堕落刑事



題名:堕落刑事 マンチェスター市警エイダン・ウェイツ
原題:Sirens (2017)
著者:ジョセフ・ノックス Joseph Knox
訳者:池田真紀子
発行:新潮文庫 2019.09.01 初版
価格:¥940


 イギリス生まれのノワール、というのが意外だ。誰かが本書をレビューして馳星周のようだと書いていたが、なるほど日本でのノワールだって他所の国の人には意外と思われていたかもしれない。ノワールは出所は、フレンチ、やがて大西洋を渡り、アメリカではジム・トンプソン、ジェイムズ・エルロイへと受け渡されてゆく。そのエルロイにべた惚れし、その文体やリズム感を受け継いで才能を開花させたのが馳星周だということは、作家以前の彼から惹き出したぼくの私的類推。

 さて、そうした流れとはきっと何の関係もなく、一匹狼のマンチャスター市警の警察官が、ヤクザ組織に潜り込み、そこである重要人物が殺害されるという事件に巻き込まれ、四方八方から追われつつ、真相を究明するという凄くスリリングなストーリーである。本書の解説では残念ながら殺害されてしまう重要人物までも明らかになっており、これ自体が中間章ネタバレなので、未読の方は是非解説を先読みしないよう留意されたい。

 とにかく主人公の潜入刑事エイダンが救われる可能性はあまりにも低いように思われるところが本書の凄さだ。生き延びるためのただ一つの道は、暗闇の中の曲がりくねった隘路のようにしか思えない。それほどスリリングで危険で、命からがらの旅がエイダンと読者とを待ち受けている。

 悪党どもの個性と癖の強さも本書の売りと言っていいだろう。裏切りと暴力と血と暗闘に満ちた、警察と暴力組織と。一見泥にまみれた誇りもくそもない負け犬刑事のエイダンが、誇り高き騎士に見えてくるほど、世界は汚泥に塗れ、暗闇の中で若い男女の血を啜ろうと待ち構えるまるで吸血鬼みたいなのだ。

 まさに社会の裏側を走る暗黒小説であり、そこをタフに泳ぎ抜けるか否かを見極めるスリルに満ちたアクションと駆け引きの物語。エンターテインメント性でともかく群を抜いたシリーズの登場にまずは文句なしの喝采を贈りたい。若き書き手として楽しみな英国作家の登場である。彼が本作を仕上げるのに八年を費やしたと聞いただけで眩暈がしそうになる。作家的資質の他に、なみじゃない根性の持ち主でもあるということだ。なるほど!

(2019.12.20)
最終更新:2019年12月20日 16:15