新宿花園裏交番 坂下巡査




題名:新宿花園裏交番 ナイトシフト
作者:香納諒一
発行:祥伝社 2022.06.20 初版
価格:¥1,800



 新型コロナ禍に寝静まる都市・新宿のある一夜に勃発するいくつもの事件を描いたモジュラー型小説である。複数の登場人物たちの個性や人間もしっかりと描かれており、無味乾燥な各事件の解決を目指すばかりではなく、それぞれの出来事の裏に人間ドラマをしっかりと忍ばせて、読みごたえがしっかりと感じられる素敵なエンターテインメント作品である。

 『新宿花園裏交番 坂下浩介』に継ぐシリーズ第二作は、『新宿花園裏交番 ナイトシフト』。前作ではタイトルにも掲げられていた坂下浩介は、本作では主役というより配役の一人でしかなく、さらに多くの警察関係者や、反社組織側に関係する独特のキャラクターたちが、多くのスリリングなシーンを作り出す。それぞれの存在や行動が真夜中の新宿を舞台に化学反応を惹き起こす。あたかも夜の新宿という大都会が一つの人格を備えてでもいるかの如く。

 頭をよぎるのは、懐かしきエド・マクベインの『87分署シリーズ』だ。あのシリーズではアイソラという架空の大都会が人格を持っていた。あの都会に生きる多くの人々が無数の物語を紡いで、作家の長大なシリーズとその人生をもたらした超の付く大傑作シリーズ。その香りが本書にはふわりと立ち昇ってくる。懐かしく、温かく、それでいて人間の愚かさも弱さも強かさも炙り出してゆく都市と、その真夜中。

 しかしこの作品は、そこに現代を写し取ってゆく。そう、新型コロナによる外出禁止令。戒厳令を偲ばせる有事により、異常な状況に置かれた街。この夜ですら発生するクラスターとそれが事件に及ぼすという、あまりに身近なスリル。ただでさえ地理感覚を作風に活かす香納ミステリーなのに、そこに今、読者が直近の問題として対峙している新型コロナウィルスの感染拡大状況を上乗せしてゆく。

 予期せぬクラスターと必要な人員が自宅待機させられることで臨時の場所に置かれるキャラクターたちの異常な状況もあれば、コロナ禍だからこそ寝静まる街に連発する通常ならあり得ない犯罪も、本作では描かれる。想像外のそうした犯罪と、キャラクターたちの個人史がぶつかり、混ざり合い、巨大な混沌を作り出す。

 今、この時期に、ほかほかの湯気を立てている新作と言ってよいだろう。今、あるいは昨日のような、とても近い過去、そこにしか起き得ないミステリを味わって頂きたい。しかも一夜に閉じ込められた秒刻みに進む多くの事件の起承転結は、相当に見ものである。

 作者のアイディアと出版に至るこのスピードに、何よりも乾杯!

(2022.06.10)
最終更新:2022年06月11日 15:18