閉じ込められた女 THE MIST
題名:閉じ込められた女 THE MIST
原題:Mistur (2017)
作者:ラグナル・ヨナソン Ragnal Jonasson
訳者:吉田薫
発行:小学館文庫 2021.07.11 初版
価格:¥960
終わったところから始まる物語。時間を逆行して発表されてきた女刑事フルダのシリーズ三部作、早くもその完結編である。
これを読んだのは、北海道までをも巻き込んだ猛暑のさなかだったのだが、作品世界は雪に閉じ込められたアイスランドの一軒家である。とりわけ、三人だけの登場人物による恐ろしい駆け引きの第一部は、大雪で閉じ込められ、血も凍る恐い心理小説なのである。まさに猛暑対策にはこの上ない一冊なのだった。
アイスランドという国、その特色を生かした寂しさと孤独と、辺縁の土地を襲う暴風雪。それらが重なるだけでも、いわゆるヒッチコック的スリラーの完成度が極めて上がる。そこに加え、前二作によるヒロインの運命と、娘についての叙述を読者は知っているという困った事実である。
本書は、恐ろしく少ない登場人物による300ページ強の小説でありながら、いやな汗をかきそうな第一部の怖さ、そして一気にその世界をひっくり返してしまうかのような第二部への驚愕の展開が、何といっても読みどころである。
その他にも、フルダが担当することになる行方不明の少女はどこへ消えたのか? という付きまとう謎がある。これは本ストーリーとの関係性はどうなのか? 読者は何もつかまされぬままに、本書の恐怖と不思議に立ち会ってゆくことになる。この恐怖の館の驚くべき仕掛けとは? 物語の主たる装置はどこにあり、どう動いているのか?
近年、登場人物や舞台装置の目まぐるしい展開が多くページ数も費やして説明に終始した小説の多いなか、この作品のシンプルさはどうか? それでも作られてしまう驚愕の展開とストーリーテリングは、何なのか? この作者の作品は、おしなべてそう厚くない長編でありながら、しかし、外れがない。アイスランドという国の人口の少なさと犯罪の希少さ、そこに生きる人間の寂しさのような風土まで含めてミステリーの素材としてしまう作者の力技が素晴らしい。
本シリーズは三作を時間的に逆順で書かれることにより、読者側はヒロインの未来を知りながら読むことになる。また、未来において語られていた事実をも知っているからこその不思議も感じることになる。だからこそ過去の時系列にヒロインとともに遡行することで、怖さが高まる、という経験を珍しくさせて頂いた。
おそらく逆に時系列で三作を読んでみても良いのかもしれない。そうしたチャレンジ体験者のレビューについても改めて伺ってみたいものである。
(2021.09.22)
最終更新:2021年09月22日 15:24