グレート・ギャツビーを追え





題名:グレート・ギャツビーを追え
原題:Camino Island (2017)
著者:ジョン・グリシャム John Grisham
訳者:村上春樹
発行:中央公論新社 2020.10.10 初版
価格:¥1,800

 ジョン・グリシャム久々のハードカバー。最近は文庫化された邦訳本がほとんどだが、その中身は、相変わらず充実したサウスアメリカン・リーガル・スリラー。なので、本書には驚かされることが実に多かった。

 村上春樹訳ということで、売り上げが一桁変わるのかもしれないが、『ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック』(1996年)を書いているフィッツジェラルダーの村上春樹らしく、本書は、彼が外地で読んですかさず翻訳したくなった作品であるらしい。売れっ子作家・村上春樹が翻訳したいと思った本は、それなりに翻訳本でも売れる、ということなのだろうな。村上春樹を翻訳小説にもどうにしかして求めようと試みる根強いハルキ・ファンによって。

 ぼくは、グリシャムも村上春樹も、どちらもほぼ全作読んでいるから、その辺の事情は特に拘らない。春樹訳ではなくても、グリシャムというだけできっと本書を読んでいると思う。ぼくはスコット・フィッツジェラルドのファンでもない。若いひとときアメリカ文学に凝ったことがあった(ロシア文学に凝ったこともある)ので、有名作家の代表作くらいは読んでいるけれど、『華麗なるギャッツビー』を村上春樹による新訳『グレート・ギャツビー』で再読する気になるほど、のフィッツジェラルド読者ではない。映画でも書物でも、さしてギャッツビーに惹かれるものがなかった。しかしアンチの側に属するものでもない、どちらかといえばニュートラルである。

 そんな名作の直筆原稿がプリンストン大学の図書館から5人組の強盗団によって盗まれるアクション・シーンから始まる本書は、起承転結の模範のような構成が見事である。さすが読ませる作家グリシャムだ。スピーディでスリリングな序章の後に、まったくこの事件から読者の眼を遠ざけるかのように、本当の主人公とも言えるブルース・ケーブルの書店経営に至る経緯が語られ始める。

 続いて作家の卵であり本書のヒロインであるマーサー・マンが、盗まれた原稿の行方を探るスパイとして雇われる経緯に移る。こうして盗賊たち、書店経営者、真相を探る探偵役と言うべきマーサーの三つの世界が、重ねられてゆく絵模様ができあがるのだが、メインストーリーとは別に稀覯本の世界、個性豊かな作家たちの生活がマーサーの体験を通して広がってゆく。実はこの辺りが読みどころであり、本書が出版社によるならば<最強の文芸ミステリー>たる所以である。

 しかもそれを本来リーガル・サスペンスの作家として知られるグリシャムが、彼らしさを全く見せず、リゾート地を舞台にした駆け引きとラブ・ロマンスを洒落たセンスで描き切っているのである。グリシャムにはノン・ミステリの傑作・快作もあるのだが、ミステリ・レベルで新機軸を打ち出したのには驚きである。この作品にはブルースを主人公にした続編もあるという。本書で印象深かった脇役たちに再会できるのかと思うと、何だかぞくぞくするこの期待感がたまらないのである。

(2021.02.01)
最終更新:2021年02月02日 10:45