影のない四十日間






題名:影のない四十日間 上/下
原題:Le Dernier Lapon (2016)
著者:オリヴィエ・トリュック Olivier Truc
訳者:久山葉子
発行:創元推理文庫 2021.11.12 初版
価格:各¥1,000

 フランス人の書いた北欧ミステリー。そう言ってよいのかどうか? いずれにせよ、内容は、都会とは遠く離れた場所に展開する辺境エンターテインメントである。しかもそんじょそこらの中途半端な辺境ではなく、北極に一番近く、地の果てもいいところ。白夜とは真逆となる<黒昼?>。無論そんな言葉は作中にはない。しかし一年に四十日間も全く太陽が顔を見せない季節が地球上にあるなんて! 地軸の傾きが作った宇宙の奇跡としか言いようがない。そんな四十日間の長い夜が明ける瞬間に幕を開けるのがこの物語である。多くの人々が極寒の暗闇で日の出を待つシーンで! どうです、神秘的でしょう?

 しかも初日は日照時間は4時間ほど。日が経つにつれ日照時間が伸びてゆく。日が変わる毎に日照時間が小題に記されるのも本作の特徴。太陽は地平近くを横に移動して四時間後にはまたすぐに沈んでしまうのだそうで日照時間は実に重要。むしろそんな場所でそんな時を経験してみたいくらいだ。

 ともあれ、そんな季節に起こってしまうトナカイ牧場殺人事件。調べるはトナカイ警察。トナカイ業を営む多くはサーミ人という少数民族。日本ではアイヌ人、もしくはいわばイヌイットなどの海洋民族を想起させられる。いずれも人種差別や迫害を免れない先住民族共通の国家的課題を抱えている状況もしっかり描かれてゆく。差別を日常的に口にする警察官の存在が鼻につくが、それはきっとリアルなことでもあるのだろう。

 長い夜。極寒。差別。そういった逆境を背景に、描かれた警察小説が、本書なのである。警察小説と言っても、本書の主人公クレメットとニーナが所属するのはトナカイ警察。トナカイ猟に関わる事件を専門とするので、一般の捜査陣よりはワンランク下に見られているようである。本作では、トナカイ業経営者の殺人事件を彼らは特別に担当する。また同時に村の博物館ではやはり先住民族の史的文化財とも言える太鼓の盗難事件が発生し、二つの事件の関連が疑われる。

 ノルウェイ、フィンランド、スウェーデンが国境を接する北欧の最北端を舞台に、二人の若いトナカイ警察と、彼らを取り巻く一般警察、役場、さらには利権を企んで集まってくる有象無象の輩、性犯罪の常習犯である地質学者などが入り乱れる中、静かなはずの北辺の地が一気にざわめく。

 穏やかならざる犯罪の気配に連続して巻き込まれゆく極光の雪原を舞台に、零下40度を軽く超える極寒の地で、二人の捜査が展開される。クレメットは先住民族の血が流れ、ニーナは南ノルウェイの出身でこの地へは配属され初めて足を踏み入れたばかりの新任である。

 ちなみに、作者は『ル・モンド』紙の北欧特派員としてストックホルムに在住しているフランス人であるそうだ。ゆえに本書はフランス語圏で出された北欧舞台のミステリー。いわゆる北欧ミステリー特有のエンタメ性というよりは、サーミ人という知られざる北方民族の存在、また彼らに対する差別、金鉱・ウラン鉱の発掘のために自然を虐げようとする先進国の文化的暴力、悪徳企業による自然破壊への怒り等もろもろをモチーフとした社会小説的側面が強い善良な作品であるように思われる。ストーリーの面白さやリーダビリティは、北欧エンタメの快適さには遠く及ばない。

 それでも、武骨ながら独自の題材に迫ってみせる作者の気概がストレートに伝わる意欲作として評価したい上、さらなるこの地を舞台にした続編にも個人的には期待したく思う。少なくともワイルドな地の果てが大好きなぼくにとっては、心惹かれる個性的な一作であった。

(2022.1.27)
最終更新:2022年01月27日 16:05