魔女の組曲





題名:魔女の組曲 上/下
原題:M'éteins Pasla Lumière (2014)
著者:ベルナール・ミニエ Bernard Minier
訳者:坂田雪子訳
発行:ハーパーBOOKS 2020.01.20 初版
価格:各¥1,000

 セルヴァズ警部シリーズ第三作ということだが、前二作が未読でも楽しめる、とのお墨付き作品。並みいるレビュワーらも一押し。そうした傑作の予感に押され、本書を開く。結果、評判は嘘ではなかった。ページを開いた途端、その瞬間から、物語の面白さに、ぼくは捕まってしまった。

 期待のセルヴァズ警部は、何と心を病んで療養休職中。彼の元に届けられる荷物も、こわごわと紐解く警部だったが、送られてきたのは高級ホテルのカードキー。その客室は、何と一年前に女性写真家が凄惨な自殺を遂げた現場であった。セルヴァズ警部は、休職中の身でありながら、事件の謎の深みに魅せられたかのように身を乗り出す。

 一方のゲスト主人公は、ラジオ局のパーソナリティであるクリスティーヌ。謎の誰だかもわからない人間からの自殺予告を受け取ったことを契機にして、いやがらせやハラスメントが職場でも私生活でもスタートする。数々のいやがらせは、時と共にヒートアップし、彼女を急激に社会から孤立させてゆく。

 セルヴァズ警部とクリティーヌとの二つの物語が、オペラの形で語られ、混乱は重層構造を示してゆくのだが、とりわけクリスティーヌへの強い悪意が半端じゃない。次第に姿を見せてくる凶暴な人間たち。また彼らを背後から操る人物が誰なのか不明なまま、敵も味方もわからぬ混沌(カオス)に追いやられてゆく。転落の物語が底を着くのはいつなのか? またその理由は何なのか? 誰が彼女を陥れているのか?

 フレンチ・ミステリー特有の、疑問だらけのエレベーター式心理サスペンス。そこにフランス南西部の都市トゥールーズを特徴づける航空宇宙産業を絡ませ、物語は地球を飛び出し、宇宙へ。そうした世界的歴史的スケール感まで絡ませて物語は緊張度を高めてゆく。組曲のクレッセント。

 セルヴァス警部は事件を解決できるのか? またその心はこの捜査活動で果たして癒されるのか? クリティーヌの地獄に終わりはあるのか? そんな二人の主人公たちと共に震える心を抑えつつページを繰る手が止まらない。

 終盤に於て徐々に見えてくる真相に対し、クリスティーヌの運命、また真犯人の目論見と計画のゴールは? 関わった人物たちを襲う容赦のない運命と、未来までを押さえつつ、巻を閉じる圧巻の真相は、長大な物語のフィナーレを飾るに相応しく、最終ページまで予断を許さぬ疾走感に満ちている。

 ぼく自身はあまり普段謎解き方面を目指さない読者であるのだが、ここまで謎解きの面白さ、またその深淵を強烈に示されると、さすがにその出来栄えに喝采を贈らざるを得ない。それを支えた作者のストーリー・テリングぶりにも当然ながら脱帽。今年のベスト作品まで狙えそうな確かな手ごたえを感じた一作であった。

(2020.03.10)
最終更新:2020年03月10日 15:21