ケイトが恐れるすべて




題名:ケイトが恐れるすべて
原題:Her Every Fear (2017)
著者:ピーター・スワンソン Peter Swanson
訳者:務台夏子
発行:創元推理文庫 2019.07.31 初版
価格:¥1,100


 この作家を一躍有名にした『そしてミランダを殺す』を読んでいない。昨年の『このミス』2位となったことで気にしているのだが、ぼくの側の環境が変化した。現在の新刊を追うことで手いっぱいの多忙な日々となり、いろいろと遅れを取っている。

 しかしこの作家の凄みは、本作でも十分に味わえる。とても完成度の高い、幻惑に満ちたスリラーである。主人公がケイトというヒロインであるのは間違いないが、実はケイト以外の視点にストーリーはダイナミックに移動する。ロンドン在住のケイトが、会ったことのないロンドン在住の又従兄弟コービンと、半年間住居を交換し合うという経緯からすべては始まる。最初からタクシーでトンネルに入り込んだケイトが暗闇に対しパニック障害を起こすというイントロも、どこかヒッチコック映画を思い起こさせる伏線のように思える。

 そして新居に着いた途端、隣室でその住人女性の遺体が発見される。完全な巻き込まれ方殺人事件と単純に思われるが、ストーリーテリングは空間と時間の歪みを自在に辿りつつ、視点と時制を変えて、物事が見た通りでは決してないということを読者に知らしめる。

 真犯人しか知り得ない真実への経路は、時空の視点を変化させつつ、語られる作者の作品展開であり、実は何よりもそれこそが本書の優れた離れ業とも言える。凡百のホラーやサイコに陥ることを嫌い、ある異常な真犯人による凝りに凝った執着と異様なる性癖を、語り口によるスリリングな解き明かしによって描いてゆくのだが、これがむしろストレートなホラーよりもずっと怖い。背筋に何かが這い回りそうな、脂汗ものの嫌な種類の恐怖を感じさせるのだ。

 視覚や聴覚、嗅覚や触覚にまで訴えてくる感覚的な怖さ、なのである。それでいて構成の妙で読者はぐいぐいと引き込まれてしまう。主要登場人物は多くはないのだが、それぞれに個性的であり、謎に満ちた疑わしい人物たちが、ケイトも読者をも幻惑させるかのように入れ代わり立ち代わり出現する。誰が誰であるのか? そんな足元さえぐらつきかねない懐疑は、やはり皮膚感覚的に怖い。

 虚実入り乱れるとは、本書のような作品展開を言うのだろう。驚愕のスリラーであることを請け合いたい。個人的には『そしてミランダを殺す』も射程に収めておくことにしよう。

(2019.10.30)
最終更新:2019年10月30日 15:16