P分署捜査班 誘拐
21世紀の87分署。そんなシリーズが始まって二年目。最初の頃の本家87分署シリーズは、確か年間に三作ほどのハイピッチで出版もスタートしていたが、徐々に年二作となり年一作となってゆく。しかしページの厚みは時代の流れとともに増して行った。生活スタイルの推移や、世相や思想の変化などが、取り扱う事件にも徐々に変容を強いてきた感がある。
でも人間の罪業に、きっとあまり変化はないのだ。愛、嫉妬、憎悪、物欲、激情、
その他。人間の愚かさも誠実さもひっくるめて、都市に営まれる悲喜こもごもの愚かな人間たちのやりとりも誠実な人間の人生も、そんなには変わらないのだ、きっと。
無論、捜査手法には科学技術の進歩が影響やスピードを与え、昔よりもずっとDNA分析やIT技術による電子的足跡の追尾など、様々な現代的側面が与えられている。
しかし本書を読む限り、捜査側も犯罪者側も根本的には相も変わらず、人間的な弱さやら個性やらを振りまきながら、日々、街に起こる大小の犯罪と向かい合い、ギリシャ文化以来変わることのない様々な人間的悲喜劇と向かい合っているようである。本書の刑事たちもそれぞれの人生を与えられ、仕事とプライベイトと、心情と弱さを持ち合わせつつ、事件に対峙してゆく。その辺りは、87分署の原典とあまり変わらない。
むしろそうしたディテールに拘って書き進めてゆこうという、作者のシリーズに対する姿勢が垣間見える辺りに、87分署シリーズとその偉大なる作家エド・マクベインへの強く深いオマージュを感じさせてくれる。
犯罪者側にも、その愚かさと止められない悪意、強欲、追いつめられてゆくこで消耗してゆく人間性、などなど、実にヒューマンな要素がたっぷり詰め込まれている。多くの人間を代わる代わる手を変え品を変え描いてゆくことで、本シリーズに魅力を加味するのだと言わんばかりである。
シリーズ第二作の本書は、マクベインの87分署でも傑作と名高い『
キングの身代金』を彷彿とさせる<誘拐>を主たる犯罪テーマとして描いている。もちろん件の名作とは全く異なる内容なのだが、シリーズ二作目にしてこうしたテーマに挑もうとする作者のチャレンジ精神には敬意を表したく思う。
ネタバレになるのであまり言いたくないのだが、本書はいくつかの事件にとっては経過的ポジションに当たるので、本当は5作くらい翻訳本が出てから一気に連続して読んだほうが味わいがあるように思う。キャラたちも未だシリーズが浅い間は、記憶に根付かない。シリーズの群像小説は、連続性が途切れるのがちと辛い。
87分署シリーズの方は、ぼくは一気に30年分くらいの作品を連続して読んだので、あの時期のことは、マクベインとお会いできた追想、その後マクベインの死を聞いたときの悲しみも含め忘れ難い。そうした87分署体験をしているだけに、本書にも長いスパンでのシリーズ傑作として、世界を代表する警察小説に成熟してほしいと思う。次作を待ち焦がれます。
(2021.06.12)
最終更新:2021年06月12日 11:45