花嫁殺し




題名:花嫁殺し
原題:La Novia Gitana (2018)
著者:カルメン・モラ Carmen Mola
訳者:宮崎真紀
発行:ハーパーBOOKS 2021.4.20 初版
価格:¥1,100


 ある意味、完璧と言える構成の傑作だ。冒頭から読者を引きつける、あまりにも奇抜な殺人。マドリードの公園で発見された被害者女性は、頭に三つの小さな穴を開けられ、その中に入れられた蛆たちに脳みそを食われていた。ショッキングだし、その異常さにも程がある。

 被害者の姉も、実は類似の手口で七年前に殺害されていた。当時の加害者は杜撰にも見える裁判を経て、現在、牢獄に収容されている。連続殺人に見えるこの事件の真実はどこにあるのか? どうして姉妹が殺されねばならなかったのか?

 警察署とは別の民間ビルの一角に設けられたスペイン警察特殊分析班(BAC)。この事件は彼らに委ねられる。

 素晴らしいのは5人の個性的なメンバーが魅力的に描き分けられていること。いわゆるキャラが立っている。現地警察から強引に捜査に割り入り捜査班に組み入れてもらった客人刑事アンヘル・サラテの存在感も、メンバーに負けず劣らず強い。何よりも、主役でありチームのリーダーである女性警部エレナ・ブランコの個性は、ひときわ目立つ。

 エレナの個性。それは、奇行、酒浸り、男漁り、不眠。それでいて仕事ができる。情熱的ですらある。さらに謎の腹の傷とそれにちなむ隠された過去。シリーズ・ヒロインとしては、最初からやけに謎が多いのである。

 一方もう一人目立つ刑事であるサラテは、所轄刑事なのにどうしても捜査権を渡したくなくてこのチームに無理やり割り込んでくるという経緯。気が強く、容赦なく意見を言い、強気の態度を取り、メンバーの一人からは強烈な反感を買う。それにけっこう複雑な性格。

 サラテが尊敬する元刑事の老人の存在が物語のギアとなる。7年前の事件の犯人を牢獄にぶち込んだ刑事。しかし、現在は認知症が入っていて言動が少し覚束ないところもあったり。

 現在の事件が過去のそれと反響し合い、作中の世界をより深く、複雑に見せている。

 言わば犯罪者側も、捜査側も、一筋縄ではゆかないのがこの作品なのだ。スペインという国柄を現わす気候、地理、そしてロマの人々の異文化。それらは確実にこの事件に深い影を落とす。これだから海外ミステリーはやめられない。見たこともない犯罪。日本ではあり得ない人種間ヘイトや、隠れた差別。それらが捜査に影や歪みを与えて来るのである。この捻じれた異種感覚がたまらない。圧倒的な旅情感覚みたいに。

 そして何よりも、数回出現するある叙述が、暗示的で、謎で、気になりすぎる。何によってか、誰によってか、何故なのかは不明なまま、小屋に閉じ込められた正体のわからない少年がいる。彼に関する恐怖の叙述が四たびに渡って数ページのみ挿入されているのだ。これが凄絶すぎ、まさに物語全体の緊張感を高めてくれる。

 最後に、マドリードを舞台に息をのむ捜査が展開するこのシリーズの圧倒感を是非ともお伝えしておきたい。エンタメとしてもピカイチなのだが、覆面作家による作品とのふれこみ。相当な書き手であることは想像に難くない。ストーリーテリングを楽しみたい作品なのだ。

 本作は三部作構成の一作らしいが、訳者のあとがきによれば、以降の翻訳は今現在確定されていないらしい。本書が一人でも多くの読者の眼に触れ、本邦での続編出版に繋がってくれることを読者として願ってやまない。というより、このままでは心情的にどうしても終われないのである。そういう意味でも、一人でも多くの方にお読み頂きたい。応援をどうぞ宜しく願います。

(2021.5.30)
最終更新:2021年05月30日 14:39