開かれた瞳孔




題名:開かれた瞳孔
原題:Blindsighted (2001)
著者:カリン・スローター Karin Slaughter
訳者:北野寿美枝
発行:ハーパーBOOKS 2020.02.20 初版
価格:¥1,000



 凄い書き手であるなとは思いつつ、順不同でここ一年で三冊を読み終えたばかりの、まだまだスローター・ワールド初心者で、正直言えば、怖々読んでいる感覚が否めない。

 カリン・スローターのブームを日本で作っているのは、ハーパー・コリンズ・ジャパンという現在翻訳ミステリの救世主的存在の出版社である。今世紀になってからの新顔でありながら、今やMWA賞受賞のベストセラー作家として、邦訳新作が年間2~3作ペースで書店に並ぶというビッグネームとなっているのは注目に値する。

 『検屍官』シリーズでミステリ門外にまで新たな読者層を産み出したパトリシア・コーンウェル以来の女流ベストセラー作家であろうか。帯に作者のカラー写真が入っている辺りまでP・コーンウェルを連想させてしまう。

 二人の新旧売れっ子女流作家に共通するのは、男性作家顔負けの残酷な犯罪とスケール。捜査陣側の人間関係そのものが生み出す情念のドラマではないだろうか? ともにシリーズ作家ゆえに単作では描き切れないほどのキャラクター間の駆け引きに、サブストーリーとしてのページを割いている辺り、男性作家にはない女流作家的な<言い分>のようなものを多く感じ取ることができそうだ。

 本書は、現在<ウィル・トレント・シリーズ>に合流しているスケールアップしているサラ・リントンを軸とした一部の主要人物たちにとっての前身作品群となる<グラント郡シリーズ>をスタートさせる重要な作品なのである。早川書房より2002年出版された作品がハーパーBOOKSで蘇ったものだという。

 近作では『ブラック&ホワイト』で印象的な女性警察官を演じたレナ・アダムスが、その印象そのままに男顔負けの独立心の強いキャラクターを見せつける。そしてウィル・シリーズのヒロインともいえるサラ・リントンは<グラント郡シリーズ>の正規ヒロインであるらしいから、今のところ不遇をかこっている続編たちもリバイバルの機会を得そうな気配濃厚である。

 本書はサラとレナ、サラの当時の元夫である警察署長ジェフリー・トリヴァーの三人の主人公によるトライアングル・バイオレンス・ミステリーである。バイオレンスなのはこの作家のもはや持ち味と言っていい。食事時にはこの本を遠ざけておいたほうが良いほど、少々過激な犯罪現場は。犯罪者の側の心の病巣の深度、空虚な精神性にずる賢さを装備した辺り、寒々とした心象風景も怖ろしい。身も心もなぜか痛い小説なのである。

 人間関係のもつれは第一作から既に始まっている。アメリカンな女性たちの激しい性格と、許容力のなさと独立精神は、男性が読むには少し恐ろし過ぎるかもしれない。それはパトリシア・コーンウェルの時代よりもさらに研ぎ澄まされているかに見える。

 怖々と呼んでいる感覚が否めない。最初にそう書いた理由がいくらかおわかり頂けたであろうか? それでも怖いもの見たさで次の作品も手に取ってしまうであろう自分が見える。

(2020.03.31)
最終更新:2020年03月31日 23:12