生物学探偵セオ・クレイ 街の狩人




題名:生物学探偵セオ・クレイ 街の狩人
原題:Looking Glass (2018)
著者:アンドリュー・メイン Andrew Mayne
訳者:唐木田みゆき訳
発行:ハヤカワ文庫HM 2020.1.25 初版
価格:¥940

 理科系が苦手な人はタイトルを見て本書を避けようとされるかもしれないが、理科系が苦手なぼくでもシリーズ一作目『生物学探偵セオ・クレイ 森の捕食者』ともども本作をしっかりと存分に楽しめたことを保証します。前作よりも理科系とかハイテク数学系などの場面に多くページが割かれている印象はあるものの、それらがストーリーや捜査に重要な小道具の役割を果たしてくれること、またそれら小道具の斬新さ、アイディアの豊富さで、理系云々以上にミステリー・ファンの好奇心をすごく掻き立ててくれるので是非ご安心頂きたい。

 小道具ばかりではなく、セオ・クレイの持つ理系学者風の一風変わったキャラもなかなか読みどころである。譲歩せぬ理論。他社を寄せ付けぬ観察眼。犯罪現場や関係する人間たちに対するこだわりと探求力。推理力に働く強い専門性。このあたりが理系学者畑の人間を小説として活かしている個性である。しかし、それを上回るのが人間洞察力。正義感。無茶とも言い換え得る勇気。勝気。怒り。愛情。

 とりわけ本書では、テーマとなる原罪として、アフリカで頻発する色素欠乏症の人たちへの迷信による迫害という点に独特のものがあり、国際政治力学により隠蔽される人や犯罪、情報機関や政府による汚職、隠蔽、証拠隠し、証人隠し、等々、セオ・クレイの怒りの向けられる矛先には事欠かない。捜査の過程では、科学から最も遠ざかるブードゥー信仰、似非呪術ネットワークなど、黒魔術的側面に生きる人々も登場する。

 あらゆる意味で前作を凌駕するスケールと謎の深さとセネ・クレイの激怒の強さが感じられる。追跡へのこだわりとともに主人公の脱線は激しさを増すばかり。法律すれすれ、いや時には違反行為。それもとんでもなく危険性のある手段を取ってでも、この事件の犯人を駆除しようと命を賭ける。徹底した追及精神と、責任感の強さには狂気さえ窺える。

 ちなみに前作未読の方は、序章の段階でネタバレがあるので、前作から順番に読まれたほうが良いかと思われる。主人公の職場や境遇が前作とは変化しており、この先もセオ・クレイの仕事や立場はドラスティックに変化してゆきそうだ。徐々にスケールアップしてゆきそうな予感が見られる本シリーズ。フリークささえ感じさせるほど熱血漢で、しかもどこかオフビートな主人公。若き書き手による若きヒーローは、さらに新たな地平に目を向けてゆくことだろう。目を離せない。まさに油断のならないシリーズなのである。

(2020.03.21)
最終更新:2020年03月21日 13:37