ザ・チェーン 連鎖誘拐





題名:ザ・チェーン 連鎖誘拐 上/下
原題:The Chain (2019)
著者:エイドリアン・マッキンティ Adrian McKinty
訳者:鈴木 恵
発行:ハヤカワ文庫HM 2020.02.25 初版
価格:各¥780

 マッキンティと言えば北アイルランドを舞台にした、闘う警察官ショーン・ダフィ・シリーズでの好印象しかないのだが、驚いたことに、いくつかの賞を獲ったにも関わらず執筆の対価に合わないとしてペンを折ってしまいネット配車タクシーのドライバーに転職していたのだそうだ。そんな、と思ってしまうのはぼくだけではない。

 本作の彼の初稿(短編小説)を読んだドン・ウィンズロウは、もとより彼の才能を買っており、自身の米国エージェントを通して長編化と作家への復帰を説得したらしく、彼は本作で改めてアメリカでの出版での勝負に出たとのことである。作者自身のあとがきと杉江松恋の文庫解説にも詳しい。

 さてその力の入った実にアメリカ向けの作品が本書であり、正直、ショーン・ダフィ・シリーズのマッキンティの躍動する、あの寒々しい北アイルランドの風土と闘いの歴史の上に繰り広げられる重たい捜査模様を期待する読者は、呆気に取られると思う。

 むしろピエール・ルメートルなどに見られるスリリングな状況作り、逆転また逆転の仕掛けといった高いエンターテインメント性など、これがあのマッキンティなのかと驚くほど、それはアメリカンなエンターテインメント作品に仕上がっているのである。

 誘拐された親は次の誘拐を完了させないと我が子を取り戻せないというチェーンに巻き込まれた家族。そのシステムを構築した者の正体は? そして結末は? とまず物語構造だけで緊張関係を作り出してしまっている。

 さらにスマホ、タブレット、パソコン、アプリなど、現代ならではの道具による仕掛けが頻出と多彩な銃器によるアクション。世界中の若者に受けそうな、それこそ今にも映画化されそうな面白小説に仕上がっている。

 個人的にはショーン・ダフィの鼻っ柱の強さが好みだっただけに、マッキンティにはこの手の才能で稼いで生活基盤を手に入れて頂いたら、生まれた地である北アイルランドを素材にしたショーンの物語も末永く紡いで行って欲しいものである。 

(2020.03.16)
最終更新:2020年03月16日 17:51