偽りの目撃者




題名:偽りの目撃者
原題:Dropshot (1996)
著者:ハーラン・コーベン Harlan Coben
訳者:中津悠
発行:ハヤカワ文庫HM 1998.1.15 初版
価格:¥820


 札幌読書会で取り上げて頂いて以来ハーラン・コーベンは全作読むに値するという強迫観念を抱いてしまったぼくは、最近の独立作品はもちろん、日本でコーベンとう作家が翻訳され始めた20年以上前の本シリーズにも今、中毒となりつつある。本作はマイロン・ボライター・シリーズのその第二作目。

 シリーズ第一作『沈黙のメッセージ』でスポーツ・エージェントというあまり聞き覚えのない商売をしている主人公設定に驚いたのだが、読んでみるとロバート・クレイスばりの私立探偵型ハードボイルドであることに驚愕。

 しかもシリーズ・キャラクターたちの個性も既に完成度が高く、第二作目でもそれはさらに強固なシリーズ基盤として引き継がれているばかりか、個性をさらに露わにしている。

 相棒のウィンザー・ホーン・ロックウッド三世ことウィンは、王子様のような生活と社交生活を持っていながらその身にまとう暴力性と決断力は、スペンサーにおけるホーク、エルヴィス・コールにとってのジョー・パイクと同様に、事件解決過程のバイオレンスの部分を受け持っている。

 さらに元女子プロレスラーのエスペランサ、彼女が嫌うマイロンの恋人ジェシカなどのレギュラー・キャラクターたちの個性や、他にも全体を通して胡散臭く個性に満ちた人物たちの動物園みたいな世界が、ニューヨーク、ニュージャージーに展開されるのだ。

 しかも謎解きミステリーとしての犯人捜しの方も一筋縄ではゆかず、プロスポーツ(今作ではプロ・テニス)を背景に生じた事件の実質上の名探偵役をマイロンはこなしてゆく。推理小説と言うよりもハードボイルドであるから、汚れた街をゆく騎士道精神の権化である我らがヒーロー像は、へらず口とはったりで悪の砦をのしてゆく。

 本シリーズに限らずハーラン・コーベンは汚れた街と、人間の気位を対比させ、オーソドックスなハードボイルドの地形や登場人物のごった煮、あるいは街そのものの猥雑さを見せながら、落としどころとなるすっきりしたラストシーンへとストーリーを流し込んでゆく。

 何といっても明るい口調の主人公とジョークで飾られた洒落たシナリオが、暗く絶望的な罪を、軽妙洒脱に描いてくれる。古い時代の作品であれ、読んで古さを感じさせない、あるいは古さを味わえるのが、ハードボイルドというジャンルのよいところだ。この作家の未読作品が、まだ山のようにある。悲しいのか幸せなのかよくわからない、というのが今の境地だ。

(2022.06.3)
最終更新:2022年06月03日 16:01