冷めた情事が終わるとき
ロマンス小説のように見えるタイトルとカバーに騙されてはいけない。これは二重三重の罠の張り巡らされたサスペンスであり、上質なミステリーである。なぜならこの作品は、作家の際立った文章力がなければ完成されるとこはないからだ。
交通事故で全身麻痺状態となった人気女流作家のシリーズの続きを書くために雇用されたローウェンは売れない作家。人づきあいが下手で、孤独で、自信もなく、ただ生活のためにライターとして生きようとしているところに転がり込んできたチャンスは、その後の彼女を暗闇の世界に引き込む招待状のようなものだった。
ローウェンが寝たきりになった売れっ子作家ヴェリティのシリーズを書き継ぐために、資料を漁っていたところ、ヴェリティの自伝のような文書が発見される。その内容は、入れ子構造として読者の目に曝されるのだが、内容は、夫ジェレミーへの独占欲とともに、自らが生んだ子供たちへの憎悪の念が並べられる。ジェレミーが自分一人をでなく、子供たちに愛情を移してゆく現状が耐えられないのだ。
ローウェンのヴェリティ邸でのスリリングな日々と、ヴェリティの自伝の徐々に毒性を増してゆくエゴイズムの怖さとが、交互に描かれるのだが、その盛り上げ方、文章力が凄い。『シャイニング』のような怖さと、ポルノ小説みたいなエロチックな描写、と地味で孤独な主人公ローウェンが惹かれてゆくジェレミーという魅力的な男の存在。
自分の中にある悪と、寝たきりの妻と、介助する夫のなかに潜む真実の正邪を、確かめることのできないまま、ミステリアスで緊張感のある日々が綴られてゆく。最後には、驚きの真実が。どれが真実かわかりにくい懐疑心を抱いたまま全巻を読むことになる本書は、アマゾンプライムでドラマ化決定とのこと。このポルノシーン全開の小説が、そのまますべて映像化されるとはとても思えないが、大衆向けに処理された映像がそれなりに楽しみである。
きっとヒッチコックやブライアン・デ・パルマが映像化したら第一級の映画になるのだろう。作品としても本作、フレンチ・ノワールの味わいもあって決して悪くない。堂々の傑作である。
最後に、完全にスルーしていたこの作品を今月末のリモート読書会に取り上げてくださった翻訳ミステリー札幌読書会世話人の皆様に感謝を申し述べたい。
(2020.08.26)
最終更新:2020年08月26日 23:15