隠れ家の女




題名:隠れ家の女
原題:Safe Houses (2018)
作者:ダン・フェスパーマン Dan Fesperman
訳者:東野さやか
発行:集英社文庫 2020.02.25 初版
価格:¥1,400


 660ページ。分厚い作品である。内容も決して軽くはない。それなのに、何故かページが進む作品である。原文、訳文が読みやすいとも考えられるけれど、やはりストーリーテリングが秀逸なのだろう。耳に心地よい物語の如く、読んでいて快適な作品なのである。

 王道スパイ小説×謎解きミステリーの合体といったアピールの帯が巻かれているが、その上に加わわった作品の構成とテーマと題材、などのも面白さに推進力を加えた重要な要素なのだろう。

 まずは、二つの時代を交互に行き来するという構成の妙。1979年東西冷戦下のベルリンを舞台に描かれた女性情報職員ヘレンが思わぬ暴行と殺人の事実を知ることにより、職を危うくする<過去>。一方で2014年のメリーランド州イースタンショアで起こった夫婦殺人事件を、被害者の娘アンナが真相を追求する<現在>。

 とりわけ<過去>のシーンでは、情報局内の置かれていた女性たちの立場の弱さ、あるいは蔓延する性差別がテーマとなる。

 暴力的な状況から当たり前のように排出される悲劇たち。これらと叩こうとする駐独、駐仏、米本国の女性三人の苦しいチームワークと挑戦が描かれる。組織対個人。組織対女性、といった構図の中で、ダイナミックなスパイ小説の醍醐味が味わえる。スリリングな冒険小説のように。とりわけパリの街では、クレアの頼もしさが光る。

 一方、<現在>の物語では、重度の知的障害を持つ弟が、殺人事件の第一容疑者として収監されてしまう。無罪を信じるアンナは真相の究明に本腰を入れてゆく。<過去>が<現在>にどう関わってゆくのかは、読者だけに与えられるスリリングな楽しみである。

 題材として与えられるのは、ザ・ポンド「池」として知られたCIA以前の情報組織を秘密裏に継続しようという裏CIAのようなグループの存在であり、これは歴史的事実から収集してきたものだそうである。グループ名も代表者名も実在の記録をもとにしている。

 構成と、テーマ、事実から引っ張ってきた題材。元は国際ジャーナリストとして各国を渡り歩いていたという作者の得意とするところなのだろう。アメリカ諜報史や、女性の権利、など現実の素材を活かした物語の中を、本当に生き生きと活躍する女性たち、そして彼女たちを影ながらも助ける男たちの意気も含めて、何とも頼もしい作品に仕上がった力作である。

(2020.05.13)
最終更新:2020年05月13日 16:45