特捜部Q アサドの祈り




名:特捜部Q アサドの祈り
原題:Offer 2117 (2019)
著者:ユッシ・エーズラ・オールスン Jussi Adler Olsen
訳者:吉田奈保子
発行:ハヤカワ・ミステリ 2020.07.15 初版
価格:¥2,100



 デンマーク発特捜部Qのシリーズは、いずれも長いく入り組んだ助走路と凝った人間描写による前半の仕掛けを、後半で一気に畳みかけてくる圧倒感が特徴だと言えるが、本書も例外ではない……どころか、従来にない手に汗握るアクションの畳みかけとそのスケールがシリーズ屈指と言ってよさそう。ましてやシリーズ当初のころから謎めいていて気になって気になって仕方のなかったアサドの過去を物語る重要な一冊となる。シリーズファンとしてはこれは読み逃すわけにはゆかないだろう。

 暗い題材を扱う特捜部Qのシリーズは、カール・マークの明るい人柄と、彼のユーモラスな感情描写により、コメディ的要素が含まれるなど、読書的にはいわゆる息継ぎ部分があって緊張感を休められ、少なからずほっとさせられるものなのだが、本書は少しいつもとは傾向が違う。

 世界の宗教対立や強国による政治弾圧など、あまりに重すぎた近年の、中東戦争や国際テロなど、実際にある歴史背景をテーマとしたものだけに、どちらかと言えば暗く容赦ないサディスティックな心理描写、嫌な汗が吹き出しそうな残酷な恐怖から読者もなかなか逃げられず、このシリーズにしては、ちと辛い緊張が続く。

 事実に偏れば、ストーリーがこうなるのもやむを得ないが、最後にはいつもの、本シリーズならではのアイロニーやユーモアのセンスが戻ってくる。キャラクターたちのそれぞれの成長や変化、次巻が楽しみな環境変化や転換なども大いに盛られることになるので、重く暗いトンネルを抜け出すまでは、カールとアサドの息詰まる冒険行に、文字通り息を詰まらせて頂きたい。

 本書ではカールとアサドは休暇を取って独自の捜査を、事件の舞台となるドイツに展開する。条件付きの捜査とは言え、犯人であるサディストの真の狙いがアサドに絞られてゆく様子なので、全体の展開は地元捜査局を巻き込みつつ、スケールの大きな対テロ戦争へ発展しつつ、あくまで特捜部Qの物語であるのだ。

 ヨーロッパと中東を舞台にしつつ、デンマーク国内では、ある若者が家族殺害と無差別殺傷事件を企んでいる情報にローセ(この事件で復活!)とゴードンが活躍する。日本的な要素として若者の「ひきこもり」と彼が凶器とする日本刀、そして刃物による無札別殺人を目論む若者の狂気などが、日本人読者としては気になる。こちらの事件があちらの事件と重なり錯綜して、という絡み方をするので、作中二つの緊張が縦のラインを作る。

 ローセ、アサドとそれぞれのキャラクターが巻を追うごとに明らかとなり、当初の10巻完結まであと二作となった本シリーズ。カールの新しい環境変化含め、ハーディを負傷させた事件にも進展がありそうな気配、など、次作への期待を深める予告的描写を交えながら本書を終えてゆく。まさにデンマーク発国際的ミステリー作品と、それを支える個性的過ぎるキャラクターたちの活躍にさらなる期待がかかる。うーむ。

(2020.07.21)
最終更新:2020年07月21日 15:52