さすらいのキャンパー探偵 降らなきゃ晴れ





題名:さすらいのキャンパー探偵 降らなきゃ晴れ
著者:香納諒一
発行:双葉文庫 2019.08.11 初版
価格:¥620

 辰巳翔一のその後を描いた中編シリーズの開幕である。

 この探偵には、既に三つの顔がある。写真週刊誌カメラマン。私立探偵。そして廃墟カメラマンだ。香納諒一が小説家として踏み出して間もない頃、この探偵は初めて生み出された。既に中年という領域に足を踏み入れていたぼくの眼には、若い作家の作品とは思えないくらい、大人びた作品としての仕上がり具合に驚かされている。絶賛したくなったのが『春になれば君は』(文庫化に当たって『無限遠』と改題)である。

 その頃は写真週刊誌カメラマンの立場を追われてやむなく探偵家業に追いやられるという傷ついた役柄であった辰巳翔一。彼はその後『虚国』(文庫化に当たって『蒼ざめた眠り』と改題)で、廃墟カメラマンとして復活。何と廃墟を集めた写真集がそこそこヒットしたという設定。そして彼は事件に巻き込まれ、またもや探偵としての天性の能力を発揮して去ってゆく。

 この新シリーズでは、カメラマンという職業を探偵に被せることによって、旅する探偵という設定をイメージさせている。いわゆるシリーズ映画がそうであったように、不滅のヒーローは、日本のどこの場所に顔を出してもおかしくないというシナリオを、辰巳翔一も見事に手にしたわけである。

 そもそもが、日本の土地や風景、またそこに住む人間たちの描写の中に、現代という時代を描いているシリーズでもある。新に作られる街と、滅びゆく建築物。それらのどこか寂しい、時の墓場のようなイメージとしての風景群は、辰巳翔一の眼を通して印象的なネガに焼き付けられているかに見える。それはかつての二つの長編でも、この中編集でも共通する日本の現在という地平であるように窺える。

 それらの風景を訪ね歩く道具として、ついに辰巳翔一の足となったのがワーゲンバス。本書を皮切りに三か月連続で出版されることになったこの『さすらいのキャンパー探偵』という驚きの設定は、われらが主人公にキャンパー探偵という第四の顔をもたらしたようだ。

 キャンピングカーに魅せられているらしい作家自らの分身的意味合いはますます強くなり、作家人生の初期に作り上げた探偵像は、今も三十代という設定でありながら、過去の精神的古傷を引きずりつつ、現在の事件に果敢に関わってゆく。

 作者特有の、一行一行手作りで仕上げてゆく丁寧な文章は、短編でも中編でも同様に際立つ。緻密な構成という横軸に、無骨だが芯も弱さもある男の人生という縦軸を絡ませて、完成度の高いタペストリーを編み上げてゆく。三作ともにミステリとしてのアイディア、構成力、意外性含めて、完成度が高い。ますます円熟味を増した作家による、愛すべきキャンパー探偵は今も書き継がれているロング・シリーズとなってゆくらしい。

 今月も来月も新刊が出るという。エキサイティングな読書の秋となりそうだ。

(2019.09.09)
最終更新:2019年09月10日 15:20