リボルバー





題名:リボルバー
作者:原田マハ
発行:幻冬舎 2021.5.25 初版/2021.6.15 3版
価格:¥1,600



  ゴッホとゴーギャンはかつてアルルで生活を共にし、互いに作品への影響を与え合ったが、ゴーギャンは二か月で立ち去り、ゴッホは抗議して自分の左耳を切り取る。その一年後、ゴッホはオーヴェールでピストル自殺をはかる。

 本書の軸になっているのは上のような極めて異常な状況として語り伝えられているゴッホとゴーギャンの歴史である。

 二人の共通点がいくつかある。二人ともゴッホの弟テオによる資金援助を受けていたこと。しかしそれにも関わらず、二人とも生前に作品を認められることはなかった。経済的にも自立はしていなかった。

 本書では二人の極度に個性の強い有名画家を主軸に据えた奇妙な自殺事件の現代版謎解きミステリーである。主人公になるのは、小さなパリのオークション会社の社員である高遠冴。彼女にミステリーの核となるものを持ち込んだのは、やはりパリ在住の謎の女性サラ。

 オークションに出品されようとする品物はゴッホが自殺に使用したという錆びたリボルバーである。オークション会社に勤めつつゴッホとゴーギャンの関係に関する研究論文を仕上げにかかっている主人公・冴は、このリボルバーの存在に色めき立つ。本作の面白さは、芸術家たちの歴史と現在の証拠となるリボルバーを繋ぐ探偵活動にあるのである。そして歴史を繋ぐ証言者たちとの出会いやインタビュー。重ねられる推理。

 本書のようなアート・ミステリーも、原田マハを特徴づける美術小説というものも、まったく読んだ経験が無いぼくがこの本を手にしたのは、ゴッホは個人的に何かしらのインスピレーションを感じさせる存在であったからだ。

 50代になって経験した初のフランス旅行の際、アルルに二泊の機会を得たこと。夜のアルルをソロで散策して現地の店で酒を呑んだりしたという小さな冒険譚に加えて、昼も夜も見ずにはいられなかったアルルの公園にある、片耳のないゴッホの胸像から伝わった強烈な印象。さらに札幌の美術館で開かれたゴッホ展などなど、ゴッホと耳にするだけで強い好奇心が心に浮き上がってくるのである。無論ゴッホの作品は、数ある美術作品のなかで、それと識別できるだけの個性があるせいか見分けることができる。ゴッホが浮世絵他、日本への憧憬を強く示していたということも印象に強いのかもしれない。

 そんなゴッホに対し、放浪の画家ゴーギャン。この人の絵も、個性が強いのでまず他の画家の絵とは明確に区別できる。ふたつの個性と二人の作品群に対する強烈な好奇心がなければ、この本を手にすることはなかったと思う。

 さてさらに一つの大きな特徴がこの本にはある。この7月から本作品が舞台作品として公演されるのである。本書はその脚本ありきで小説化されることとなったようなのである。いわゆるこれまでの作品とはプロセスが違うのだ。戯曲も原田マハさんの手になり、この本はそれを逆に小説化したものと理解したほうが良さそうなのである。

 どおりでと思われるページがとりわけ後半に続く。関連する重要キャラクターによる独白シーン。舞台装置が似合いそうな個性が登場する。そして本書は本書なりの真相結論に辿り着く。さらに最後に現実のオークションのことが小さく数行。現実と創造とを重ね合わせ、現在も残る本の表紙でもあるゴッホの『ひまわり』のタブローへと辿り着く。洒落たことをやる一冊である。それとともにゴッホとゴーギャンのイメージが強烈に心に住み着くようになると思える作品でもある。

 小説と絵画と現実とが立体的に絡み合う不思議時間を、あなたも是非体験してみませんか?

(2021.07.08)
最終更新:2021年07月08日 15:08