監禁面接
題名:監禁面接
原題:Cadres Noirs (2010)
著者:ピエール・ルメートル Pierre Lemaitre
訳者:橘明美
発行:文藝春秋 2018.08.30 初版
価格:¥2,000
出版当時ハードカバーだったし、あんまり行けていない邦題だと感じたのでパスしたのだが、その後も他のルメートル作品(すべて初版が文庫本)を読んで外れがないために、Amazonで古書を漁って廉価で取り寄せるに至る。でもポケミスなども比較的新しい翻訳小説は¥2,000を超えるものも珍しくない現在、ハードカバーは高いという旧来の概念はそろそろ見直すべきなのかもしれない。
閑話休題。邦題はともかく内容は完全なるページターナーであった。いつもの警察小説と違って、どこにでもいそうな小市民的五十代男性が主人公である。元は中堅どころの人事系管理職であったのが、フランス国内で拡大する人員整理の流れを受け失職、応募先の企業で奇妙過ぎる採用面接を受けることになる。面接中に襲撃を受けるという状況を作り出し、そのシミュレーションを通して5人の採用候補面接の能力を見極めるというもの。まさにタイトルはここにあるわけだ。
主人公は人質になる側ではなく、採用側職員候補としてここに望む。人質たちのビッグ企業ではなく、人事業務の請負会社の側である。採用側と応募者側の同時選別シミュレーション。こう説明しても難しいと思うのだが、読んでゆくと必ずしもそれだけが物語を構成する主題ではないことがわかる。もっともっとずっと面白いものが満載なのが本書なのだ。
人質シミュレーションの実際を時間軸の中心に据えて、作品は「そのまえ」「そのとき」「そのあと」の三部構成になっている。ちなみに「そのとき」が一番短く、そこに至る経緯、そこでの驚愕の展開、そのあとの予測のつかないどんでん返し、と、結局はいつものルメートル劇場に喝采を贈る結果になること請け合いの不思議フレンチ(ノワール)ミステリーなのである。
ちなみに原題は「黒い管理職」。犯罪小説というより企業と個人とのコンゲームに近い小説であり、それ以上に、家族や友達との絆の物語でもある。とりわけどのページにも主人公の愛や友情が半端ではなく、だからこそ、突然の暴力や脅迫や守るべきものの多さ、失ってしまうことの悲しみ、などの感情面の起伏が小説を毛緊迫した時のなかに閉じ込めている。それゆえに疾走感のある読書タイムがぼくらにはもたらされるのである。
逆転不能の状況をどのように切り抜けるのか、主人公の大して特殊能力も持たない人柄や弱い性格、予測不能の博打に打って出る無謀さなど、はらはらし通しの第三部「そのあと」は目を背けたくなるピンチの連続。どんでん返し小説だろうとの予測の中で全くそのトリックやストーリーが読めないところもルメートルならではの魔術的手腕である。
最後は少し涙が出そうになった。愛と友情の深さや強さ。そういうこともしっかり描き切ってくれるところが、大人の小説を感じさせる本書なのである。うーむ。
(2020.01.16)
最終更新:2020年01月16日 15:34