贖いのリミット




題名:贖いのリミット
原題:The Kept Woman (2016)
著者:カリン・スローター Karin Slaughter
訳者:田辺千幸訳
発行:ハーパーBOOKS 2019.12.20 初版
価格:¥1,234


 さて自分としては珍しく順不同で最新作だけ齧っている捜査官ウィル・トレント・シリーズ。『ブラック&ホワイト』に継ぐシリーズ第8作は、ウィルの行方不明の妻であり過酷な過去をウィルが共有してきたらしいアンジーの事件。

 男性捜査官ウィルのシリーズとは言え、実際は彼を取り巻く個性派女性たちが持ち回り主役となるこのシリーズ。女性らしい感性と容赦のなさで惨憺たる殺人現場を軸に捜査と葛藤と闘いが始まる。心理戦と、暗躍する女たちと、ウィルを獲り合うサラとアンジーというデリケートな恋愛模様にも深みというだけではない捻じれのようなものを感じさせるこの作者独特の世界観を感じる。

 事件現場はプロバスケットの花形選手に集まるマネー軍団の企画する新しい城の工事現場で幕を開ける。血みどろの工事中巨大ビルで発見された元刑事の死体。さらに刑事を取り巻く夥しい血液は、行方不明となっているウィルの妻アンジーのもの。

 現場捜査だけで一冊の小説の厚みになるほど、時が進まないのが、あたかもパトリシア・コーンウェル検屍官シリーズみたいで、アメリカ女性作家のパターンなのかな、と感じる。とりわけ女対女のウィルの取り合いに関する心理戦、これに巻き込まれるウィルと彼の過去、と言ったところで、ストレートな時間軸の物語ではなく、作者の描こうとしているのは、彼らの棲む地軸や時間軸における世界観とその深みであるかに思われる。

 家族、血縁、そして過去。すべてはウィルやアンジーの置かれた虐待児童という過去に根差しつつ、そういう世界悪を造り出している支配階級、資本家ども、そして心を病んで暴力衝動に体や心を毒されたスポーツ界のスターたち等々、アメリカの陰影を抉り出そうという試みが見える。

 そして前半と後半で物語がでんぐり返りを見せるのだが、事の真相はさらに深く、昨今ではフレンチ逆転ミステリーのピエール・ルメートルを思わせる仕掛けで最後には読者を驚かせてしまう。やや強引な嫌いはあるものの、犯罪現場を料理してデザインしてメディアまでも化かしてしまう荒業プロットには正直度肝を抜かれた。

 残酷な暴力シーンや、有象無象のあまりよろしくない人物たちの人間関係図が描きにくいところが抵抗となる読み物ではあるが、どこにも作者の謎の伏線が仕込まれている超級のミステリーであることは確かである。重層構造で、なおかつとてもボリューミーな700ページという重量級エンターテインメントをご賞味あれ。

(2020.02.12)
最終更新:2020年02月12日 14:12