最後の巡礼者





題名:最後の巡礼者 上/下
原題:Den SIste Pilegrimen (2013)
著者:ガード・スヴェン Gard Sveen
訳者:田口俊樹
発行:竹書房文庫 2020.10.8 初版
価格:各¥1,200

 ノルウェイのミステリーといえばジョー・ネスポとサムエル・ビョルクくらいしか読んでいない気がするが、本書は「ガラスの鍵賞」他、北欧ミステリーで三冠を挙げた警察小説であるらしい。それも本邦初訳となる作家。それにしてもぐいぐい読める本とは、こういう作品のことを言うのだろう。

 2003年の猟奇的殺人事件を捜査するオスロ警察のトミー・バークマン刑事。1945年戦後に起こるミステリアスな殺人。1939年に始まるイギリス籍ノルウェー人女性アグネス・ガーナーによるスパイ活動の物語。これらが、場面と時代を変えて語られてゆく。最初はわかりにくいジグソーパズルの断片に見えるものが、次第に一枚の絵を完成させてゆく、そのストーリーテリングが何と言っても素晴らしい。

 特に、バークマンとガーナーという二人の異なる時代の男女主人公が、それぞれの物語を紡いでゆく話法にはがつんとやられます。この辺りから、物語の加速感が半端ではなくなる。

 最後には二つの世界がやがて一つになり、現在の殺人事件の真相に繋がってゆくという構成である。ある意味で北欧圏に戦後を生きた人々にとっては、このような戦後処理とそのどさくさにまぎれた犯罪とは、王道とも言える主題の一つなのではないだろうか。

 これが作者デビュー作というが、相当な手練れとしか思えない小説作法ぶりである。ナチのヨーロッパ侵攻。これに対抗する英国との狭間にあって、屈した国、屈する間際だった国。それぞれがそれぞれの形で第二次大戦の洗礼を浴びたのだ。その光と影の中で生きた人間たちが、寿命を迎えようとするそんな現代。埋没した時代の証言者たちにとっては最終機会と言えそうな、そんな現代に。

 ナチ党員だった者、そうでなかった者の、隠れた闘争が引き金となり、その渦中にあって恐ろしいばかりのスパイ活動に身を投じたガーナーの苦しみ。その周囲で政治的、あるいは経済的理由で起こったいくつかの殺人とその犠牲者たち。現在に起こった冒頭の猟奇殺人の画面の裏で、フラッシュバックさせながら読者は様々な時代の断片を見せられる。

 徐々に明かされる真実のめくるめく多重構造には驚かされる。それ程、ミステリとその背後の迷宮地図が精巧に構築されているということである。それでいて人間的な強さも弱さも曝け出された、現在のヒーローと過去に生きたヒロインとは、感情を引き毟られるほどにスリリングで危うい。二人の物語が交錯する最終インパクトへのスリリングな疾走感は早朝にエネルギッシュである。つまり、ぐいぐい読めるのだ。

 ツイストにツイストを連ねるサスペンス。歴史の厚みと闇の暗さをすべて重ねつつ、迎える大団円。予想外の真実。秀作である。

 刑事バークマンのシリーズは既に四作までが刊行されているそうである。続編翻訳が大いに期待される作家が、また一人。

(2021.02.24)
最終更新:2021年02月24日 16:10