亡国のハントレス




題名:亡国のハントレス
原題:The Huntress (2019)
著者:ケイト・クイン Kate Quinn
訳者:加藤洋子
発行:ハーパーBOOKS 2021.9.20 初版
価格:¥1,430


 今年の後半は、第一次・第二次世界大戦の時代に展開した作品を、いつになく多く読んだ気がしている。しかも現在を描くものより、むしろ戦争を描く作品に良作が多いようにも思う。P・ルメートル、S・ハンターと続き、このケイト・クインがダメ押しであった。

 ケイト・クインは、前作も『戦場のアリス』で印象的な世界大戦の裏話を繰り広げてくれたが、本書はそれを上回るスケールで描かれている。簡単に言うといわゆるナチ・ハンターものである。実在のナチ・ハンターに材を取り、そこから派生した作者造形による三人の主人公の三種の異なる時代の物語が、章毎に綴られる。一瞬、躊躇われるほど分厚い、重量級の国際ミステリー。大丈夫。作品は読者の努力にしっかり応えてくれるから。

 惜しむらくは、ベストミステリーの締切にぎりぎり過ぎて、宣伝広告的には不遇をかこってしまったのではないだろうか。ぼく自身、この作品に一票を投じることができなかった悔しさに後から歯噛みする想いなのだ。

 ハンターは狩人。しかし女性名詞のハントレスとなると、日本では少し馴染みが薄い。ましてや本書でのハントレスは、戦後現在にまで及ぶというナチ・ハンターの側ではなく、戦時中ポーランドで子どもたちを殺すという残忍な行為を行ったナチ側の女殺人者を指している。

 本書の主人公の一人である英国人ナチハンター・イアン・グレアムは、相棒のアントン・ロドモフスキーとともに、一般社会に紛れ込んでのうのうと生きているハントレスに弟を殺されたことから、彼女への復讐に執念を燃やしている。

 最初は、関係がわかりにくい三つの物語で、三人の主人公がそれぞれの異なる時代を生きてゆく。女流写真家としての独立を夢見るジョーダン・マクブライドは、父と再婚したアンネリーゼとの間にある種の緊張が生まれる中、ナチハンターと知らずイアンやアントンと出会い、そして義母との愛憎や緊張を高めてゆく。物語の主人くというより、最も謎めいた揺らぎを与える役割と言うべきだろうか。

 一方で、父の暴力から逃れ、夜間攻撃のパイロットとして成長したニーナ・ボリソヴナ・マルコワという少女の存在が、本書では何よりも際立つ。このキャラクターの個性的、かつワイルドで強靭な性質が、本書に強い緊張をもたらし、何よりもバイタリティを与えてくれる。

 三人の主人公たちの物語は、時代を異としつつ展開するのだが、最後には一つの時間に収束してゆく。異なる磁極が出くわすときにはじける火花の如きクライマックスは、激しい緊張と暴力を誘発する。本書自体は並々ならぬ大作でありながら、常に張りつめた緊張感によってページを繰る手が止まらない優れもののエンターテインメント小説であると言えよう。

 人物の配置、構成、マルチな関係が、徐々に一点に収束して、最後に溜め込んだエネルギーの爆発を喚起するラストに至る。そのストーリーテリングは、『戦場のアリス』のスケールをさらに上回る出色の作品と言えよう。

 キャラクターたちの個性はいずれも素晴らしいし、読後胸に残るのは、何といってもニーナの成長の物語だ。夜間女子飛行隊の面々、個性、英雄的女性パイロットの存在感などなど、やはりニーナの章に窺われるのが過酷な戦場世界の地獄絵図であるからこそ、そこを生き抜く彼女の生命力は本書最強の魅力である。この作品によって、作家は稀に見るヒロイン像を作り出したと思う。ニーナに逢うためだけでも十分に読むべき価値のある一作と言うべきであろう。

(2021.12.31)
最終更新:2021年12月31日 15:29