抵抗都市




題名:抵抗都市
作者:佐々木譲
発行:集英社 2019.12.20 初版
価格:¥2,000




 佐々木譲は基本的にミステリーの書き手ではなく、冒険小説作家だと思っている。スケールの大きい国際冒険小説、第二次大戦もの、幕末もの、どこをとっても骨のある男気の感じられる小説ばかりだ。とりわけ男性読者が多いのではないかと思われる。

 最近は警察小説作家という印象が前面に出ているように思うが、それにしたって謎解きミステリーからは距離を置いて、現代、そして現実というところの素材を多く持ち出して、警官に血と体温を与えたような捜査の面を浮き彫りにしてゆくタイプの、いわば人間の生き様重視、それでいてスーパーではない庶民の、たった一つの生き様の重さを測っているようなところがある。

 だから小説に血が通う。男女のロマンややわな描写をあまり得意とせず、どちらかと言えば無骨で真っ正直な庶民性のある主人公を持ってくるか、とことん英雄となるべき魂を持ってくるかのどちらかだろう。

 本書は、その前者、無骨で真っ正直な帝都東京の巡査を主人公にして描いた、歴史改変捜査小説である。この作品世界では、なんと日本は日露戦争に負け、ロシアに統治権を委ねている。東京の通りの名前はロシアの有名人の名を冠され、天皇制は保たれているものの、警察権力にまで統治者であるロシアの監視を免れられない、これに逆らえば日本そのものが失われてしまうという極めて危うい亡国の状況の下に、たった一つの殺人事件が、国家を揺るがす陰謀の導火線に火を点けることになる。

 新堂と多和田という二人の警察官が、大きなスケールの国際的謀略を、世界大戦の暗雲が押し寄せる時代の下で、日露戦争敗北後の帝都という舞台の上で活躍する物語なのである。こんな難路をなぜこの作家は歩むのだろう。著者自身が答えている。「今の日本への問題意識を示すために、この舞台を選んだ」と。

 そう捉えると現代の日本が日露戦争ならぬ太平洋戦争という名の日米戦争に負けてアメリカの軍隊を受け入れ、準じているその姿をこの小説の背景に感じさせないわけではない。より過激なより古い時代に材を置きつつ、こうしたシミュレーション・ノヴェルのような状況下で血の通う刑事たちを生かす離れ業を、まずは考えてくれる作家、というだけで少し嬉しい。そして、その試みの意思を作品として結実させてくれることで、なお心強い。

 前半は地道な捜査と時代状況の複雑さに圧倒されるが、刑事たちの有能さが国家的危機を救う鍵となり、彼ら自身も危険に身を曝す緊張状態の後半に入るにつれ、スリルとアクションとの連続、その中で読み解いてゆく真実への迷路、等々、古き時代の冒険小説を思い起こさせてくれそうだ。

 現在のオートメーション感覚での面白さのサイドではなく、冒険小説の伝統を重んじた重厚かつリーズナブルな背景設定と、その暗さや重さにもめげぬ直球勝負の男たち、といった無骨で古臭いエンターテインメント。セピア色の懐かしさ。そして現代の冒険小説健在を感じさせてくれる作家の、この方向性こそがぼくには何より嬉しい一冊なのであった。

(2020.05.01)
最終更新:2020年05月01日 17:51