毒見師イレーナ
題名:毒見師イレーナ
原題:Poison Study (2005)
作者:マリア・V・スナイダー Maria V. Snyder
訳者:渡辺由佳里
発行:ハーパーBOOKS Kindle版 2015.07.23 初版
価格:¥0
ついにファンタジーに挑戦。5/7まで無料配信の電子書籍、という誘い文句に釣られて貧乏性の僕は無料読書に励んだ。もちろんファンタジーとは知らずに読み始めたのだが、設定は魅力的だったので、そのまま読み終えた。
毒見師とは? イレーナは死刑が確定されている囚人だったが、最高司令官の毒見師となることで特赦を受けられる。この条件を受け入れたイレーナは、死に至る毒を飲まされてしまい、毎日解毒剤を飲まないと死んでしまう運命となってしまう。そういう出だしで始まる世界は、見たことも聞いたこともない場所と時代であり、まったくの空想の産物の環境下で空想の物語は進んでゆく。
現実に材を取ったようなリアリズム溢れるミステリーを選んで読んでいるぼくが、無料読書という甘い蜜に誘われてしまった境遇に、似ているではないか、何せ7日までに読み終えねば本書は有料化してしまうのだ。かくして、イレーナもぼくもこの日からこの作者の空想の世界に閉じ込められ、その中を冒険し、闘って回らねばならなくなったのである。
とは言え、人間のなかにある善悪、愛憎、欲と無欲、個性、痛み、優しさ、愛、
裏切り、
その他のあらゆる感情は、あくまで現実に基づいている。それがなければそもそも物語は機械的なデジタルゲームに堕してしまう。
この作品で感じたのは主人公イレーナの痛みである。刃物で開く傷口の痛みも、打撃や落下で与えられる打ち身や捻挫などの痛みも、なんだかいやになるくらい機会が多いが、それ以上に裏切りの痛み、死別や罠掛けなどによる残酷さが与える痛さ、等々、心にくらう打撃や切り傷はさらに苦しく辛い状況にヒロインを押しやる。
その種の感覚的で人間的なものは、架空の世界の架空の時代の架空の物語の中でも真実足りうる。それがなければ読めないだろうと思う。畑違いのファンタジーとはいえ、闘いのアクション、愛憎のドラマ、善悪の帳尻合わせなど、小説に必要な要素は上手に語られていると思う。ある意味ファンタジーを見直した。
イレーナは三部作らしいし、この作家の作品はこの後にもたっぷり用意されているらしい。しかし、やはりぼくは有料であれ、本来の趣向に戻ろうと思う。体験読書は、時間のたっぷりある今には向いていました。良い体験を有難うございます。出版社のかかる試みに重ねて感謝を申し上げる次第。
(2020.05.05)
最終更新:2020年05月05日 14:19