殺しの許可証 アンタッチャブル2
題名:殺しの許可証 アンタッチャブル2
著者:馳星周
発行:毎日新聞出版 2019.11.30 初版
価格:¥1,800
馳星周も円熟期を迎えてか、
奥田英朗や海堂尊のようなコメディ・ミステリも書くようになってきた。しかも内容とエンターテインメント性をたっぷりと備えて。本書は最近の馳星周の代表格ともなってきそうなアンタッチャブル・シリーズの第二作。
作家になって間もなくの頃、章立てまで含めたプロットを念入りに作ってからでないととても小説を書けないと、当人から耳にして驚いたことがある。一見、ちゃらんぽらんな兄ちゃんにしか見えないこの人が(失礼)、実は準備に時間をかけてから一気に書く、という人だったのである。思えば、彼はヴァクスやエルロイなどのノワールが好きで、中でもヴァクスの作品主人公無免許探偵バークを、「あいつはへなちょこだからよいんだよ。へなちょこだからいつも生き残れるんだよ」と言っていた。馳本人も自分をへなちょこで臆病だから、プロットを作らないで書くなんて度胸はとてもないんだ、と。
だから彼の作品は念入りに構成され、ストーリーは練りに練られているものが多い。書いているうちに勢い余ってプロットからはみ出すことだってありそうだが、果たしてあれから30年近く経過した今、ベテラン作家の名をほしいままにしている馳星周がどのような心境と方法とでこのような新たな地平を創作世界に展開しているのかその舞台裏はわからない。
さて、本書、雑誌連載後数年を経過している割には、なぜか現代の日本の抱える問題、まるで映画『新聞記者』のような題材をストレートに抉っている。現政権の愚かな広報活動、内調の暗躍、公安の怪しさ、そうしたものを真向パロっているのだ。笑えるコメディでありながら、そのブラックなパロディ部分は、もしかしたらヴェトナム戦争真っ只中のアメリカで映画や小説を席巻したあのブラックなパロディ文化と共通するものなのかもしれない。
危機的状況すら感じられる長期政権や、もはや死に体としか言い得ない国内メディア、それを他人事のように諦観し選挙などはなから見向きもしない多くの国民たち。現在の日本が陥っている袋小路のようなこの閉塞感を、ブラックなパロディ小説という劇薬に込めて社会に放った、これは作家なりの精一杯の態度なのかもしれない。
馳星周は自分で言うほどへなちょこではなく、ガツンと一本の芯の通った男である。日高育ちの若年の頃から早々と自立して、実は東京は新宿のゴールデン街でのし上がった男なのだ。
さて本書は、官邸が政敵を暗殺しているという情報を探るため、主人公宮澤が内調に潜入捜査する物語である。捜査一課から公安のアンタッチャブル椿の元で日々辛酸を舐めさせられた主人公宮澤だけが、まともな人間で、他は誰をとっても個性の塊であり、かなり一般からはかけ離れた凄いキャラクターばかりである。
事実上の主人公ともいえる大富豪椿家の坊ちゃま、警察トップを狙える立場にもあるその父親やコミカルな執事、宮澤の多情すぎる婚約相手、やその異常なる家族たち。宮澤以外はすべてオリジナリティ溢れる、しかも魅力的なキャラばかりである。彼らと、「正常な」宮澤との感覚のずれが各所で笑いを引き起こしつつ、ブラック極まなりない丁々発止を引き起こす。それも大スケールで。
分厚いソフトカバーだが、思いのほかのページターナーで、あっという間に読了してしまう。かつてのノワールに捉われずとも馳星周は脱皮している。円熟味を増したこの作家の新たなテイストを是非ご賞味あれ。
(2020.01.14)
最終更新:2020年01月14日 15:36