作者マイケル・フィーゲルは、この作品を1999年に書き始め、2017年に出版させた。18年を費やして少しずつ書き溜めていった壮大なデビュー作である。小説の中で経過する時間は10年。エディソンは徐々に歳を取り、8歳の少女は18歳に成長する。男と女の関係ではなく父と娘のような疑似家族と言える関係。それでいながらお互いが必要な。
状況小説と言おうか。実験小説と言おうか。その状況がドラマティックであり、この状況を仮定とした実験小説とも言える。そこが何よりもぼくの趣味である。形而上的小説のようでもある。哲学的な考察を繰り返している二人のようにも見える。決着点は最後に訪れるが、未だすべては続いてゆくようにも見える。続編が書かれてもおかしくないように見える。現在執筆中のものは他の物語らしい。またも実験小説の気配。
独り立ちしたXチャンにもいつか再会してみたい。そんな愛情を持たせてしまうキャラ中心の物語。ぼくは人間を軸にした物語が好きだ。この作家の文体が好きだ。ポップでいかしていて、リズミカル。それでいて妙に潔い。エディソンが好きだ。Xチャンが好きだ。これだけでもう十分ではないか。
(2019.08.26)
最終更新:2019年08月26日 14:04