小さい予言者



題名:小さい予言者
作者:浮穴みみ
発行:双葉社 2021.10.24 初版
価格:¥1,600




 北海道開拓シリーズ三部作いよいよ完結編とのことである。

 『鳳凰の船』では函館戦争や開拓使の時代を、『楡の墓』は北海道の中心が札幌に移行しようという時代を、そして本書は、さらに道北、樺太の開拓移住や炭鉱の時代を経て、21世紀のラストシーンで幕を閉じる。

 短編作品で作った維新後の北海道サーガと言ってもよい。それぞれの作品は地平で繋がっており、現実に生きた実在の歴史的人物たちによる骨太の物語と、大地に沁み通ったであろう彼らの血や汗の匂いが感じられる、逞しくも温かな三冊であるように思う。

 『ウタ・ヌプリ』は、道北の地名・歌登のアイヌ語名称がそのままタイトルとなった。砂金で湧いた枝幸近郊の土地ウソタンナイをめぐる一時代の物語である。ウソタンナイ砂金公園には幼い頃の息子を連れて訪れたことがある。砂金採り体験ができる。嘘か真か、砂金らしきものを篩にかけてガラス瓶に入れて持ち帰ることができる。息子は「これいくらになるんですか?」と聴き、係のおばちゃんは苦笑しながら「さあ、いくらにもならないよ」と現実的な答えを返していた。本作では、一時の夢とそれが去ってゆく未来とを背景に、人間世界を抉り出している。

 『費府(フィラデルフィア)早春』で描かれるライマンは、上川層雲峡に「ライマンの滝」で名を遺した地質学者である。先日妻を連れて訪れたばかりの三笠炭鉱のある幾春別川でも、ライマンは珍しい縦の地層を発見しているが、維新後の新政府は、この歴史に名を遺す学者の貢献に非礼を尽くしていたようだ。帰国後、当時同行しライマンに学んだ愛弟子との再会を懐かしむフィラデルフィアを舞台にした一遍である。生涯独身を貫いて日本の思い出に生きる彼の孤独が胸に痛い。

 『日蝕の島で』は、アメリカから枝幸の町に日蝕観測に世界中の人が訪れた数日を描くが、中でも枝幸の小学校を丸ごと借り受けたアメリカ隊率いるトッド夫妻、町中に急遽出現した天文観測所など、この小さな北の町にこんなにも重要な歴史があったのかと驚かされる。帰国後のトッド夫妻から、この町に沢山の洋書が寄贈されたために後日立派な図書館が建設された経緯など、これまで知らないできた興味深いエピソードが満載の一篇である。

 『稚内港北防波堤』は、つい先日訪れたばかりの場所を舞台にした樺太行き連絡船へと鉄路を繋ぐ稚内桟橋駅跡地に立つ選奨土木遺産に指定された建造物を舞台に、樺太航路のもたらす親子の運命を決める物語である。幼い兄弟がオホーツクの海の向こうにうっすらと見える樺太を目前にして劇的な時間を過ごすこの物語は、涙を禁じ得ない感動作である。短編小説でこれだけ人の心を汲み取れる作家の腕は尋常ではない。戦後、樺太で自決した郵便局員の乙女たちの物語も暗示させて、さらに悲しく美しい一篇である。

 『小さい予言者』は、炭鉱景気に湧く北空知の山間の土地を舞台に、子供たちの暮らしと、巨大資本が食い荒らす町の悲喜劇を描く秀作。謎の少年タクトの造形も凄いし、この谷あいの小さな町を過ぎてゆく時間の堆積とその重さを感じさせる作品である。ひとときの繁栄とその儚さ。子供たちが歳を重ね、最後には現在に物語が届くとき、残されて現在にあるものは何だろうか? 先日、三笠と周辺の炭鉱跡を訪問したときに感じられたのがいにしえの夢の跡。その上を通り過ぎて行った時間の重さを思うと、相当心に響く物語である。

 北見枝幸と言い、稚内と言い、滝川と言い、この本で語られた物語からは想像もできぬほど、現在の北海道の地方都市は、静かで人の通りも疎らであるように思う。こうした歴史が埋もれてゆく土地に少なからぬ人々の物語が残されていることの大切さを、今ここに改めて感じてしまう。

 明治から令和へ北の大地を駆け抜ける物語たち。北海道に生きることの重さ、豊かさ、そして何よりも厳しさを、移ろう季節とともに肌身に感じつつ、これからも、こうした物語の数々と身を寄せ合って生きてゆきたい。そう改めて思わせられる三部作であった。


(2021.11.21)
最終更新:2022年01月23日 12:11