平凡すぎる犠牲者




題名:平凡すぎる犠牲者
原題: Den som dödar draken (2008)
作者:レイフ・GW・ペーション Leif GW Persson
訳者:久山葉子
発行:創元推理文庫 2021.02.08 初版
価格:¥1,300



 三作目にしてようやくこの作家に慣れてきた。作家という職業の他に、犯罪学教授、国家警察委員会顧問、など三つの顔を併せ持つ、いわゆる専門家なのだが、そういう書き手による警察小説でありながら、内容はお固いものではない。というより、むしろブラックユーモアという今や廃れてしまった類いの言葉が最もよく似合うのが意外な本シリーズなのである。

 ミステリーの謎解きの味は確実に残しつつも、捜査に携わる実に多様な男女を各所に配しながら、彼らを率いる最悪のボスであるエーベルト・ベックストレーム警部の実に滅茶苦茶な活躍(?)を描くシリーズ第二作が本書。第一作の『見習い警官殺し』では、とにかくDNA検査を限りなく指示し続け一切成果が上がらない同警部の方針にやきもきさせられ冗長なイメージが付きまとった感があるが、本書ではさらに本領を発揮するこのいい加減極まりない主人公に、読者としても慣れたのかな? 周りの警察官たちの個性豊かで楽しい感じも含めて。とにかく、ここに来てようやく、手放しでこの作風を楽しめるようになってきた気がする。

 スウェーデンという国が見せる、文化や人間の多様性は、やはりこの国の小説の見どころなのだとは常々思う。この国に発生する移民の問題や人種差別について、本書では敢えて触れないようにするのではなく、むしろ露悪的までに見せてしまう滅茶苦茶で下品な主人公を描くことによって、読者に現実と向き合わざるを得ないように方向づける、作者のひねりへの意図が感じられてならない。

 もちろん人種、肌、女性への差別心を常備し、モラルという言葉を全く意に介さない、というばかりではなく、直情的で短絡的な思考回路がもたらす彼のバカげた行動や、下心を表に出すというユーモラスで何とも憎めない一面が、ある意味孤高さをまとい、実に現実離れしているのだが、この極端さこそが、実は本シリーズを他と分ける個性と言うべきなのだろう。

 ましてや、肝心のミステリー要素はしっかりとツボを抑えているので、謎解きと捜査の過程は警察小説としても大変面白い。しかしダイナマイトのような爆発力と猪突猛進な判断力を持つベックストレームという存在が、行き詰まる捜査の局面を変えてしまう、あのカタルシスと爆笑があるからこそ、本シリーズは、放送禁止用語でいっぱいのブラックな性格ながら、小気味の良い傑作に仕上がってしまうのだろう。

 最初にヨハンソン・シリーズの最終作『許されざる者』という正当派ミステリーの傑作に接してしまったおかげで、本シリーズの方は、思わぬものを読まされている感は否めないが、そうした作風の幅を売り物にしているのがこのGW・ペーションという作家なのだと、ここに来て覚悟ができた。

 正直、前作では、二作の違いを比べた時に当惑のほうが先に立ち面食らってしまったのだが、本シリーズも二作目にして軌道に乗ってくれた。こうなったらとことん翻訳を続けて頂き、ヨハンソンの過去の活躍も、ベックストレームの今後の悪徳の限りと予期せぬ活躍ぶりも、両者ともに、是非とも読ませて頂きたく思う。

(2021.02.24)
最終更新:2021年02月24日 16:06