サイコセラピスト
サイコ・サスペンスであることを文字通りタイトルに掲げてのデビュー作とのこと。原題は『沈黙の患者』。読了後の感覚では、直訳タイトルでもよかった気がする。でも取っつきとしてはこのタイトルでも悪くない。ザ・グローブという名の精神科施設を舞台に展開する、まさに精神科診療そのものの物語であり、それを題材にしたミステリーなのだから。
夫殺しの容疑をかけられた画家アリシアは事件後、頑なに沈黙を続け精神科施設で薬漬けになっている。彼女の沈黙に挑戦するのは、過去、父のDVに悩まされた経験のある心理療法士のセオ。事件の背景を探るうちに幾層もの怪しき人間模様という迷宮に彷徨い込む。
事件の真相が掴みにくいばかりか、個性的なキャラクターが次々とセオの前に現れ、セオ自身は妻の浮気に鬱屈をつのらせる中で、やめていた喫煙や大麻にまで手を出し始める。再生の物語と見える序章が次第に不安に満たされる。
前半は退屈に思えたものが、最終章で一気に思いもかけぬ方向にツイストする。写真や絵の中に現れる、謎の男の影。夫婦だけと思われた銃撃事件にもう一つの影が忍び寄っていたか? そうした疑いの生成を境に物語は屈曲を始める。
キプロス生まれの作家による、ギリシア神話を題材にした、ロンドン郊外の物語。デビュー作にしてこの驚愕を読者にもたらすとは。ニューヨークタイムズ・ベストセラーリストに連続23週ランクインというロングランヒット。さらに版権は40ヶ国に売れ、日本でも同年邦訳となるこれは早川書房快挙であろう。作品は映画化権まで争奪戦が繰り広げられたそうである。プロットとストーリーテリング、どちらでも快挙と言える実力型新人の驚くべきデビュー作。
ご紹介頂いた友人たちに改めて感謝である。
(2020.04.27)
最終更新:2020年04月27日 15:31